第48話 まさかの再会

 48.まさかの再会


 ヒルの魔物に覆われた奇妙な生物。

 この見たことも無い魔獣は、

 あの低俗で狡猾なジャクソン伯爵だったのだ。


 のたうち回りながら伯爵は叫ぶ。

「村を出て進むうちに、

 ものすごい数の魔獣や妖魔が襲って来たんだ!

 でもなぜか、ぜんぶ俺だけを狙っていて……」


 あー、心当たりしかないな。俺は苦笑いする。

 俺が付けた補助魔法は、さまざまなスキルの弱体化だけでなく、

 ”魔物寄せアトラクト”までオマケしといたからな。


「頼む! もはや私の”守護札ガード”はもたないだろう!

 たくさん飲んでおいた聖酒のおかげで

 ギリギリ生きている状態なんだ!

 早くこいつらをはがしてくれ!」


 エリザベートはため息をつき、軽く呪文を唱える。

「……”火炎刃風ファイヤーブレード”」


 一陣の炎風が、丸まった”ヒル団子”の背中に沿っていでいく。

 火に弱いヒルの妖魔は表面をあぶられ、

 いっせいにポロポロと落ちて行く。


 感謝するわけでもなく、伯爵はわめき散らす。

「熱い熱い! エリザベート! もっと他の……」

「他には手がありませんわ。

 今はヒルを落とすことが先決です」

 棒読みでエリザベートは言い、

 そのまま何回か、炎風の刀で伯爵を撫でた。


 あっという間にあらわになってきたその姿を見て

 俺たちは絶句してしまう。


 伯爵の全身は何かの毒に侵され、膨れ上がっていた。

 手足はゴツゴツと硬質化しており、

 そのためヒルをはがすことも出来なかったらしい。


 頭部あたりには、かろうじて目が出るくらい、

 猿のような魔獣が覆いかぶさっている。

 異常に長い腕で頭部に巻き付いており、

 その背中にある突起が”つの”に見えたのだ。


 何よりあっけにとられるのは、

 肩に噛みついた大蛇だ。

 大きく口をあけ、伯爵にかぶりついたところを

 いっせいにヒルにまとわりつかれ、

 ”ヒル団子”の道連れにされたのだろう。


 その姿は、”どうしてこうなった!”の見本のようだった。


「とりあえず、剥がさないと!」

 我に返ったジェラルドが器用に

 蛇の首元を剣で刺し、なんとか引きはがす。


 そして牙が刺さった場所から出血していたため

 フィオナが解毒とともに回復する。

「せっかく珍獣を見つけたと思ったのに……」

 などと、文句を言いながら。

 ……まあ、見捨てるわけにはいかないからな。


 エリザベートは顔をしかめつつ、

 床に落ちた大量のヒルを焼き払っていた。


 解毒と回復が進み、膨れ上がっていた体が

 徐々に元の大きさに戻っていく。

 あれだけガッツリまとっていた鎧は

 すでにはじけ飛んでしまったようで

 ボロボロの衣服がかろうじてまとわりついていた。


「これも何とかしてくれ……」

 頭部にまとわり付く妖魔を指して、伯爵が叫ぶ。

 猿の魔獣は歯を剥いて俺たちを威嚇してくる。


 エリザベートはじっと見ていたが、

 首を横に振って言ったのだ。

「ずいぶん厄介な魔獣に好かれてしまいましたわね……

 オブセスエイプは無理やり引きはがすと首をもがれるわ」


 ヒッ! と小さく叫んで、伯爵は泣きそうな声を出す。

「一瞬で殺せば良い! お前なら出来るだろう?」

「すでにオブセスエイプは伯爵の頭部と一体化を始めています。

 そんなことをすれば、一緒に死んでしまうでしょう」

 エリザベートは言いづらいことをハッキリ告げる。


 そうなのだ。頭部に絡みつく猿は、

 真っ黄色な目でこちらを見ながら、

 伯爵の頭に隙間なくピッタリと接着している。


「うわあああ何とかしてくれえ!」

「落ち着いてください! オブセスエイプが

 自分の意志で離れようとしなくてはいけません!」


 エリザベートはそう言って、村を振りかえりながらたずねる。

「……この村に犬はいたかしら?」

 俺とジェラルドは首をひねった。


 するとフィオナがすかさず答える。

「牧場にいました! シェルティに似た可愛い子です!」

 そういや、いたな。

 シェットランドシープドッグのような毛の長い犬が。


「牧場……ちょっと遠いわね。

 三十分はかかるかしら。

 でもとにかく、その犬を連れてきて頂戴ちょうだい!」

 そうか、こいつには犬が効くのか。

 エリザベートの言葉に、

 わかった、と俺が返事をしようとした時。


「痛い痛い痛いっ! やめてくれえええ!」

 ジャクソン伯爵が座り込んで身をよじらせる。

 オブセスエイプが始めているのだ。


「……あれって、最終的にはどうなるんですか?」

 フィオナが震える声でたずねる。

 エリザベートが陰鬱な声で答えた。

「脳を食われてお終い、よ」

「ぎゃああああああああ! 嫌だあああ!」

 それが聞こえたのか、伯爵が絶叫する。


 やばい、あまり時間が無い。俺は焦った。

 元はと言えば俺の”魔物寄せアトラクト”のせいだからな。


 その時、メアリーが淡々と俺に言う。

 お前、ついて来ていたのか。

「ねえレオナルド。あなた、指笛って吹ける?」

「何だよ、突然。

 まあ昔飼っていたから、吹けるけど……」


 ただし飼っていたのは犬ではなかったが。

 でも”あの子”は、俺が指笛を吹くと、

 まん丸い体を弾ませるように疾走してきたのだ。


 メアリーは言いづらそうにつぶやく。

「妖魔に飲まれていた頃ね……

 牧場の人をさらう時、慌てた牧場主が指笛を吹いたのよ。

 そうしたら、丘の向こうにいたあの犬が

 一目散に走って来たの」

 飼い主の危機を救おうと、ダッシュしたってわけか。


「痛あああああ!」

 伯爵が絶叫した。俺はとっさに、

 指を輪っかにしてくわえて音を出す。


 ピッ! ピッ! ピーーーッ!

