第137話 殴られるベイジル男爵

 宿泊部屋に戻った俺達は、魔物討伐と一対一の勝負でかいた汗を流すため、交代でお風呂に入った。


 俺が浴室から出た時には、店員がテーブルに夕食を並べており、ディアナが涎を垂らしながら目の前の料理に釘付けになっていた。


 各種料理に舌鼓を打ち満腹になったところで、ディアナを連れて寝室に向かう。


 「お、おい! ちょっと待て! 今夜は大事な用事があるだろう?」


 「あぁそうだな」


 「なら、せめてその用事を済ませてからにしないか? 疲労で寝過ごしたら、捕らえた貴族を殴れない」


 「却下だ。今も、そして用事を済ませた後もお前を抱く。安心しろ、俺が無理矢理起こしてやるから」


 「くっ…この獣が」


 俺を獣と罵るディアナを押し倒し、夜が深くなる少しの間、彼女の身体を堪能した。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 日中の喧騒が嘘のように、静寂に包まれた夜もかなり深い時間帯。


 ディアナを叩き起こし、俺達は暗闇に支配されたスラム街を歩いていた。


 「ここが奴等の拠点だった場所だ」


 「随分と立派な建物だな」


 ギルバートに案内されて、初めて訪れた時の俺と同じ感想を呟くディアナ。


 扉を開けて中に入ると、聞こえてきたのは喚く男の声。


 「おい! 聞いているのか、アレクサンダー! これは一体どういうことだ!」


 「…」


 ロビー内にて、ソファに深く座るアレクサンダーと身体を拘束され喚き散らかす男、同じく身体を拘束され床に転がっている2人の男。


 中々面白い絵面だな。


 喚き散らかす男は身形から貴族だと分かるが、頭頂部は禿げており、二重顎と服を押し上げる贅肉まみれの腹。


 正直、ゴブリン種である俺と同等に気持ち悪い野郎だ。


 床に転がる男達は、身形からこの貴族の私兵だと推測できる。【心眼】で所持スキルを視れないことから、アレクサンダーの情報通りだと思われる。


 「待たせたな」


 「…」


 「ん? 誰だお前は?」


 ベイジル男爵は声をかけた俺に何者か尋ね、隣にいるディアナを見て鼻の下を伸ばしていた。


 「こんばんは、ベイジル男爵。私はDランク冒険者のアレンと申します。隣にいるのは、Aランク冒険者のディアナです」


 俺的にはいつも通り低姿勢で、丁寧に挨拶したつもりだったが、ベイジル男爵はお気に召さなかったらしい。


 「おい! 頭が高いぞ! 私は貴族なのだぞ! 野蛮な冒険者風情が私を見下ろして挨拶をするな!」


 ベイジル男爵の発言を聞き、アレクサンダーとディアナは俺の行動に注視し、様子を伺っていた。


 「失礼しました、ベイジル男爵。非礼をお詫びします」


 俺は片膝をつき、頭を下げて謝罪する。


 その様子を見てアレクサンダーとディアナは、目を見開き驚いていた。


 俺の本性を知っている二人なら、当然の反応だな。


 「分を弁えているようだな。では、代わりにお前に命ずる。私と護衛の二人の拘束を解き、解放しろ」


 「それはできません」


 「なんだとっ!? 誰が拒否していいと言った! お前はただ命令に従い、私達を解放すればいいのだ!」


 「いいえ、できません。なぜなら…ベイジル男爵ーーー貴方を生け捕りにしろとアレクサンダーに命じたのは、私なのですから」


 「なっ!? 貴様! なんのつもりだ! 貴族である私に対してこのようなことをすれば、どうなるか分かっているのか!」


 「正直に言えばよく分かっておりません。強制的に奴隷に堕とされ、一生過酷な労働に従事するのでしょうか? それとも死罪でしょうか?」


 「死罪に決まっている! あらゆる手段を用いて、必ず貴様をーーーいや、貴様らを殺してやる! そっちの女は私が一生面倒を見てやろう。有難く思え」


 「そうですか。では、貴方はここで必ず殺さないといけませんね」


 「はっ!? 貴様自分が何を言っているのか分かっているのか?」


 「勿論です」


 「私に手を出すということは、この国を敵に回すことになるのだぞ」


 「なるほど。一体どれほどの戦力が私の敵に回るのですか?」


 「無知なお前に現実を教えてやろう。この王都には、騎士団と魔法士団合わせて一万人ほどいる。それらが全て敵に回るのだ」


 「…」


 「どうだ? 怖気付いたか? 今更後悔しても遅いがな! ガハハハ!」


 総勢一万人の騎士や魔法士が俺を殺しに来るのか…ハハハ、面白い!


 Dランクダンジョンでは一度に数百匹の魔物の大群を相手にしたが、今回は比較にならないほどの敵を一度に相手することになる。


 戦ってみないと分からないが、そいつらを全員倒せばどれほどスキルを獲得でき、どれほどスキルレベルが上がるのか。


 内から湧く興奮が抑えられない。


 まぁただ、このクズが死亡して本当に国軍が動くかは分からないよな。


 「さて、もう十分かな。我慢させて悪かったな、ディアナ。殺さない程度に好きにしてくれ」


 「もう我慢の限界だったよ。私の身体を舐め回すように見やがって。これまでの被害者の分も、たっぷり痛めつけてやる!」


 「なっ!? お、おい、待て! 私に手を出せば本当にーーーブハァッ!」


 言い終わる前に、ディアナに殴り飛ばされてしまった。


 哀れな豚野郎だな。


 

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