第46話 天才魔導士のたくらみ

 46.天才魔導士のたくらみ

 

「それにしても驚いたな。俺たちの婚約が、

 あのキース・ローマンエヤールが提案したとは。

 俺はてっきり、アイツは反対してるのかと思ったよ」

 レオナルドはソファーにひっくり返りながらつぶやく。


「どうして? 反対していたなら、

 あんなにしょっちゅう貴方のところに

 私を連れていったりしないでしょ?」

 私が指摘するとレオナルドは、

 まあそうなんだけどな……とボヤいている。


 彼がそう思うのもちょっとは分かる。

 キース叔父様を”アイツ”呼ばわりするのも。


 記憶を探れば叔父様はいつも、

 レオナルドに対して当たりが強かった。

 それは威圧するというよりも、

 反応を試したり、からかって遊んでいる感じだった。


 エリザベートがそれを叔父に抗議すると、

 彼はフフッと笑って答えた。

「じゃあエリザベートが、俺からあの子を守れば良い」

 私は困惑したが、それもそうかと納得してしまったのだ。

 たくさん強くなって、レオナルドを守るのだ、と。


 叔父が企んだとおり、その考え方は私の全てに繋がり、

 私はレオナルドを”全てのもの”から守るために、

 必死に強くなっていった。

 どんな敵からも守ってみせると。


 だからあの転生時、婚約破棄される直前、

 オリジナル・エリザベートは心の底から絶望していたのだ。


 ああ、本当に転生して良かった。

 もしあのままなら、

 ”婚約破棄を恨み、魔力を使って王家の殺害を目論んだ”

 という最初の”あらすじ”は

 あながち間違いじゃなかったろう。


「本当に小さなころからの幼馴染なのね」

 メアリーが尋ねる。レオナルドが横になったまま答える。

「ああ、そうだよ。

 ……俺はドンくさくて泣き虫だったからなあ。

 いっつもエリザベートに世話をやいてもらってたよ」

「ふふふ、そうね。今みたいに汚い言葉も使わなかったし。

 純真無垢で、本当に可愛かったわ」


 フワフワの黄金の髪に、キュルン、とした大きな青い瞳。

 彼は子どもの頃からとびぬけて美しく、愛くるしかった。


「さぞかし可愛いかったでしょうね」

 ジェラルドの言葉に、私はうなずく。

「あまりにも可愛くて、侍女にも兵士にも可愛がられてたわ。

 ……誘拐されかけたこともあったわよね?

 叔父様が連れて来た行商人が、

 抱っこしてそのまま宮殿を出て行こうとしたのを

 私が必死に追いかけて……」


 レオナルドが笑いながら否定する。

「あれは誤解だったろう?

 お前が闇魔法で攻撃する寸前、

 キースあいつが必死に止めたんだよ。

 ”彼は散歩に連れていこうとしただけだ!”って」


 私は苦笑いで言い訳する。

「……まあ、そうなんだけど。

 あなたって無邪気で素直だったから、

 騙されて連れていかれたのか! と思ったのよ」


 レオナルドは懐かしむような顔で言う。

「あの行商人は母もすごく信頼していたし、

 ファルを譲ってくれた良い人だよ。

 ……怒り狂ってるお前を見て、俺の散歩は諦めたけどな」


 昔、レオナルドが可愛がっていた珍獣ファルファーサ。

 確かに行商人から譲り受け、

 性質や特徴を教わったと聞いていたけど。


「……待てよ」

 レオナルドが突然、がばっと身を起こす。

 そして一点をみつめたまま制止している。


「どうしましたか?」

 ジェラルドの問いに、レオナルドはゆっくりとこちらを見た。

「あの行商人……お前に止められた後、俺に言ったんだ。

 ”今は彼女に守られているが……

 大きくなったら、君が彼女を守るんだぞ。

 おぎない助ける力が、君にはある”、って」


 私たちはショックで沈黙する。そんな、まさか。

「なんであの行商人は、

 俺が補助魔法の魔力持ちだって知ってたんだ?」

 そう言いながらレオナルドは片手を額に当てる。


「”鑑定の儀”よりずっと前よね」

 私の言葉に、レオナルドは強い口調でいいつのる。

「それだけじゃない。

 国王の監視が激しい母上の宮殿に、

 キースあいつはなんで、行商人なんて入れられたんだ?

