第9話 撤退

 太陽の高度が下がり、差し込む陽光が少なくなり、薄暗くなってきた森の中を歩く。


 「流石に今日一日では森を抜けられなかったか…」


 歩みを止めて空を見上げ、独り言ちる。


 「本格的に暗くなる前に夜飯を調達しに行くか」


 川辺から草藪を掻き分け、木々の間を進む。【熱源感知】を発動し、獲物がいる場所を探す。


 すると、一箇所に四つの反応を捉えた。数が多いので慎重に近づいて行き、木の陰に身を潜める。


 木の陰から顔を少し出して、反応がある場所を見つめる。そこにはゴブリンと犬のような頭部をした魔物がいた。


 それぞれ二匹ずつおり、お互いを威嚇し、一触即発の雰囲気がこの場所の緊張度を高める。


 (さて、どうするか…)


 できれば、一匹残らず仕留めたい。しかし、ここで俺がヘイトを買ってしまうと、四匹を同時に相手することになる。


 多少のダメージを覚悟すれば仕留めることは可能だが、痛いのは勘弁だ。できるだけ安全に仕留めるにはどうすればいいのか。


 うーん…まずは二匹まで数を減らすべきだな。俺の身を潜めている場所は犬のような頭部をした魔物の背後だ。


 【雷魔法】で犬のような頭部をした魔物を奇襲し、残ったゴブリン二匹を仕留めるのが最善か。


 魔法を使った実戦も経験してみたかったし、ちょうどいいな。


 俺は木の陰から無防備に背中を晒している犬ような頭部をした魔物の後頭部を狙って詠唱する。


 「雷霆よ、敵を貫け、雷撃ライトニング


 バリバリバリィィィ


 雷撃ライトニングは一直線に奔り、犬ような頭部をした魔物の後頭部に直撃する。


 犬のような頭部をした魔物が前のめりに倒れる。雷撃ライトニングの轟音とその直後に仲間、あるいは敵が倒れたことで場の雰囲気が変わる。


 そして、仲間が急に倒れたことに驚き、隙を晒している二匹目に再度【雷魔法】で攻撃する。


 「雷霆よ、敵を貫け、雷撃ライトニング


 バリバリバリィィィ


 二匹目の頭部に雷撃ライトニングが直撃する。


 『【異臭感知】Lv.2にUPしました』


 マジか! 雷撃ライトニング二発で仕留めることができるとは幸先がいいな。


 魔力残量は32/52。余力を残せたのはとても大きい。これでゴブリン二匹を安全に倒すことができる。


 身を潜めていた木の陰からゴブリン達の前に姿を現す。そして、敵意を剥き出しにして襲い掛かろうとするゴブリンに向かって【雷魔法】で攻撃する。


 「雷霆よ、敵を射抜く矢となれ、雷矢サンダー・アロウ


 バリバリバリィィィ


 調子に乗って魔力消費の多い雷矢サンダー・アロウで攻撃してしまった。雷矢サンダー・アロウはゴブリンの額を貫通し、ゴブリンは倒れた。


 二匹目のゴブリンが振り下ろした棍棒を半身になって避け、頭部目掛けて棍棒を横薙ぎに振り抜く。


 頭部を強打されたゴブリンは起き上がることはなかった。


 無事、四匹を仕留めたことで夜飯の調達はできた。仕留めた魔物を一箇所に集めて腕や足に齧り付き、肉を喰らう。


 口元から血を滴さながら一心不乱に齧り付く。食べ終わった頃には薄暗かった森が視界を暗闇が覆うほどの夜になっていた。


 「ふぅ…空腹は満たされたが、もう完全に夜だな。できれば、川辺まで戻りたいが、迂闊に動き回ると危険だな」


 初めて経験する真夜中の森での野宿。食事をしていた場所は血の臭いが充満しているので少し移動し、木の根元に座り、背中を預けて目を閉じた。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 「…ん〜、眩しい。…よく寝たな…」


 森に差し込む太陽の光で目を覚ます。初めての野宿を無事に乗り越え、達成感を感じる。


 寝ぼけ眼を擦りながら川部に向かって歩く。


 川辺に着き、川の中に顔を突っ込む。そして、勢いよく顔を上げて左右に顔を振る。


 「あぁ…目覚めた〜」


 そして、再度川の中に顔を突っ込み、冷水をがぶ飲みする。


 「ぷはぁ! 美味い!」


 ぐぅーーー


 川の冷水で喉を潤したら腹が鳴った。朝飯を調達するために、川辺から草藪を掻き分けて森の中に入る。


 道中、蛇と兎?を一匹ずつ倒し、あと二匹程魔物がいないか【熱源感知】と【異臭感知】を発動させ、周囲を探索する。


 すると、一つの反応を捉えたので、その場所に向かう。


 「…お、大きいな…」


 そこには体高が2メートル近くありそうなゴブリンがいた。何故、体高が異なるのにゴブリンだと分かるのか。


 体皮や目鼻立ち、耳の特徴がゴブリンと一緒だからだ。しかし、ここまで大きいということは今まで出会ったゴブリンとは違うということ。


 考えられる可能性は…上位種。


 異世界モノの小説やアニメではその魔物の進化先が存在した。例えば、ゴブリンの進化先としてホブゴブリンなどがいた。


 進化する条件は様々だが、レベルが一定値に達することで上位の魔物へ進化することが可能だ。


 少し離れた場所で兎?を捕食している大きいゴブリンも進化した個体なのだろう。


 【心眼】で所持スキルを視ても【棍棒術】Lv.2を所持しているし、確定だろう。


 あとはこの大きいゴブリンがどのくらい強いのか。今の俺で勝てる相手なのか。


 ステータスの詳細が分からないため、判断に迷う。


 ………いや、最悪を想定して考えよう。俺の現在のレベルは4。


 筋力値と幸運値が80、魔力と敏捷値が50、その他は40だ。


 もし、大きいゴブリンのレベル1時点の能力値が同じなら、レベル4の時点で筋力値が50あるというくらいだ。


 しかし、今は進化を果たして上位種に至っている。仮にレベル5で進化しているならいい勝負ができると思うが、レベル10で進化しているなら一方的に殺されるだけだ。


 (…流石にリスクが高すぎるな。他の魔物を狙うとしよう)


 俺は静かにその場を離れた。

 


 

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