冒険者クロウの日記
かなり屋
あまりある元気
冒険者とは、常に危険に身を晒し、未知を切り拓くものである。
”冒険者”の相互補助会の創設者ディアッカ・アドベルトはそう言葉を遺した。それは、形を変えながら現代でも受け継がれている。
ただ、それはきっとアドベルトの思ったものとはまるで違うものだろう。近年では、冒険者とは人々の生活に寄り添う者を指すのだから……
***
「よー!クロー!よく来たな!」
「きたな!」
貧民街の一角、その戸を叩くとふたりの少年が…いいや、男が仁王立ちして視界に飛び込む。服装はお世辞にもきれいとは言えないが、不衛生というほどのものでもない。子供らしい、小汚さである
「俺様はクローを歓迎するぜ!」
「するぜ!」
「おひさ」
「なんだその覇気のない挨拶は!やりなおし!」
「やりなおし!」
ふるふる、と軽い挨拶は気に入らなかったらしい、ふたりの子供は腕を組んで不満を表しながらそう言うが、当然無視してはきょろきょろと周囲を観察する
「いんちょーならいないぜ!俺様がボスだ!」
「おれさまがボスだ!」
「ちげーよ!俺がボス、お前は子分!」
「お前は子分!!」
「ちっがーう!!」
この子らが言うには、この孤児院の責任者である院長はいないようで、話はできないらしい。騒がしいが、慣れたものである
「まあいい、それよりもクロー!いまから重大な任務をするから、しゃがめ!」
「しーくれっつ!」
大人と子供、身長に大きな開きがあるので近くの椅子に腰かけるとそれでも身長の差は埋まらなかった。強制的に椅子から引きづり落とされ、地面に転がされた後に二人が耳元でささやき始める
「じつはな、いんちょーが大切にしているお宝がここに隠されているらしい」
「らしい!」
耳元での大声。ピクリと身じろぎしてしまう。だが、物理的距離が近いガキ大将はより被害が大きいらしく、顔を少し赤くしながらわめいていた
「うっさい!静かにしないとバレちゃうだろ!」
「うー」
話し合いがひと段落したらしく、わざとらしい咳払い。その後こしょこしょと耳元で言葉を続ける。
「こほん。だから、俺たちでさがそーぜ!俺一人でもできるけど、配下にも手柄を渡してやんねーとだからな!」
「いいよ。どこを探す?」
成人しているとはいえ、現役冒険者。冒険心は捨てられない。ガキ大将と握手を交わして契約は成立だ
「まずは、いんちょーの部屋だ。俺ならぜってーあそこに隠す」
「妥当だ」
大切なものは身近な場所へと。人の生物としての本能だ。子供といえど、人間観察はそれなりに得意らしい
「だけど、鍵がかかってる。そこでクロ―の出番ってわけだ!」
院長の部屋前に到着した。その扉には普通の人ではこじ開けられないであろう頑丈そうな南京錠で施錠されており、防犯対策はばっちりだ
「おちゃのこさいさい」
ただ、その南京錠は所詮簡易的なもの。現役冒険者にかかれば二秒と持たない。カランコロンと音を鳴らして落ちた南京錠を拾い上げる。後できちんと戻さなければならないからだ
「さすがはクロー!仕事が早えー!じゃあ今のうちの入るぞ」
「ん」
院長の私室は、一部を除いて非常に質素である。幾冊もの本が納められた本棚…ではなく、その奥、隠し本棚の先にある酒を飾るラック。しかし悲しいかな。そのどれもが安物で、かつ院長へお土産として送ったものが大半を占めている
まさか、これを宝物と…?
「なーにーをーしーてーるーかーねー!えぇ!?」
「おうわぁ!?」
ゴチンと背後で拳骨の音。聞いただけで身震いしてしまう音だ。振り返ると、両手を腰に当てて怒りを体現する老齢の男が現れた。所々白髪が見受けられるものの、その有様はまだまだ元気。現役だ
「い、ってて…。いんちょー!なんで、ここに!?…まさか、キルクが!!お、お前~!」
べー。っと舌を出しながら院長の背中から出てきた子分の子供。とたたと逃げる彼を追いかけるガキ大将。騒がしいのが居なくなって急に静かになる
「室内は走らない!まったく…クロウも、悪ふざけが過ぎるぞ」
「おひさ」
「ああ、久しぶりだね!!随分と姿を見なかったが、元気にしてたんだろうね!!なにせ人の部屋に勝手に上がり込むくらいだからねぇ!!」
「鍵、変えるのおすすめ」
そう助言しながら南京錠を手渡すと、院長は勢いよく言ってのける。助言が伝わったみたいでよかった。あまり高額だと鍵自体持ち去られたりするので、良い感じの鍵をプレゼントしよう
「…そうさせてもらうよ。今度紹介してくれ」
「おーけ」
「それで、どうして空き巣なんてしたんだ?」
「空き巣違う。冒険」
ガキ大将は言った。孤児院の中にお宝があると。なのでこれは空き巣ではない。そもそも一目見るためであって奪おうとなんて考えていない。なのでこれは冒険だと定義されるべきだ
「アドベルトに謝り給え。このやんちゃ坊」
「ゆるせ」
きっと、許してくれる。冒険とは未知を切り拓くこと。お宝に対しての知見を得るためと思えば笑って許してくれるだろうさ
「依頼、今後は出さない方がいいかもしれないな…」
こめかみを抑えながら院長は言う。そ、それは…別にいいけど…。そうなるとアプローチを変えなくちゃならないかも。面倒なのでそれは困る。やっぱりやめて
懇願していると、はたと依頼を思い出す。懐から麻袋を取り出してそれを手渡す。
「これ、
「ああ。いつも助かるよ。ありがとう」
「ううん。いいよ、恩返し」
じゃあ。そういって踵を返す
「ああ、今晩は泊まっていきなさい。遊んでくれると子供たちも喜ぶ」
窓の外を見ると、日が傾き始めてこれから赤くなり始めるであろうと予想できるくらいだ。夕方には少し早いが、院長のお願いなら無碍にはするまい
「ああ?いんちょーそれはちがうぜ!」
「ちがうぜ!」
いつの間にか仲直りしたらしい二人がさっそうと現れては会話に入る。院長が不思議そうに首をかしげると、彼はこう言った
「俺様たちが、あそんでやってるんだぜ!」
「だぜっ!!」
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