第44話 ふざけた提案
44.ふざけた提案
両親はもしかすると、王家を見限っているかもしれない。
そして粛々と、離脱する準備を進めているのではないか。
過剰なまでの服従姿勢など、
思い当たることがたくさんあり、
私は胸の鼓動が速くなった。
そんな私を無視して、ジャクソン伯爵は説得を続ける。
「公爵のお考えもご立派だか、
お前の幸せも考えてくださらないとなあ?
毎日毎日仕事に追われてばかりだろう。
幸せな結婚を夢見ていたんじゃないのかい?」
眉を下げ、同情するような優し気な口調で言ってくるが
いったい何を企んでいるのだろう。
よほどの目的が無い限り、
こんなとこまでわざわざ出向いたりしないはずだ。
私はとりあえず適当にあしらうことにする。
「幸せな結婚ですって?
そんなステレオタイプな考え、
今どきの人間には理解が追いつきませんわ。
私は能力と仕事に誇りを持っておりますし」
ジャクソン伯爵は何てことを! というように首を振る。
「せっかく飛びぬけて美しく生まれたというのに。
なんともったいないことを言うのだ。
そんな風に仕事ばかりしていると、
そのまま婚期を逃してしまうぞ?
ぜひ今からでも王太子妃として……」
「私は第3王子との婚約が整っておりますので、ご心配なく」
私の言葉に、伯爵は露骨に嫌な顔をする。
「フン! キースの遺言か。
公爵もあの変人との約束を律儀に守ることなぞないのに」
キース・ローマンエヤール。
天才魔導士と呼ばれ、勇者のパーティの一員だった私の叔父。
その名がいきなり出て、私は驚いた。
「えっ! この婚約は……」
「知らなかったのか?
表向きは公爵の提案だが、実際はあいつが勧めたのだ」
私はそれを聞いて、心が温まった。
叔父様は、自分の親友の息子と、
姪の私を結びつけたかったのだ。
そういえば幼い頃はしょっちゅう、
私だけを連れ、人目を避けながらも
レオナルドとそのお母様の宮殿に連れていってくれた。
案の定、私たちは仲良くなったが、
それは叔父様の思う壺だったのかもしれない。
あの頃を思い出し、思わず笑みがこぼれる。
叔父様はうちの両親が困惑するほど、
私を溺愛してくださっていた。
何をしても過剰に褒め讃え、
望むものだけでなく、”良い”と思うものは
宝石でもドレスでも、
剣でも魔獣でも何でも、与えてくれたのだ。
私も叔父様が大好きだった。
常に冷静で厳格な父とは違い、
素直に甘えられる希少な存在だったのに。
王家の密命により、複数の魔獣を融合させる実験を強要され
その力を暴走させることになり、父に討たれて亡くなったのだ。
私は悔しさと悲しみを思い出し、唇をかみしめる。
「まあ、あいつはもういない。
王家の尊い研究に殉じたのだ」
私は手のひらを握りしめる。思わず目に力が入ってしまう。
……ダメだ。落ち着かなくては。
この男は何にも知らず、何も考えていないだけだ。
「レオナルド様との婚約は王家と公爵家で定められたものです。
それを覆すなど、王家に対する反逆では?」
痛いところを突かれ、一瞬ジャクソン伯爵は焦ったが
違う、違うのだ! と慌てて否定する。
「お前を王族に捧げることが、
王家にとって最善と考えてのことだ!」
「レオナルド様も王家ですが?」
私の言葉に、伯爵は馬鹿にしたように笑った。
「あんな出来損ない王子なぞ、嫁いでも大した権力は得られまい」
結局はそこか。私が王太子妃になれば、
ローマンエヤール公爵家はさらに権力を得、
その傍流であるジャクソン伯爵家にも
何かしらの
私が呆れていると、伯爵はニヤリと笑った。
「あの王子には別の使い道があるのだ。
もっと我々にとって利益のある使い道が」
そう言って伯爵は、さもグッドアイディアであるかのように
とんでもない提案をしてきたのだ。
「お前はあの王子と婚約破棄し、王太子妃になる。
そして彼は……私の娘の婿に迎えるのだ!
