第3話 いかに自分が力不足か
「世良は優しいから、医療系が向いていると思うよ」
世良寛斗は高校生の頃に同級生に言われた一言をきっかけに今の職を目指した。彼の優しさの恩恵を受けていた祖父母はもちろん、国家資格であることから両親も安心して後押ししてくれた。今はとある地方の大学病院に勤務している。
『とても真面目で勉強熱心であり、クラスでは上位の成績です。優しく責任感が強く、同級生や教員からの信頼も厚い。一方で、気弱で優柔不断な性格をしている。周囲に気を遣いすぎて、なにかと一人で抱え込みがちなところがある』
学生時代の指導教官はそんな風に彼のことを表現した。
世良自身の学力は至って平凡である。他よりも特段に優れた特技があるわけでもなく、単に真面目で努力家だった。ただ、勉強は好きなほうだった。むしろ何の取柄もないないからこそ、専門職としての知識や技能を身につけたかった。そしてそのことで、誰かの役に立ちたい。いつか優秀なセラピストになって多くの人の役に立ちたい.そういう気持ちが彼を動機づけていた。
誰かの役に立つのは純粋にうれしい。人の役に立つのは好きだった.例えば、落とし物を拾って届ける、迷っている人を道案内する、そのくらいのことでも誰かの役に立てたと実感できれば自己を肯定できるような気持ちになれた。自分の行動の結果を感謝されたり、褒められたりすると嬉しい。嬉しいともっと頑張れる。自身の努力を評価されたい。それは純粋な善による行動原理ではないかもしれない。けれど、誰しもが持ち合わせている承認欲求の範囲内と言えるだろう。
日常診療と自己研鑽の繰り返しの修行のような日々は体力的に辛いことが多かったが、その分学びもあり充実感があった。すぐは無理でも、コツコツ努力を続けていればいつかきっと優れたセラピストになれるだろうと信じていた。
それが今では、どうだろうか。もう臨床に出て十年以上経つ。年を取り、研鑽を積めば積むほどわかってくるのは、いかに自分が力不足かということだった。
*******
日曜日の朝。まだ地面は雪に覆われているものの、よく晴れた気持ちのいい朝だった。
世良は一人、スタッフルームでノートパソコンと向き合っていた。まだ誰もいないスタッフルームは静かで心地よい。道中のコンビニでサンドイッチとコーヒーを買い、朝食にした。コーヒーは時間をかけて飲めるように、たっぷりめのサイズにしておいた。パソコンの画面にはwebミーティングが開始されるまで待機するようにとメッセージが出ている。
二週間ほど前、妻が珍しく友達を家に読んでお茶をする約束をした。夫がいると気を遣うという理由で、日中は出掛けていてほしいと頼まれた。久しぶりにできた一人だけの自由時間。何をして過ごそうかと思案していたところ、レジデント報告会の招待メールが目に入った。
レジデントとは研修医を意味する言葉である。国家資格を取得したばかりの医師はまだ一人前とは認められず、二年間の間は様々な診療科を巡って臨床経験を積む修業期間がある。それを模倣し、ここ数年で大学病院などの最前線を走る有名な施設が中心にセラピストをレジデントとして募集するようになった。
報告会は今年でまだ三回目のまだ新しい取り組みである。世良は興味があったものの、過去二回の報告会は都合が合わず、聴講できずにいた。今回はまたとない機会であり、すかさず参加申し込みをした。
報告会は午前九時から午後二時まで、あいだに一時間の昼休みが入るスケジュールだ。せっかくの自由な一日なので、世良は七時半には病院に着き、報告会が始まるまでの間に自分の仕事を少し処理した。静寂なスタッフルームにはキーボードを打つ音だけが響く。
報告会開催のアナウンスが静寂を破った。ずいぶんと資料作りに集中していた割に、思ったよりも作業は進まなかった。はじめにレジデント制度について説明があった。セミナーや学会でよく見る顔が液晶画面に映る。このレベルの人と一緒に働き、直接指導を受けるのはどんな気持ちなのだろうか。自分とはかけ離れた境遇にあるレジデントたちの心境は全く想像ができなかった。過酷ながらも恵まれた環境にいることは間違いなく、羨ましく思えた。
三十分ほどの説明が終わると、十分の休憩をはさんでいよいよレジデントたちの報告が始まった。彼らが人生の二年間を捧げた集大成だ。レジデントは臨床経験五年未満という条件付きで募集される。つまりは新人や若手に限定されていた。三十四歳の世良は今年で臨床経験一二年目を迎える。経験年数という時間の経過だけがセラピストの能力を規定しないことはよくわかっていた。彼らの発表のクオリティは逆説的に今の自分の水準を示すといえる。最初の報告者の演題が画面に表示され、世良は自身が試されているような心持ちで固唾を飲んで画面を見守った。
報告会の内容は素晴らしいものだった。臨床データはきっちりと揃っていたし、スライドに表示された文字の配列や大きさ、色使いはよく配慮されていて、細部にこだわった表や図。堂々として落ち着いた発表の仕方がまた、よく指導されていることを体現していた。それだけではない。質疑応答の時間になると、若い聴講生たちがバリバリと質問をしていった。その声は上司から強要されてするような怯えたものではなく、学びに対する貪欲さを包み隠さない爽快感があった。そして質問を受ける側もまた、堂々と答える。少しちぐはぐになるところや回答として少しずれているようなものもあったが、それでも発表された内容以外の情報をしっかりと把握し、場面に応じて瞬時に引き出している。自分たちは2年の間、ここで鍛えられたのだという自負が感じられた。いくつか疑問に思うところや気になるところはあったものの、それは彼らの若さ、経験の浅さを考えると補って余りあるものだった。はたして自分が若手と呼ばれていたころはどうだったか。比較するのが恥ずかしいくらいだ。自分なんて初めての発表で竦み上がって声は震えていたし、未だに妙な緊張で質疑応答をうまく答えることができないじゃないか。まるで違う。もう自分たちの頃とは時代が変わったのだ。聴講前に予期した不安が的中し、焦燥とも絶望とも得も言われぬ惨めさの中で、かつて自分が受けてきた指導を思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます