第40話 覚悟

 先程、ギルドマスターの執務室に向かった受付嬢と一緒にギルドマスターがロビーに顔を出した。


 「受付嬢から報告は聞いた。エイブラムの言葉を疑うつもりはないが、そのホブゴブリンは武器を扱うだけでなく、魔法の攻撃手段も持っているんだな?」


 「あぁ、間違いない。最低でも【水魔法】【雷魔法】【土魔法】の三種類の魔法を所持している」


 「分かった。それと、そのホブゴブリンとオーガストが戦っていた場所の近くには、アドルフのパーティーの死体があったんだな?」


 「あぁ、そうだ」


 「となると、同業者を襲う冒険者の正体はそのホブゴブリンの可能性が高いな」


 「ギルドマスター、頭部を真っ二つに両断されたダッシュ・ボアの死体やFランクパーティーを殺したのもそのホブゴブリンの仕業というわけですか?」


 「あぁ、そうだろうな。しかし、どうすればいい。Eランク冒険者であるアドルフやオーガストを倒せるホブゴブリンを討伐することは可能なのか…。エイブラム、お前であれば勝てるか?」


 「無理です。実力だけであれば、この村で一番強いオーガストが敗北したのですから」


 「…では、討伐隊を組むしか方法はないか」


 「そのまま放置すれば、私達冒険者の中から被害者は出続けると思います。そして、薬草や魔物の素材を獲得できなくなり、この村の生活に多大な影響が出るでしょう」


 「よし、分かった! これより、エイブラムをリーダーとして討伐隊を結成する。志願者は挙手してくれ!」


 ギルドマスターが志願者を募るが、エイブラム以外に挙手する者はいなかった。


 「エイブラムだけか…」


 「おい! 俺達がそのホブゴブリンを討伐しないと、故郷であるこの村がどんどん廃れていくんだぞ! それでもいいのか!?」


 「それは…そうかもしれないが…」


 「本当にいいのか? 薬草が採取できなければ、爺さんや婆さんの病気に効く薬も作れない。魔物の素材がなければ、俺達が魔物と戦う装備も作れないし、子供達が飯を腹一杯食べることもできなくなるんだぞ」


 「…」


 「俺達は冒険者だ。民の安全と生活を守るのが仕事だろう?」


 「だ、だが! そのホブゴブリンはアドルフやオーガストを倒せるほどに強いんだ! 俺達が戦っても無駄死にになるだけじゃないのか!?」


 「そ、そうだ! それに、そのホブゴブリンは村を襲ってきていないだろう!?」


 「そのホブゴブリンがいる狩場を避けて、反対側の狩場で活動するのはどうでしょうか…」


 「皆、落ち着いてくれ。そのホブゴブリンに恐怖心を抱いてしまうのは当然だ。何もおかしなことではない。しかし、現実から目を背けてはならない。現状維持は問題の先送りでしかないからだ。今、立ち上がらなければ、後で後悔することになるかもしれないぞ?」


 「…」


 しかし、エイブラム以外の冒険者は目を伏せて、肩を震わせている。


 「皆、明日の朝まで考えてくれ。討伐隊に志願する者は明朝、冒険者ギルドに集合してくれ。以上だ」


 足取り重く冒険者ギルドを出ていく冒険者達。


 「ギルドマスター、俺は一人であろうと、そのホブゴブリンを討伐しにいく。勝つことはできないだろうが、道連れにしてやるさ」


 「その決断をするにはまだ早い。討伐隊を結成することができないのであれば、領主様に報告して、騎士団を派遣してもらう」


 「しかし、厳しいのではないか?」


 「あぁ、厳しいだろうな。騎士団を派遣してもらう理由が魔物一匹の討伐というだけで難しいのに、その魔物がホブゴブリンだということがさらに難しくする。領主様にも信じてもらえない可能性が高い」


 「既に九人の冒険者が殺されているというのにか?」


 「それでもだ。逆に、ここの冒険者ギルドの管理体制を疑われて終わりだろう」


 「それもそうか。俺もホブゴブリンにEランク冒険者が殺されたと聞けば、そいつの実力と冒険者ギルドを疑うだろうな」


 「はぁ…本当に厄介な問題を抱えてしまった」


 「同情するぜ。では、俺も戻るとしよう」


 「あぁ、ゆっくり休んでくれ」


 エイブラムが冒険者ギルドを出ていく後ろ姿を見て、ギルドマスターは深い溜め息を吐いた。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 翌朝。


 冒険者ギルドに集まったのは、エイブラムを含めた五人の冒険者。エイブラム以外の四人は同じパーティーだ。


 「集まったのは、Eランク冒険者であるエイブラムと四人のFランク冒険者だけか…」


 「俺は十分だと思うぜ」


 「アドルフのパーティーが負けているんだぞ。俺には十分だとは思えないけどな」


 「それでも、俺達は行くけどな。もし、俺達が戻って来なかったら、領主様に報告してくれ」


 「しかし…」


 「勿論、負けるつもりはないさ。ただ、必ず戻ってくると約束はできないけどな」


 「ダメだ。必ず生きて戻ってこい。もし、勝てないと判断したら、すぐに撤退しろ。その持ち帰った情報を元に領主様に報告し、必ず騎士団を動かしてみせる」


 「分かった。じゃあ、行ってくるぜ」


 エイブラム達は覚悟が決まった眼差しで、冒険者ギルドを後にした。

 

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