第29話 対策

 二人の冒険者はダッシュ・ボアの死体を運びながら冒険者ギルドに向かう。


 行き交う人達は彼等が運んでいる魔物の死体を見ても驚くことはない。冒険者が魔物を討伐して、その死体を冒険者ギルドに運ぶことは珍しくないからだ。


 二人は冒険者ギルドの扉を開けて、受付嬢の元へ向かう。


 受付嬢は彼等の行動を見て、怪訝な表情を浮かべる。彼等が魔物の死体を素材の精査兼解体所に運ばず、真っ直ぐ受付に向かって来ているからだ。


 「報告したいことが二つある」


 「…どのような内容でしょうか?」


 「一つ目はこのダッシュ・ボアの死体についてだ。頭部を真っ二つに両断され絶命しているが、今までこのような倒され方は見たことがない」


 「お二人が倒したのではないのですか?」


 「俺達ではない。そして、このような芸当ができる奴に心当たりがある」


 「それは誰ですか?」


 「掲示板に貼り出されていた緊急討伐依頼のホブゴブリンの仕業と考えている」


 「えっ? このダッシュ・ボアの頭部を真っ二つに両断したのが、あのホブゴブリンの仕業だと言うのですか!?」


 「あぁ、俺達はその可能性が高いと考えている」


 「そ、それは何故でしょうか?」


 「このダッシュ・ボアの死体が林の中に放置されていたからだ。冒険者であれば絶対にそんなことはしないだろう」


 「確かにその通りですね。ダッシュ・ボアの毛皮は革鎧の素材になりますから、他にホブゴブリンやスラッシュ・マンティスなどを討伐していたとしても、優先的に持ち帰ると思います」


 「そして、同じFランクの魔物ではこのような芸当はできない」


 「…それだと、そのホブゴブリンの仕業という可能性も無くなるのでは?」


 「そのホブゴブリンを普通のホブゴブリンと一緒にするのはやめたほうがいい。今回の件で武器を所持した特殊個体の可能性が高い」


 「そうですね…となると、所持スキルも【棍棒術】のみということはないですよね?」


 「あぁ、所持している武器に関するスキルを所持していてもおかしくはない」


 「分かりました。早急にギルドマスターへ報告します」


 「あぁ、そうしてくれ。それと、二つ目はFランクパーティーが同業者に殺された可能性がある」


 「えっ………ち、ちょっと待ってください! 冒険者が同じ冒険者に襲われたということですか!?」


 「そうだ。これが殺された四人の冒険者の証明書ライセンスだ」


 「こ、これは…今朝、緊急討伐依頼を受けたパーティーのものですね…」


 「全員頭部を斬り落とされて死んでいた。そして、武器とポーションや硬貨が入ったウエストポーチが奪われていた」


 「目的は装備や金品を奪うこと。それは魔物の仕業ではなく、同業者に襲われたことは間違いないでしょう」


 「冒険者ギルドで注意勧告をしたほうがいいだろう。今後も被害者を出さないためにも」


 「分かりました。この件もギルドマスターに報告しておきます」


 「用件は以上だ」


 俺達はダッシュ・ボアの死体を素材の精査兼解体所に運び、ギルド職員の厳ついおっさんに受け渡す。


 「こいつはすげぇな! この倒され方は今まで一度も見たことがない! …誰の仕業だ?」


 「流石だな。俺達だとは微塵も思っていないな」

 

 「そりゃそうだろう。今まで運ばれてきた魔物の状態を見れば明らかだ」


 「その通りだな。そのダッシュ・ボアの死体は林の中に放置されていたんだ。勿論、異常事態の可能性を考慮して、受付に報告は済ませてある」


 「それならいい。査定書だ、受け取れ」


 「じゃあ、失礼するぜ」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 一方、二人の冒険者によって報告された内容が緊急性が高いと判断し、受付嬢はギルドマスターの執務室を訪れていた。


 「ーーー報告は以上です」


 「厄介だな…武器を所持したホブゴブリンの個体戦力が予想より高そうだし、同業者を襲う冒険者の存在か…」


 「どうしましょうか?」


 「そうだな…既に掲示板に貼り出されている緊急討伐依頼の推奨ランクをFランクからEランクに上げよう。そして、同業者を襲う冒険者の存在については………」


 「どうかしましたか?」


 「同業者を襲う冒険者の存在を注意勧告したら、冒険者同士が疑心暗鬼になり、余計な諍いが起こると思ってな」


 「…確かにそうなる可能性はありますね」


 「この情報の取り扱いは十分注意しなければいけない。しかし、情報を隠蔽するのも問題だな。リスクを承知で情報を開示したほうが被害者は減らせるか…」


 「そうですね…冒険者はこの村の生活に大きく関わっていますから、今後も被害者が出ないようにするほうがいいかもしれません」


 「…分かった。掲示板には注意勧告の知らせも貼り出そう。そして、ギルド職員各位からも冒険者に注意勧告をするように伝えてくれ」


 「分かりました。では、失礼します」


 受付嬢が部屋から退室したのを確認し、ギルドマスターは大きく溜め息を吐いた。


 この村のギルドマスターに就任してから、このような不穏な事態が起きたのは初めてのことだ。


 「一体、あの林の中で何が起きているんだ…」


 ギルドマスターは不安を抱き、早急に事態が解決することを祈った。

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