第43話 公爵夫妻の真意

 43.公爵夫妻の真意


「どうしたエリザベート、大丈夫か?」

 急に名前をよばれ、私はビクッと体を動かした。

 魔獣の前だと言うのに集中できないなんて。


 しかしすでに目の前には妖魔エギドラが横たわっている。

 この程度なら、ジェラルド独りで瞬殺できるのだ。


 大豆が届くまで、私たちは討伐に集中していた。

「集中というより、夢中になってるわね」

 レオナルドとジェラルドはまたしても、だけど、

 今回はフィオナも積極的に参加している。


「どの技を、どのくらい使えるか試しておきたくて」

 聖女の技は多岐にわたる。

 知っていても使えない、ということがないように

 彼女は戦闘に参加しているのだ。


 次から次へと、むしろ楽しげに討伐する彼らを見ながら、

 私は複雑な気持ちになる。


 ついこの間まで、魔人の呪いにより、

 ”この村から一生出られない呪縛”に囚われていたのだ。


 緑板スマホで検索を進めるうち、

 自分に呪いがかかったことは自覚していた。

 しかし私は思わず歓喜してしまった。


 国には帰りたくなかったから。

 ”レオナルドやみんなと、ずっとここにいたい……”

 その願いが叶ったのだ。


 だからすぐにレオナルドのところへ急いだ。

 私の涙をショックを受けている、と誤解した彼は

 慰めようとしてくれたが。


 彼自身もそんなにショックは受けていない様子だったので、

 もしかすると私と同じ気持ちなのかも……

 なんて期待してしまったけど。


 でも実際は違った。

 おそらく彼は”たいしたことではない”と思っていただけだ。


 私たちをこの地に呪縛したメアリーに、

 笑顔で言ったあの言葉。

 ”ガウール国王になって世界制覇し、

  領土を拡張すれば問題ない”

 というあの能天気な発言は、きっと本気で言ったのだ。


 彼は何も固執していない。国にも……私にも。


 ************


「エリザベート様にお客様がいらしてます!」

 討伐から帰ると、出迎えた執事にいきなり言われ驚いた。


 私たち4人は顔を見合わせたが、

 来訪者の名前を聞き、嫌な予感がしたので、

 私はみんなに、二人で会うと伝えた。


「OK。後で挨拶には行くよ」

 レオナルドたちは意気揚々と、

 集めた魔獣の牙や皮の処理に向かっていった。


 私は応接間の前でため息をついた後、扉を開いた。

 そこにいたのは、ジャクソン伯爵だ。


「おお、エリザベートか。相変わらず美しい」

「ご無沙汰しております……ジャクソン伯爵」

 一通りの挨拶をすませて改めてその顔を見る。


 ローマンエヤール公爵家の傍流の家系のこの男は

 生え際がかなり後退した丸い顔の中に

 計算高そうな上目遣いの目、

 小太りの体をガチガチの防具で包んでいる。


「国王様が大変心配しておられるご様子だ。

 もちろん、近しいものしか察することはできないが」

 そういって何故か自慢げに笑う。


 何代か前、この伯爵家に王家の末姫が降嫁された。

 それをいまだに誇りにしており、

 ”自分たちは王家に近い貴族”だと

 勘違いしている人たちだった。


「伯爵みずから、豆を届けに来てくださったのでしょうか?」

 ジャクソン伯爵はうなずく。

 さすがはうちの傍流、よくぞここまで来た

 と感心しようと思ったら。


「念のため、私の警護のため2兵団、連れてきた。

 その代金はそちらが負担、ということで良いか?」

 といきなり言ってきたのだ。


 私はぐっと詰まる。きっとオリジナル・エリザベートなら

 面倒を避けるためにうなずいたろう。

 しかし私は転生者だ。そんな理不尽、お断りしてやる。


 ホホホ、と優雅に笑った後。

「こちらにいらっしゃる必要はまるでございませんでしたのに?

 私の依頼は”豆のみを妖鳥ガルーダで空輸してほしい”というものです。

 それ以外にかかる費用はお断りしますわ」


 断られると思ってなかった彼は目を剥いて怒り出す。

「なんという口の聞き方を! ここまで来てやったのに!