 ピッ! ピッ! ピーーーッ!

 かつて何度も吹いたリズムで、指笛を吹いたのだ。


 その音はフィオナが精いっぱい、”癒しの風”で遠くまで送る。

 お互い慌てているせいか、彼女も四方八方に振りまいている。


 ピッ! ピッ! ピーーーッ!

 ピッ! ピッ! ピーーーッ!

 ……息が苦しくなってきた。


 伯爵にはジェラルドとエリザベートが付いて

 のめり込むのを物理的に阻止しようと抑え込んでいる。

「……このサル……手が滑りますね」

 ジェラルドが辛そうにつぶやくのが聞こえた。


「……いっ痛い、痛いーーっ、もうダメだあ!」

 ジャクソン伯爵が涙声で叫んだ、その時。


 こちらをめがけて転がるように、

 ものすごい勢いで疾走してくる姿が見えた。

「犬か?! 犬が来たのか?!」

 俺は思わず叫んだ。

 ……でもあれ、森の方から来るぞ?


「オブセスエイプの動きが止まったわ!」

「それどころか、元に戻り始めました!」

 エリザベートとジェラルドが叫ぶ。

 あれの気配を警戒し、オブセスエイプは捕食を止めたのだ。

 ってことはやっぱ犬なのか?


 だんだん近づいてくるそれを見て、

 俺は息が止まるかと思った。


 まん丸いふさふさのボディから伸びる短い手足。

 三角の耳に、黒くて丸い小さな目。

 鼻は目立たないけど、代わりに眉毛があって。

 オメガの小文字”ω”みたいなくち


 嘘だろ、あれは……あの姿は!


「ファルーーーーーーッ!」

「ぱうううううううう!」

 俺の絶叫とともに、ファルは俺に飛びついてくる。


「きゃあああああ可愛いいいいい!」

「これがあの、珍獣ファルファーサ!?」

 フィオナが叫び、ジェラルドが感嘆の声をもらす。


 俺は涙にかすんだ目でファルを抱きしめ……たかったが、

 成獣と化した今となっては、横幅が1メートルくらいあり

 バフっとしがみつく感じになってしまう。


「ファル、本当に生きてた……良かった。

 母上に見せたいよ、お前の大きくなった姿を」

 俺は泣きながらファルのふさふさした毛を撫でる。

 ファルは嬉しそうに目を細め、俺に体をこすりつけた。


「デカくはなったが、そのまんまだな、ファル」

「ぱう」

 ”ω”の口を小さく動かし、ファルは返事をした。


 フィオナが顔を覗き込みながら笑う。

「いろいろ可愛いですが、何なんですか、その眉。

 人間みたいなラインですね」

 ファルの眉はそれぞれ一本線のような眉があり、

 キリッ☆とやや上向きになっている。

 これが叱ると下がり眉になって、

 それはそれで可愛いのだ。


「オブセスエイプが攻撃態勢に入りました。

 ……犬として判定されたんですね」

 ジェラルドが言う通り、ジャクソン伯爵の頭部で

 オブセスエイプは爪を出した両手をあげ

 歯をむき出しにして威嚇している。


 俺はファルに向かって言う。

「頼むファル、あのサルを追い払えないか?」

「ぱう?」

 そう言って俺が指し示すほうをみる。


 一瞬の間の後、ファルの眉がさらにキリリ! と上がり。


 転がるように駆け出し、バウンドした後、

 オブセスエイプに向かって飛びついたのだ!


 ギャオオオオオ!

「うわあっ!」

 オブセスエイプが弾かれるように落下していく。

 当然、ファルの体あたりを受けた伯爵も後ろに転倒した。


 見れはオブセスエイプは黒い液体を流している。

 ファルが噛みついたのだ。

 珍獣ファルファーサは手足の先がパックリと開き

 中にある尖った牙で噛みついて攻撃するのだ。


 さらに向かってこようとするオブセスエイプだが

 ジェラルドが一刀両断し、とどめを刺す。

 頭を抱えるジャクソン伯爵の前で

 フィオナが治療と回復を始めていた。


「ファル」

 俺が呼ぶと、ファルはこちらに走って来た。

「偉いぞ、すごいな。ありがとうファル」

 そういって撫でまわすと、嬉しそうに目を細めた。


 が! いきなりバッ! と森のほうを向き

「ぱう! ぱう!」

 と吠えたのだ。

「何だ? 新しい敵か?!」

 俺が森のほうを見ると。

 向こうから何かが向かってくる。

 小さくて、丸くて、まるで昔のファルのような……


「何ですか!? あの可愛いのは!」

 それらはやはり、珍獣ファルファーサの幼体だった。

 3匹は短い足をちょこまか動かして必死に向かってくる。

 そしてファルに飛びついたのだ。


 足元にくっつく三匹を、ファルは穏やかな顔で見ている。

 俺は愕然として、つぶやいた。


「ファル……お前、お母さんになったのか。

 というか、メスだったのか!!!」

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