第45話 孤独じゃない

 45.孤独じゃない


 爽やかな笑顔と、包みこんだ手の温かさで

 さっきまでの吐き気をもよおす不快感や

 凍りつくような恐怖がすっかり消え去っていた。


 レオナルドはダンスを踊る時のように、

 掴んだ右手を引き寄せ、彼の腕の中に私を収めた。

 粗暴な彼らしくないエレガントな振る舞いに、

 私は思わず胸がドキドキしてしまう。


 しかしその口から飛び出る言葉はいつも通りだ。

「伯爵家ともあろうものが美人局つつもたせかよ。

 そんなに王家とつながりが欲しけりゃ、

 自分の娘を寝所に送り込めばいいじゃねえか」


 誰がそんな娼婦のようなマネを娘にさせるか!

 という言葉を期待したが、

 返ってきたのは呆れ返るような発言だった。


「そんなのとっくに試したわ!

 ……だが残念ながら、

 娘は王太子のお眼鏡に敵わなかった……」

「あー、王族は面食いだからな」

 すかさずそう言って、レオナルドは笑った。

 フィオナとジェラルドに教育的指導を何度受けても

 彼の暴言は変わらない。


 ジャクソン伯爵はムッとしたが、

 本来の目的を思い出して説得に入る。

「殿下にとっても悪くないお話だと思うが?

 うちの婿に入れば、遊んで暮らせるぞ」

「今でも俺は、毎日遊んで暮らしているぜ?

 つか、”王族は面食いだ”って言ってるだろうが。

 ……そんなことより、いいのか?

 こんなとこでのんびりしていて」

「なぜだ?」

 ジャクソン伯爵は眉をひそめる。


「公爵家の忠実なる家臣が、

 さっきまでの一部始終を魔石に記録してたぞ?」

 窓の外で、ジェラルドが魔石を片手に睨んでいた。

 その肩には、父に直通で飛ぶことを許されている

 ”霊鳥ガルーダ”が止まっていた。


 私に対する数々の暴言はもちろん、

 ローマンエヤール公爵家の方針に対する批判は

 私の父から制裁を受ける可能性が少なくないだろう。


 寝所に潜り込ませようとするのも、

 王族に”暗殺計画では?”と判定されたら、

 即、断首されるかもしれない。


 漫画のようにジャクソン伯爵は震えあがって叫ぶ。

「命令だっ! その魔石を渡せっ!」

 真っ青になった伯爵は、窓へ駆け出そうとするが。


「ぐわっ!?」

 バターン! と大きな音を立て、顔面から転倒してしまう。

 そのまま鼻を抑え、床をのたうち回っている。


 レオナルドが補助魔法”スロウ”で、

 ”片膝だけ”移動速度を極限まで下げたのだ。


 走り出すつもりで他の部位は動かすから、

 当然バランスを崩して転倒してしまう。

 その結果、鼻血を吹き出してうずくまることになる。


 私は笑いを堪えつつ感心してしまった。

 こんなことが、あのほんの一瞬で出来るなんて。

 彼は着実に、自分の魔力を使いこなしてきているのだ。


「……その魔石を取り返したとしても、

 たとえローマンエヤール公爵が

 お前の言動を許したとしても、だ」

 呻き声をあげる伯爵に向かって、

 レオナルドは優雅に歩いていく。


 そして伯爵を見下ろして冷たく言い放つ。

「俺が絶対に許さない」


 ジャクソン伯爵は立ち上がりながら、

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「お前ごときが許す許さないなど、どうでも良いわ!

 この、出来損ないのクズ王子め!」


 レオナルドは笑顔でうなずく。

 彼は、自分に対する侮辱は意にも介さない。

「ああ、そうだよ? それもウワサ以上だからな」

 伯爵は私を見て、忌々し気に吐き捨てる。

「……”暗黒の魔女”として生きるのか? エリザベートよ。

 不幸で孤独な一生を送るぞ、このままだと」


 以前の私、オリジナルのエリザベートだったら動揺したかもしれない。

 でも転生してきた私が、自信を持って言ってあげられる。

「そんなわけないでしょう……このうすらハゲ」


「”頭のガードが弱い方”、それはちょっと不可能です!

 エリザベートさんが望んでもお断りです!」

 ジェラルドの横にフィオナが立っていた。

 あの頭をそう表現するとは。


「そうですね。王子がいる以上、彼女を不幸にはしませんし

 我々がいる以上、孤独を感じることはないでしょう。

 稚拙な手法しか思いつかない

 ”むき出しの頭脳”では判りかねますか?」

 それはコンプラ的にセーフなのかしら? ジェラルド。


 鼻を血まみれのハンカチで押さえながら、

 ジャクソン伯爵は大声を出した。

「うるさいっ! なんと無礼な!

 全員、不敬罪で処刑してやるぞ!」

「その前にお前が王族に対する反逆罪で……

 と言いたいところだが」

 レオナルドは困り顔をし、そこで言葉を切った。

 ”俺にはそんな権力は無い”、と続くと

 ジャクソン伯爵は思ったらしい。

 ニヤリと馬鹿にした笑みを浮かべた、が。


「そもそもお前、もう国には帰れないからな」

「はあ?! 何を言っている!?」

 レオナルドの言葉に、目をむいて驚く伯爵。


「……こんな低俗で下劣な、救いがたい馬鹿、

 とっととガウールから出てって欲しいんだけど」

 ドアを開け、メアリーが入ってきながら文句を言う。


 私は彼女を慰めるように言う。

「村からは出て行くわよ。

 霊鳥ガルーダを止めないと大変なことになるし」


 すでにジェラルドの肩に、霊鳥は止まっていなかった。

 それに気づいて伯爵は、あたふたとドアから出て行こうとする。


 レオナルドは彼を追いかけ、肩を叩いて言う。

「では、お気をつけて」

 伯爵はハッと何かに気付いたようだが、

 それどころではないと思ったようで、

 身なりを整えることもなく飛び出して行った。


 彼はレオナルドの魔力を舐めているから。


 その姿を見送りながら、レオナルドがつぶやく。

「今のあいつは、ダンゴムシでも倒せるぜ」

「最弱じゃないですか、それ」

 ジェラルドが苦笑いで突っ込む。


 さっきの肩たたきの際、

 弱体化するアビリティを山ほど付加しておいたのだ。

 彼の補助魔法は、種類も能力値も数多くあるらしい。


 あんな状態でガウールからロンデルシアまでの

 ”危険レベル最大値”の道のりを抜けられるわけはないだろう。


「さ、みんなで祈ろうぜ、あいつの冥福を!」

 楽し気に叫んだレオナルドの頭を

 不謹慎です! と叫びながらフィオナが錫杖で殴っている。

 ジェラルドは肩をすくめて微笑み、

 メアリーは私の腕にからまり、クスクス笑っている。


 ”暗黒の魔女”はもはや、孤独な存在ではないのだ。

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