第72話 窮屈な生活からの解放

 マジックポーチから真銀貨五枚を取り出し、アグ婆の小さい皺皺の掌に置く。


 アグ婆は硬貨の枚数を数えると、〈想像具現イメージ・マテライズ〉を差し出す。


 「Gランクの新人冒険者が真銀貨五枚を支払えるなんて驚きだね。まぁ、事情は詮索しないさ。ほれ、受け取りな」


 「ありがとうございます」


 「アレン、このあと武具屋に寄るのはどうだ? 最初はワイルド・ベアの素材を持ち込もうと考えていたが、在庫があるかもしれない」


 「そうですね。武器だけでも新調したいので、このあと武具屋に行きましょう」


 「おう! それなら、ここでその魔道具を着けたほうがいいと思うぞ」


 「そうします」


 「〈想像具現イメージ・マテライズ〉を首に着けたら、自分の思い描く姿を想像しな」


 「それだけですか?」


 「そうだよ。変身は一瞬で終わるよ」


 「分かりました」


 〈想像具現イメージ・マテライズ〉を装着し、自分の思い描く姿を想像する。


 (本当に…これで変身はできたのか?)


 「アレン、その…勇気がいるかもしれないが、フードを脱いで見てくれないか?」


 ………とても勇気のいる一歩だ。


 〈想像具現イメージ・マテライズ〉の性能を疑うわけじゃないが、変身が失敗していたらと思うと、フードを脱ぐのが怖い。


 でも、現状の生きづらさを打破するには一歩を踏み出すことも大切だ。


 よし! 俺も漢だ! 一歩を踏み出せ!


 俺は深く被ったフードを脱ぎ、ブライアンさんに向き直る。


 「…アレン、少なくとも顔には痣や怪我は見当たらない。変身は成功しているか?」


 「ブライアンさんから見て、特に違和感は感じないということですか?」


 「あぁ、違和感は全くないぞ。ただ、黒髪赤目にその格好だと、近寄り難い雰囲気ではあるな」


 あぁ…よかった。


 これで窮屈な生活から解放される!


 「では、武具屋に行きましょうか!」


 「おう!」


 「また欲しい魔道具があったらここにおいで。他店では取り扱わないような魔道具も売ってるからね」


 「はい! では、失礼します」


 ブライアンさんと俺はアグ婆の魔道具店を後にし、ブライアンさんが現役の頃に通っていた武具屋に向かった。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 「ここがブライアンさんが現役の冒険者だった頃、お世話になっていた武具屋ですか?」


 「あぁ、そうだ。店主の武具製作技能と商品の品質は保証するぜ!」


 「それは楽しみです!」


 ブライアンさんの後に続き店内に入ると、とても威圧感のある店主が出迎えてくれた。


 「ブライアン! お前がここに来るなんて久々じゃねぇか!」


 「冒険者を引退してポーターに転職した時に防具を新調した以来だな。今日はアレンの武器と防具を新調しに来たんだ」


 「アレン?」


 身長は2メートル近くスキンヘッド、猛獣のような鋭い眼光と衣服の上からでも分かる筋骨隆々な身体。


 実は武具屋の店主ではなく冒険者だと言われても、違和感を感じないほどに強そうな男性だ。


 しかし、【心眼】で所持スキルを視ると武器や魔法に関するスキルを所持していないので、冒険者ではないことは分かる。


 「私はアレンと申します。Gランクの新人冒険者です」


 「俺はデイモンだ。冒険者達が装備する武器や防具を製作したり、整備をしたりしている」


 「デイモン、ワイルド・ベアの素材で製作した武器や防具の在庫はあるか?」


 「あぁ、あるぜ」


 「アレン、理想の戦闘方法はあるか?」


 「そうですね…力と速度を活かしたいので、敵の攻撃を回避、または相殺し、一撃の威力と手数で勝負したいです」


 「その戦闘方法だと、身を守る防具は最低限にするほうがいいだろうな。ただし、たった一度でも敵の攻撃を受けたら、戦闘不能に陥る可能性があるぞ?」


 「理解しています。それと、奇襲や隠密行動もしやすいのがいいですね」


 「それなら、胸当、籠手、脛当、革靴だけでいいな。ワイルド・ベアの皮を鞣して作られた革鎧は軽量で物理攻撃の耐性もあるから、ちょうどいいだろう。武器はどうする?」


 「武器は…短剣がいいですね。実戦と解体の両方で使えますから」


 「そうか。なら、ワイルド・ベアの鋭い爪で作られた短剣がいいだろう。一般的な鉄製の武器よりは斬れ味がいいと思うぞ」


 「では、それにします」


 「分かった。全部聞いていたか、デイモン?」


 「おいおい、ブライアン。アレンは俺の客だろう? 何でお前が勝手に話を進めているんだよ!」


 「デイモン、細かいことは気にするな。それより、アレンの要望は分かっただろ。早く武器と防具を持ってきてくれ」


 「はぁ…分かったよ」


 デイモンは奥の部屋に行き、胸当、籠手、脛当、革靴を持ってきた。


 ここで一つ疑問に思ったことがあったので、デイモンさんに聞いてみた。


 「デイモンさん、私の身体の採寸をしませんでしたが、これらの防具は私のサイズに合うのですか?」


 「一応、大雑把にこれぐらいのサイズだろうと考えて持ってきている。胸当や籠手、脛当は金具やベルトで多少調整できるから問題ない。革靴は他にもサイズがあるから問題ない」


 「そうなんですね」


 「それじゃ、アレン。コートだけ脱いでくれ。その上から実際に装備して、調整するからよ」


 「分かりました」


 

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