第47話 化け物の出現

 47.化け物の出現


 私たちは同時に、同じことを検索した。

 ”キース・ローマンエヤールは生きているか”、と。


 私は両親からその死を聞き、葬式にも参加した。

 あの父がみずから手を下したと言ったのだ。

 今までは”生きているか”なんて、疑ったことすらなかったのに。


 検索の結果はすぐに出た。

 ジェラルドがため息交じりに読み上げる。

「……”生きている”、と出ますね」

 全員がうなずく。


 私は大きな喜びを感じた後、真実に気づいてショックを受ける。

 生きている、ということは。

「つまりローマンエヤール公爵もグルだった可能性が高いな」


 レオナルドの言う通りだ。

 絶対強者である父が、仕損じるとは思えない。

 もし叔父が生きているなら、

 のではなく、のだ。


「王家からキースあいつを解放するために、

 兄弟で一芝居ひとしばいうったってことか」

 レオナルドの言葉に、私は唇をかむ。


 もしそうなら嬉しいが反面、腹も立つからだ。

 どうして私には真相を教えてくれなかったのか。

 あれだけ嘆き悲しむ私を、父も母も見ていたというのに。


「そうなるとブリュンヒルデ様の事故には

 ”公爵家は関与してない”と出るのですから、

 潜伏していた彼が独りで実行したことになりますが」


 困り顔をしたジェラルドの言葉に、私は胸が痛くなる。

 亡き親友の妻を殺すなど、叔父様がするわけが……


「親友の妻を殺すなんて、アイツがするわけがない。

 母が自死を選ばなかったのは、俺がいたこともあるが、

 キースあいつが母を支え続け、

 国王の支配から逃れさせてくれたからだ」


 レオナルドがはっきりと言い切る。

 そしてその理由を話し出した。


「”鑑定の儀”で俺の魔力が補助魔法だとわかった後、

 シュニエンダール国王は俺に対して冷酷になった。

 しかし今に至るまで、”直接”命を狙われたことはない。

 あいつは自分で手を下すのはもちろん、

 ”俺を殺せ”と命じることすら出来ないようだった」


 フィオナが驚いた声で叫ぶ。

「……それって! ”神に対する誓約”では?!」

 レオナルドはうなずく。


 ”神に対する誓約”。

 フィオナの義姉になるはずだったイザベル伯爵夫人は

 うっかり”夫の愛人を大切にする”と宣誓したため、

 夫の裏切りを黙認どころか支えていかなくてはならなくなった。


 第二王子フィリップはレオナルドに

 ”俺の命令に全て従うこと”という誓いを立てたため

 ロンデルシア兵の前で”情けない真実”を話すはめになった。


 それは絶対的であり、

 何人たりとも反することができない強制力を持つのだ。


「俺が産まれる前、国王は何か誓いを立てたんだろう。

 何の条件が引き換えだったかは知らないが、

 ”俺には絶対に手出しをしない”って感じの内容じゃないかな。

 母が国王を見据えて叫んでたんだよ。

 ”誓いを破るつもりか? 自分の命と引き換えに”って」


 魔力が高い国王を制することが出来るほどの誓約……。

 それが出来るのは、かなりの高位神官か……


 私はハッと気づいた。

「それってもしかして、キース叔父様が!」

 レオナルドは弱々しく笑ってうなずく。

「ああ、おそらく。

 母はいつも国王の来訪をことごとく拒否した後、

 ”キースのおかげで静かに暮らせる”と笑っていたんだ」


「じゃあ、なぜ……」

 そこまでフィオナが言いかけた時。


 バタン! とドアが開き、侍女が飛び込んできた。

 真っ青な顔で慌てている。

 どうしたの? と私が尋ねる前に。


「村の入り口に恐ろしい化け物が現れました!

 侵入しようと暴れているそうです!」


 私たちはすぐに現場へと走り出した。


 ************


 ガウール村の入り口には、強めの結界が張ってある。

 それにはじかれながらも、その化け物は何度も何度も体当たりしていた。

 そのせいで結界に使用している巨大な魔石は

 すでにひび割れ、崩壊するのも時間の問題だった。


「うっわ、気持ち悪っ! こんなの見た事ねえな」

 レオナルドが思わず叫ぶ。

 そこにいたのは、毒々しい紫色をした奇怪な化け物だった。


 ブニュブニュと短い触手でおおわれた体。

 四つ足はゾウのように太く、硬質化している。

 蛇のような長い尾を引きずっており、

 頭部と思われる個所には角のようなものが生えていた。


 私は驚愕していた。

 ありとあらゆる魔獣や妖魔を学んだが、これは知らない。

 あまりにもいろんな魔獣の特徴が有り過ぎるではないか。

 まさか……ロンデルシアに現れたという合成魔獣なの?


「醜悪というだけでなく、臭いですね……」

 切りたくないのか、ジェラルドも思わず顔を背ける。

「きゃあ! めちゃくちゃ暴れるから、

 表面のピロピロしたのがたくさん地面に落ちてます!」

 フィオナが飛び上がりながら逃げる。


 私たちの足元には、

 化け物から剥がれ落ちたブヨブヨが地面でウネっていた。

 ゾッとしながらも、それをよく見ると。


「……これ、ヒルの妖魔だわ!」

 幅5センチ、長さ15センチくらいの、

 群れで襲ってくる小型の妖魔だった。


 ゾウリムシのような形状で、紫色の体をせわしなく動かしている。

 その先端には楕円形の口がついており、

 陸に上がった魚のようにパクパクしながら、細く血を垂らしていた。


 レオナルドとジェラルドが近づき、じっくりと調べ始める。

「ホントだ、血を吸ってるな。

 ヒルのかたまりかよ! ……じゃあ尾は」

「あれ? この尾、蛇じゃないですか?」

 ええっ?! ”蛇のような尾”じゃなくて、蛇そのものってこと?


 すると化け物はいきなり、後ろ足で立ち上がった。

「立ち上がれるんですね!」

 感心するフィオナに、なんと化け物がしゃべったのだ。

「……助けてくれ」

「しゃべれるんですね!」

 さらに感心しているフィオナの腕を引っ張って、

 私は化け物から離れた。知性があるならやっかいだ。

 

 しかし化け物は攻撃して来なかった。

 耐え切れなくなったようにドスン! とまた前足を地面に着く。

 そしてのたうち回りながら、今度は叫んだ。

「頼む、助けてくれ……俺だ!」


 ヒルの妖魔がボロボロと剥がれ落ち、

 一部があらわになってきた。……まさか!?


「く、苦しい、痛い……助けてくれエリザベートっ!」

「「「ジャクソン伯爵?!」」」

 私たちは叫び声をあげる。


 このヒルの塊は、数時間前に別荘を飛び出していった

 あのジャクソン伯爵だったのだ。

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