 このまま帰っても良いんだぞ!」

「ええ、どうぞ。かまいませんわ。

 それならば経緯を説明し、父に依頼を出すまでです」


「……いやいや、事を急くな。もちろん冗談だ」

 ジャクソン伯爵はひきつった笑いを浮かべる。

 父にこれを知られるのはよほど嫌だったのだろう。

 それはそうだ。父に睨まれたらその時点で終わりだから。


 彼は押し黙り、ハンカチで汗を拭く。

「どうしてこちらに?」

 私の問いに、彼はイライラと答えた。

「お前を連れ戻すために決まってるだろう!

 あんなクズ王子に付き合って、

 ”ローマンエヤールの切り札”を腐らせるつもりかね?」


「……王命でしょうか?」

 恐る恐る尋ねる私に、伯爵はフン! と鼻で笑って言う。

「三流は命じられてから動くが、

 一流は御心を察し、先んじて動くのだ」


 王命ではないと知り、私は密かに安堵するが、

 まだ気がかりが残っている。

「公爵家の任務に、何かとどこおりが?」

 さすがにそれは嘘が付けなかったのか、

 ジャクソン伯爵は正直に言う。

「いや、公爵が兵を再配置し、問題なくやっておられる。

 が! そんなことではない!」


 じゃあ、何が問題なのだろう。

 首をかしげた私に、伯爵は唾を飛ばして言ったのだ。

「エリザベート! 今からでも遅くはないっ!

 王太子の正妃になるのだ!」


 私はあっけにとられて言葉も出ない。

 シュニエンダールの王太子には、すでに妃がいるのだ。


 その考えを読んだかのように、伯爵は嗤う。

「あんな娘などいくらでも引きずり下ろせる!

 お前の家に並ぶ家門なぞ一つもないだろう?

 ……そもそもお前が産まれた時から、

 王家はお前を王太子妃にするつもりだったのに」

「なんですって?!」

 衝撃的なことを聞いて、おもわず声が出てしまう。


 ジャクソン伯爵は何を今さら、といった顔で言う。

「当たり前だろう? 

 国としてこれ以上の組み合わせがどこにある?

 それなのに、公爵家が早々に辞退したんだよ。

 お前の並外れた才能は、王妃では無く、

 兵器として使う方がこの国の役に立つ、と主張して」


 ものすごい言われようだが、私は両親の真意に気が付いていた。

 絶対に私を、王太子妃にさせたくなかったのだ。


 伯爵は愚痴っぽく続ける。

「……まあ、内乱や凶悪魔獣の出現など、

 戦力はいくらあっても足らない時代が続いたからな。

 ”王太子妃教育よりも魔力を高める修行をさせたい”との申し出を

 王家は制することが出来なかったのだ。

 ”王妃にすれば、この国の戦力が落ちる”とまで言われては、な」


 私は今までの過酷な訓練や教育を思い出す。

 両親は常に厳しく、責務を山ほど背負わせてきた。

 それは王家が、私に干渉させないためだったのだ。


 もしも私が普通の貴族の娘のような暮らしをしたら

 そのとたん、家柄と能力を買われて、

 王太子妃にされてしまったろう


 私は王太子の顔を思い出し、ぞっとする。

 母親である王妃によく似た、

 卑屈さと不満が張り付いた顔。


 彼が小さな目でじっとり眺めてくるたびに

 いつも鳥肌をたてていたのだ。


 思い出して身震いする私に気が付かず、

 ジャクソン伯爵は忌々し気に続けた。

「あんな、光属性の娘が現れなかったら、

 きっと今ごろはエリザベートが王太子妃になれていたのに。

 お前も悔しいだろう? なあ?」


 そうだった。現・王太子妃は、

 国王と同じ光属性を持っているのだ。

 私は心から彼女に感謝し、笑顔で言う。

「いいえ、まったく。王太子妃は素晴らしい方ですわ」


 私の気持ちは喜びでいっぱいだった。

 公爵夫妻がエリザベートに過剰な負荷を負わせたのは、

 間違いなく、王太子妃にしないためだ。


 ……でも、なんでだろう?

 この国だけでなく、全ての貴族にとっては王太子妃なんて

 最も名誉な立場ではないのか?

 本当にこの国を想うなら、甚大な力を持つ私を

 王族の一員にすべきと考えるのではないだろうか。


 目の前でグチグチ言い続ける伯爵の言葉は、

 すでに耳に入ってこなかった。


 一つの考えに行き着いて、私は戦慄していたのだ。


 我がローマンエヤール公爵家は、

 とうにこの国を見限っていたのではないか、という考えに。

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