そうすれば我が家は再び、王家との繋がりを持てるからな!」
ジャクソン家には何代も前、
王家から一番末の姫を降嫁されたことがある。
かんしゃく持ちで我儘な姫だったそうで、
国内の貴族でも他国にも貰い手がなく、
やっとこの伯爵家の息子に収まった、
という経緯があったらしい。
ふたたび、王家と繋がりを持つために画策したのか?
なんと愚かというか、馬鹿馬鹿しいというか。
しかし、理由はそれだけではなかった。
ジャクソン伯爵は困った笑顔を浮かべて言う。
「……それが、娘が泣きわめいてせがむんだよ。
”自分の婿にはレオナルド王子が良い!”とな。
どうやらどこかであの王子を見かけたらしい。
まあ、あの絶世の美姫の息子だ。
見た目は本当に良いからな」
「……そのような理由で婚約破棄などできません」
震える声で私が尋ねると、
伯爵は私に懇願するように言った。
「そう言うな。ウワサだと婚約破棄寸前なのだろう?
縁戚を助けると思って、それを受け入れてくれ。
娘は泣いて暴れて、侍女に当たって。
”あの方を連れてこないと死んでやる!”
そんなことまで言い出したのだ。
可哀そうだと思わないか?」
私は首を横に振り、疲れた声で吐き捨てる。
「まったく思いません。王命を反故にするなど
貴族にあるまじき振る舞いです」
ジャクソン伯爵は必死に叫んだ。
「落ち着いて考えたまえ。お前にとっても良い話ではないか。
あんな嫁いでも先のない王子より、
未来の王妃のようが良いに決まっておるだろう!
わが伯爵家も王家とのつながりも深められる上、
厄介者を引き受けて感謝もされるだろうし
皆にとって良いことづくめなのだぞ!」
自分勝手な主張をまくしたてる伯爵の勢いに、
私は呆れと怒りで、逆に笑えてきた。
皆のためと言いつつ、ジャクソン伯爵の利益だけではないか。
「さあ、一緒に帰ろう、エリザベート。
そしてすぐに王太子のところに行くのだ」
じりじりと私に近づいてくるので、
私は思わず後ずさってしまう。
「王太子への急な謁見は難しいと思いますが」
やっとのことで私が答えると、伯爵はニタァ、と笑う。
糸を引くような、粘質な笑い方だった。
「……昼間は、な。夜の、寝所なら問題ない」
言葉を失った私に、声をひそめて言う。
「あの王太子妃は、王太子に
王太子の寝所とは別の場所で寝起きしているそうだ。
……なあ、チャンスではないか?」
王太子と王太子妃が不仲であることは、
宮中の誰もが知っていることだ。
”魔法属性が光”というだけで選ばれた娘を、
王太子は侮蔑し、冷酷な扱いばかりをしているそうだ。
ジャクソン伯爵はニタニタ笑いながら近づいてくる。
「だから、お前が王太子をお
お前が薄着で迫れば、落ちない男はいないだろう?
王太子妃より先に子を成せば、
その先はあっという間に……」
私はもはや、爆発寸前だった。
私の目が燃え上がるように赤くなったのをみて、
ジャクソン伯爵はひるみ、後退した。
私が右手を上げ闇の魔法を唱える、その直前。
「黙れよ
その口にこのギドラスの牙、突っ込むぞ」
良く知る声のいつもの暴言が、客間に響いた。
そう言いながら、よっこいしょ、と窓から入ってきたのは。
黄金の髪に深いブルーの大きな瞳。
それなりに鍛えたバランスの良い体躯。
素晴らしく美しい顔は、
天使の笑顔で汚い言葉を吐いている。
私の王子はいつも、ドアからは入って来ない。
「……なんで窓から入ってくるのよ」
「外で立ち聞きしてたから、に決まってんだろ」
私の言葉に、彼は開き直った口調で言う。
そしてレオナルドは私の前に立ち、
魔法を放ちかけていた私の右手を包み込み……笑ったのだ。
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