過去

 僕は一度部屋に戻り、スマホを固定出来そうなものはないかと探すことにした。

 だが過程でこうまじまじと部屋を見ていると汚部屋加減に吐き気を催す。


 11年、一度も掃除をしなかったのだ。これは必然だった。

 

 部屋の面積の半分以上を占めるゴミ袋、それらから溢れ出たティシュ、抜け落ちた髪の毛、謎の紐、無作為に置かれたティシュ箱やお菓子のゴミ、なんとか中心部に敷いた布団、それらが9畳ほどの空間にひしめいている。


 正直言って見れたものではないし、どこに何があるのかも分からない。


 苦肉の策としてティシュ箱の口にスマホを突っ込み固定し、風呂場の窓枠に置いて撮影をすることにした。 


 

 もう一度自分の姿を鏡で見ると、あまりのみすぼらしさにうんざりする。


 どこから間違ったのだろうか、10代の引きこもっていなかったとき、13歳と14歳の初めはまだ自分の可能性、夢を信じていたはずだ、あの頃はまだ自分が何者かに慣れるはずと信じていた。


 でも引きこもって自分を見つめ直す内に……最近はめっきりそういうことも無くなったが、すぐに気づかされた。


 自分は楽に有名になってただちやほやされたかっただけなのだと、ただそれだけでなんの努力もせずに、したとしても三日坊主ですぐに終わっていたと言うことを。


 いつだっただろうか、ボクサーを目指したこともあった気がする。


 自身の拳で人を倒し、頂点に立つ姿に憧れたのだ。


 昔から良くも悪くも、(良い場面など数える程しかないが)思いついてからの行動は早い。


 筋トレもしたし、ボクサーという職業について調べもした。トレーニングスクールに通おうかとも思ったほどだ。


 しかし調べて行くうちに、減量、怪我、そんな、負の側面が出て来た途端、筋トレをやめて、諦めてしまった。


 トレーニングスクールにも通わなかったことを考えるともしかすると三日坊主にすらなれなかったのかもしれない。


 こんなことがずっと続いた、対象は様々で騎手だったり漫画家だったりアニメーターだったり映画監督だったり、これら全てに共通していたのはその時期、自分が好きなものだったことだ。


 賭けはしなかったが毎週競馬実況を見るほどには競馬にハマっていたし、映画もアニメもそうだ。


 多分人間は2種類に分かれるんだと思う。


 好きなことを仕事にしようと思ったときに、努力出来る人、出来ない人だ。


 そして僕が持った夢、なりたかった職業は努力出来る人だけが達成出来る夢だったのだ。


 僕はもちろん後者、それに好きなことを仕事にするべきではないなんて意見もあるくらいだ。


 いや、そもそも仕事を選べる段階にすらなっていなかった。それに本当に好きだったのか。

 

 とにかく自分は理想だけが大きいだけのただのクズだったのだ。


 

 バリカンを手に掛け、髪を剃り始める。思ったよりスイスイと刃が入って、髪がタイルへと落ちていく。


 カメラには随分無様に映っていることだろう。ただ髪の毛を剃るだけなのだが異様にそう感じる。


 もう僕の心は腐り切っていた。捻くれていた。希望に満ち溢れていたあの頃とは違うのだ。


 ただ一つだけ幸いしているのは25というまだ比較的若い年齢だけ、僕はこの細い雲の糸を辿りながら這い上がっていくしかない。


 髪を剃りながら感じるのも変な話かもしれないが、さらに決意が固まった気がする。


 髪を剃り終えて鏡を見るとそこに写っていたのは坊主で髭だけは一丁前の珍妙な僕の姿。


 僕は髭も剃ろうとカミソリを手に取り、シェービングクリームも使わないまま髭を剃り始めた。

 


 

 


 

 

 


 

 

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