 そして母上は、あの行商人の来訪を待ち望んでいたんだ?」


 ジェラルドが考えながらつぶやく。

「……何か、特別なものを売ってもらっていたんでしょうか」

「それはあまり考えられない。

 シュニエンダール国王は母に何でも与えた。

 外国の貴重なフルーツや有名料理人のお菓子、

 世界に数本しかない花や、著名な演奏家を招いたこともある」


 それは私も知っている。

 第三王妃であるレオナルドの母親ばかりに贈るので

 正妃と第二王妃がものすごい荒れようだと、

 キース叔父様が笑っていたから。

 そして皮肉な口調でつぶやいていた。

「そこまでしても、見向きもされない男が一番笑えるけどな」


 国王は叔父の本意を見抜いていたのかもしれない。

 親友を殺し、その妻を奪ったことを、

 誰よりも怒り、国王を憎んでいると。

 だからあんな、危険な実験を強制されたのだ。


「あの行商人が来なくなったのは、アイツが亡くなったからか。

 母は行商人から、何を受け取っていたんだろう……」


 叔父様が亡くなった後は、レオナルドとは

 公的な行事でしか会えなくなった。

 そしてその翌年には彼の母が亡くなり、

 私たちはいよいよ疎遠になってしまった。


 回想から戻り、ふと顔を上げると、

 レオナルドはフィオナと視線を合わせている。

 何か秘密を共有しているようだった。


 私は思わず目を逸らしたが、メアリーが鋭くつっこむ。

「……何よ、あなたたち。隠し事?」

 聞きたくないし知りたくない、

 そんな気持ちの私に気付かず、フィオナがあっさりうなずく。

「ええ、そうなんです。今まで秘密にしてきましたが……」


 フィオナがレオナルドに言う。

「こうなったら言ったほうがいいです。

 オリジナル・レオナルドの意思は、

 情報が足りなかった頃の判断です」


 レオナルドはうなずき、ため息をついて。

 真っ直ぐに私を見て言った。

「オリジナル・レオナルドが婚約破棄しようとした理由は、

 お前をいろんなものから守るためだ」


 私は納得は出来ないが、うなづく。

 運命をともにしたかったのに、と思って。

 レオナルドは淡々と続ける。

「お前の立場を守るのももちろんだか……

 一番守りたかったのは、心だ」


 そしてレオナルドは衝撃的なことを言った。

「教会の記録にあったんだ。俺の母親の死に、

 ”ローマンエヤール公爵家が関わっている可能性が高い”

 という調査結果が」

「嘘でしょう!?」

 私は叫んで戦慄する。


 レオナルドのお母様が亡くなったのは事故ではなく、

 うちの者が手を下したということなの?!


「落ち着け。オリジナル・レオナルドは

 お前が関与していたとは思っていない。

 ただこの事実を知った時、お前は自分の家を許せなくなるだろう。

 真摯で優しい女だからな」


 私は涙があふれて来た。メアリーが心配そうに寄り添ってくれる。

 レオナルドは弱々しく笑い、緑板スマホを取り出した。

「さらに落ち着け、泣かなくて良い。

 これを手に入れて、俺はまっさきに調べたよ。

 でもなんか、違うんだ。試しにみんな、検索してみろよ」


 私たちは大急ぎで入力する。

 ”勇者の妻、ブリュンヒルデの死に

 ローマンエヤール公爵家が関わっているか?”

 それは、”いいえ”だった。

 私はふう、と息を着く。


 しかし、その後が問題だった。

 ”勇者の妻、ブリュンヒルデを殺したのは誰?”

 ”死因は?” ”自殺か?”

 これらは全て、not found……未検出。


「変ですね。犯人に関することは何も出てきません」

 ジェラルドが眉をひそめて言う。


 ”馬車の事故を仕組んだのは誰か?”

 その検索結果に、私は思わず悲鳴をあげそうになった。

「どうしたの? エリザベート」

 フィオナが気付き、みんなが集まってくる。


 私はスマホをとっさに隠してしまいたい気持ちにかられた。

 しかしショックのあまり動けずにいる。


 ジェラルドが目を丸くして、検索結果を読み上げる。

「馬車の事故を仕組んだのは……

 ”キース・ローマンエヤール”だって?!」


 めまいがしそうになるが、

 私をしっかりと支えながらレオナルドが言う。

三度みたび落ち着け、冷静に考えてみろ。

 あの事故の前年に、アイツは死んでるんだよ」


 私は驚愕して顔をあげる。レオナルドがうなずく。

「生前に立てた計画ではないことは確かだ。

 あれは国王命令での急な出立だったし、

 前日の大雨での被害状況も予期するのは難しい」


 だとすると……まさか。

 レオナルドは私の目を見て言う。

「生きている可能性が高いな、あの天才魔導士は」

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