第8話 魔法

 川辺に沿って歩くこと1時間。俺はまだ川辺を歩いていた。


 見渡す限り景色も変わらず、このまま進んでもいいのか不安になってきた。


 (…やっぱり、引き返すべきか…)


 正直、自分自身でも忍耐力が無いなと思っている。しかし、出口の見えない森の中を歩くのは結構しんどい。


 思い立ったが吉日、善は急げと衝動的に行動し、1時間程度歩いただけで心が折れかけている。


 自動車や新幹線が普及し、気軽に遠い場所へ行ける世界で生きていた者としては、徒歩で1時間も移動することはほぼ無かった。


 パン!パン!パン!


 頬を叩いて自分自身を鼓舞する。


 「ネガティブなことばかり考えるな。まずは下流に向かって進み、村や街を探す。もし、村や街が無かった時はその時考えよう」


 再び歩き出す。時々、川の冷水で喉を潤しながら進むと、二匹のゴブリンが草藪から出てきた。


 「「グギャ!」」


 二匹のゴブリンは俺を見つけると、棍棒を振り上げながら襲いかかってきた。


 一匹目のゴブリンの振り下ろしを棍棒で受け止める。そして、二匹目のゴブリンの振り下ろしは左手で受け止める。


 受け止めた棍棒の振り下ろしはとても軽かった。このゴブリン達は【棍棒術】Lv.1しか所持しておらず、ステータスに差があるから当然だと言える。


 一匹目のゴブリンの棍棒を強引に押し返し、頭部を強打する。一匹目のゴブリンが倒れたことを確認し、左手で受け止めた棍棒を力任せに手前に引き、二匹目のゴブリンの頭部も強打する。


 『Lv.4にUPしました』


 「よし! レベルが上がった!」


 ステータス画面を表示し、スキルポイントの残量が5になったのを確認する。


 「次はどんなスキルを選ぼうかな?」


 うーん…犬のような頭部をした魔物やゴブリンは複数で襲ってくる場合がある。俺は遠距離の攻撃手段が無いため、同時に相手をしないといけなくなる。


 同時に複数の相手と対峙するのは危険だし、これから3、4匹と増えてきた時に対処できなくなる。


 ということは、そろそろ魔法を覚えて戦闘の手数を増やすべきだろう。


 スキル一覧を表示し、獲得できる魔法を確認する。色々な魔法があるようだが、俺は異世界に転生したら使いたい魔法があった。


 「やっぱり、憧れは大切だよな」


 俺は一つの魔法を選んだ。


 『【雷魔法】Lv.1を獲得しました』


 そして、詳細説明を確認する。


【雷魔法】Lv.1

 雷属性の魔法を行使できるスキル。魔力+10


 詳細説明からは具体的なことは分からない。少し寄り道にはなるが、今後に関わることなので、きちんと把握しておこう。


 まずは魔法の発動に詠唱は必要なのかどうか。


 試しに川を挟んだ反対側に向かって手を伸ばし、落雷を想像する。


 しかし、何も起こらない。


 では、詠唱すればどうだ?


 「天の怒り、雷鳴轟け、落雷」


 ………しかし、何も起こらない。


 空を見上げても青空が広がるだけ。何故、魔法が発動しないのか分からない。


 腕を組み、思考する。


 無詠唱で落雷を想像してみたが、魔法は発動しなかった。想像だけでは魔法は発動しないのかもしれない。


 詠唱は既に定型文が存在し、その通り詠唱しなければ発動できない可能性がある。あるいは【雷魔法】のレベルが低く、あまり大きな事象は無理な可能性がある。


 「もう少し規模を小さくして試してみよう」


 先程と同じように川を挟んだ反対側に向かって人差し指を伸ばし、雷のビームを想像してみる。


 しかし、何も起こらない。


 ならば、次だ!


 「雷霆よ、敵を貫け、雷撃ライトニング


 バリバリバリィィィ


 人差し指から青白い雷が奔る。俺は初めて発動した魔法に感動し、言葉を失った。


 あまりの驚きに人差し指を顔に近づけ、まじまじと見つめる。そして、ステータス画面を表示し、魔力量が10減少しているのを見て頭がようやく理解する。


 先程、落雷が発動しなかったのは現在の魔力量に対して事象の規模が大きすぎたからだ。


 では、どこまでの規模なら魔法が発動するのか試す必要がある。


 「雷霆よ、敵を射抜く矢となれ、雷矢サンダー・アロウ


 「雷霆よ、敵を貫く槍となれ、雷槍サンダー・スピア


 「雷霆よ降り注ぎ、敵を悉く屠れ、雷雨サンダー・レイン


 必死に詠唱を紡ぎ、どこまでの規模の魔法なら発動するか確かめてみたが、雷矢サンダー・アロウ以降は発動しなかった。


 魔法を発動した後、ステータス画面で魔力量を確認していたが、雷撃ライトニングで魔力消費10、雷矢サンダー・アロウで魔力消費20だった。


 現在の魔力量は22/52。魔力残量が少ないため発動しなかった魔法もあるかもしれないので、魔力が回復したら再度試してみよう。


 これで遠距離攻撃手段の目処も立ったし、一対多の戦闘でも安全に戦えるだろう。


 流石に個体戦力が高い魔物が相手だと意味はないので、撤退一択だ。


 初めて魔法が使えたことに感動し、下流に向かって進む足取りが軽くなる。


 「次は何の魔法を選ぼうかな? …いや、遠距離攻撃手段ばかりに頼っていたら、近接戦闘が疎かになる。できれば、遠近両方とも戦えるゴブリンを目指そう!」


 俺は二匹のゴブリンを引きずりながら妄想を始めた。


 


 




 


 


 

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