第21話 離別

 「グギャ!」


 左前方から草藪を掻き分け、ゴブリンが四匹現れた。横にいるエイミーと後ろの二人に待機するように指示する。


 「三人はここで待機し、周囲の魔物の襲撃を警戒してください。ゴブリンの相手は私がします」


 「よろしくお願いします」


 ゴブリン四匹もこちらを獲物と判断し、棍棒を振り上げながら向かってくる。


 「水よ、敵を貫く弾丸となれ、水弾ウォーター・バレット


 水弾ウォーター・バレットが先頭を走るゴブリンの額を貫く。仲間が簡単に倒されたことを気にする素振りもなく、三匹は敵意を剥き出しにして襲いかかってくる。


 長剣の間合いに入ってきた二匹目を斬り殺した。右肩から左腰にかけて斬線が浮かび、身体がスライドしながら地面に倒れた。


 残りの二匹を仕留めようと周囲に意識を向けたが、俺に攻撃してくる気配がない。


 後ろに振り返ると二匹のゴブリンは三人を狙っているようだ。


 (いや、ゴブリンの習性を考えると狙っているのはエイミーか)


 俺も最初にエミリーを見た時、ゴブリンの魔物としての本能で彼女を犯したいという衝動に駆られた。


 ゴブリン達にとって、最初から長剣を携え襲ってくる俺は眼中になかったらしい。俺がホブゴブリンだったら、ゴブリン達も俺を意識せざるを得なかったと思う。


 さて、先頭を走るゴブリンがエミリー達に接敵しそうだ。アランとブラッドは運んでいたものを地面に降ろし、エミリーの前に立っている。


 「雷霆よ、敵を貫け、雷撃ライトニング


 バリバリバリィィィ


 【水魔法】では間に合わないと判断し、【雷魔法】を詠唱した。


 雷撃ライトニングが先頭を走るゴブリンの後頭部を貫く。後頭部を貫かれたゴブリンは走っていた勢いそのままに地面に倒れる。


 最後の一匹はエミリー達と距離があったので、走りながら距離を詰める。敏捷値に差があるため、すぐに追いつくことができ、背後から長剣を振り抜き、斬り殺した。


 三人の元に戻りながら長剣に付着したゴブリンの血を長剣を振って落とす。


 「失礼しました。まさか迎撃する私を無視してエミリーさんを襲うとは思いませんでした」


 「いえ、気にしないでください。結果的に私達は無事だったので。…それより、ゴブリンさんが【雷魔法】まで使えることに驚きました」


 「あぁ…魔法が使えるだけでも驚きなのに、二種類の魔法が使えるなんて…。この世界の何処を探しても、二種類の魔法を使えるゴブリンはゴブリンさんだけだぜ」


 「それはそうかもしれませんが、【水魔法】も【雷魔法】もスキルポイントで選択できるスキルです。皆さんも獲得しようと思えばできますよね?」


 「確かにその通りですが…」


 「スキルを選択する時は自分が使いたい武器や魔法、他より高い能力値、パーティーでの役割を考慮して選択する必要がある。ゴブリンさんみたいに一人で遠近両方の戦闘を熟せる冒険者は少ないと思うぜ」


 「私はずっと一人だったので、なるべく弱点を無くす方針でスキルを選択してきました。まだスキルレベルも高くないので、器用貧乏のような感じですが」


 「私にはそうは見えませんが…」


 「あぁ…魔法の威力も高いし、身の丈近くある長剣を軽々と振り回すし、俺にはゴブリンさんは魔法剣士に見えるぜ」


 「俺も魔法を覚えてみようかな」


 「ブラッドは魔力が低いからやめたほうがいいだろう。それより、エミリーに他の魔法を覚えてもらったほうが戦いやすくなると思うぜ」


 「そうだな」


 「エミリーさん、森を抜けるにはまだ時間がかかりそうですか?」


 「いえ、もう少しだと思います」


 「では、急ぎましょうか。太陽もだいぶ傾いてきましたし」


 俺の言葉に三人は空を見上げ、こちらに視線を向けて頷く。


 俺達はその場を後にした。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 太陽が傾き、森に差し込む光が少なくなり、薄暗さを感じ始めた時に森を抜けることができた。


 「皆さん、お疲れ様でした。本格的に暗くなる前に森を抜けれて良かったです」


 「こちらこそ、お礼を言わせてください。ホブゴブリンの襲撃から救って頂いたにも関わらず、森を抜けるまで護衛もして頂き本当にありがとうございます」


 「「ありがとうございます」」


 「いえ、気にしないでください。私も一人で心細かった時に皆さんと出会うことができ、嬉しかったです。色々とお話も聞けたので勉強になりました」


 三人はお互いに顔を見合わせて頷き合う。そして、こちらに向き直り、エミリーが一つの提案をしてきた。


 「ゴブリンさん、私達の村に来ませんか?」


 俺は目を見開き、とても驚いた。三人とは命を助けはしたが、森を抜けるまでの短い時間しか交流していない。


 それなのに、ゴブリンである俺を、魔物である俺を自分達の家族が住む村に招こうとしている。


 …とても嬉しい。元人間の転生者という俺の言葉を信じてくれているのだ。


 そして、俺も三人に感謝している。この森での生活に慣れてきたとはいえ、一人は寂しかった。


 三人との交流はとても楽しかったし、村に住む他の人達とも交流し、見識を広めていきたい気持ちはある。


 しかし、俺は断らないといけない。三人は俺が人間達を襲わないと分かっているし、信頼できると確信しているが、他の人達は違う。


 外見はゴブリンそのものなのだ。人間を襲わないと言葉で訴えかけても全く信じてもらえず、冒険者達が俺を討伐しようとしてくるだろう。


 三人が俺の安全性を訴えても、人間の言葉を喋る魔物に操られていると思われるだけだろう。


 流石に三人に迷惑をかけるわけにはいかない。


 「とても嬉しい提案ですが、お断りさせて頂きます」


 「理由をお聞きしてもいいですか?」


 「私が魔物だからです」


 「それは…俺達がゴブリンさんに助けられたと皆に伝えれば問題ないだろう。それに、ゴブリンさんは言葉を喋れる」


 「そうですね…ですが、他の人達は三人のように私に助けられたわけじゃない。人の言葉を喋るゴブリンなんて不気味でしかありませんよ」


 「それでは…いつまでも孤独ではありませんか?」


 「仕方ありません。魔物として転生した以上、人類種とは相容れないと思います。しかし、三人のように私に優しくしてくださる人間もいるかもしれません。たまに、そういう人達と交流ができればそれでいいです」


 「そうですか…」


 「アランさん、ブラッドさん、エミリーさん、本当にありがとうございました。初めて出会う人間が皆さんで良かったです。もし、また会うことがあれば仲良くしてください」


 「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 「さぁ、早く村に戻ったほうがいいですよ。家族の方も心配していると思います」


 「では、失礼します」


 俺は村に戻る三人の後ろ姿を見つめる。


 「さて、俺も次の狩場に向けて移動するか」


 街道の少し森に入ったところを長剣を肩に担ぎながら歩き始めた。

 

 

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