第2話 転生

 「…ここは…どこだ?」


 前後左右に視線を巡らせるが、視界には白一色の世界が広がるだけ。


 気配や音、臭い、温度など全く感じることができない場所で一人佇む俺。


 何も情報が得られず、現状に困惑しながらも歩み出す。


 何も存在しない虚無の世界をただ一人で。


 時間の流れすら感じられず、次第に焦燥や不安が込み上げてくる。


 歩みが早足になり、呼吸が荒くなり、込み上げる焦燥や不安を紛らわせるため、言葉を叫ぼうとした時、突然背後から声をかけられる。


 「何をそんなに慌てているんだい?」


 少年のような少女のような中性的な声が聞こえて振り向くと、黒い靄に覆われた人形の何かがいた。


 その異形の様に言葉を失っていると、人形の何かがその中性的な声で言葉を紡ぐ。


 「この空間の異様さやこの姿に言葉を失っているようだね」


 「………」


 「まぁいいや。簡潔に伝えると、僕は神様でこの空間は僕の神域だ」


 神様…? 神域…? 突然のことで少し思考が停止していたが、ゆっくりと言葉を理解する。


 日本や外国にも心の拠り所として宗教が存在し、神様を崇める文化はあった。だから違和感を感じることは無かったが、神域というのは何だろうか?


 「神域というのは、神様の住む場所みたいなものかな」


 「え!? 何で俺の思ったことがーーー」


 「それは神様だから」


 俺の言葉に被せるように言われた言葉に続く言葉がでない。神様なら何でもありなのかと思ってしまった。


 「じゃあ、君がここに招かれた理由を説明するね」


 「…お願いします」


 「君には元いた世界、地球とは別の異世界に転生してもらいます」


 …異世界に転生? 


 この展開に驚きはするものの、生前は小説やアニメで異世界転生モノを好んで読んだり、見ていた。


 少し感動を覚えるが、どのような世界に転生するのか確認する必要がある。


 「その異世界はどのような世界なのですか?」


 「君が転生する異世界は人族以外にもエルフやドワーフ、獣人などの人類種が存在するんだ。これまでの歴史を見ていると、時には戦争に発展したり、時には友好を結び、種の繁栄や技術の進歩を遂げているようだね」


 後者についてはとても素敵なことだと思うが、前者については不安が過ぎる。


 日本に住んでいた時に外国で紛争が起きていることはテレビやスマホで知っていた。


 戦争が身近にあったわけではないので想像するしかないが、生活圏が破壊され、たくさんの命が奪われるのは確かだ。


 「あの…異世界には転生ーーー」


 「待って、まだ最後まで話し合えてないから」


 「………」


 「その他にも魔物やダンジョンが存在し、人類種達は魔物を討伐してレベルを上げ、食糧などの糧を得ているんだ。勿論、魔物も人類種を捕食して糧を得ているけどね」


 元々、RPGなどは好きだったし、レベル上げという言葉には魅力を感じるけど、じゃあ魔物を討伐できるかと言われれば、厳しいと言わざるを得ない。


 喧嘩や競争は苦手だったからな。


 「やっぱり、異世界には行きたくーーー」


 「魔物とは剣や弓などの武器だけで戦うわけじゃない。魔法やスキルも駆使して戦うんだ。どう? 魔法やスキルを使ってみたくない?」


 「うーん…憧れはありますけど、現実的に生き抜くことが厳しいのかなと思います」


 「地球に比べると弱肉強食が顕著ではあるけど、リターンが欲しいならリスクも負わないといけないのは地球でも同じでしょ? 強くなればなるほど、富や名声も手に入るよ?」


 「それはそうだと思いますけど…」


 「それに異世界人は君だけじゃないよ。今までに異世界に転生した人は結構いるから」


 その人達もきっとRPGやMMORPG、異世界転生モノが好きだったんだろう。ゲームやアニメの世界を実際に体験できるのはとても魅力的だと思う。


 でも、俺は現実的に考えてしまう。レベル上げや魔法、スキルよりも、戦争や魔物の脅威に目がいってしまう。


 「他の転生者にも同じ話をしているんですよね?」


 「…んーまぁそうだね」


 「私のように臆病な人もいたと思うんですけど、その人達は躊躇しなかったんですか?」


 「それについてはこちらにも考えがあるんだよ。いきなり、戦争や魔物がいる世界で生き抜けって言われても難しいと思うから、特別に魔法とスキルを三つまで与えているんだ」


 「なるほど。チートってやつですか?」


 「そうだね」


 少しでも異世界で生き残れるように、神様も配慮してくれるわけか。


 「もし、異世界に転生することを断ったら?」


 「君はここで消えることになるよ。地球で輪廻転生するわけでもなく、ここで存在が消滅するんだ」


 「そうですか…」


 元の世界に未練はないが、後悔はある。選択を誤らなければ違った世界線もあったんじゃないかと何度も考えたことはある。


 戦争や魔物は怖いが、憧れを抱き、希望を捨てることは中々難しいらしい。


 心の何処かでは生きたいともう一人の自分が訴えてくる。


 「…分かりました。異世界に転生します」


 「本当!?」


 「はい。なので、私にもチートを頂けると助かります。臆病なので生きるのにも必死になると思うので」


 「任せて! それじゃ、転生させるよ!」


 「え!? チートは選ぶことができないんですか?」


 「それは無理だね。その代わり、君を少し弄って患っている病気は消してあげるよ!」


 「え!? そんなことまでできるんですか?」


 「神様だからね! 君が幸せに生きていけるように手助けしてあげるよ」


 これが一番嬉しいかもしれない。もう病気に悩まなくていいのであれば、少しは前向きに生きれるようになるかもしれない。


 「じゃあ頑張ってね!」


 「ありがとうございます」


 そこで俺の意識は途絶えた。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 「はぁ…やっと行ってくれたよ」


 神を名乗る異形はため息を漏らす。


 「でも、あのスキルを受け入れられる強靭な魂を持つ者は今までいなかったからね。あとは彼が異世界でどのように生きるのか、ここから覗かせてもらおうかな。…あぁ本当に楽しみだ」


 神を名乗る異形の存在はほくそ笑みながらその姿を消した。

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