第39話 メアリーの復讐
39.メアリーの復讐
このガウールに潜む魔人の正体は、
この地を救うために独りで戦った聖女だった。
村人に裏切られ、妖魔に食われて融合し、
”魔人”と化してしまった彼女は今でも
強い恨みと怒りを抱え、村人を襲っているのだ。
老執事の話を聞き、フィオナがぽつりともらす。
「……私はずっと、聖なる力が弱いことで
辛い思いをしたり、
簡単な治癒しか出来ないのに、
教会の司祭たちに”聖女”だと仕立て上げられたのだ。
苦しむ人々や救いを求める人々を前に、
ただただ、何も出来ないでいた毎日。
司祭たちはそれを
「聖女の力は王と貴族に捧げられるものだ!」
などといい無視していたが、
当のフィオナは彼らこそ救いたかったし、
救える力が欲しかったのだ。
「私は誰も、助けることも、救うこともできませんでした」
彼女の気持ちを察し、
エリザベートがフィオナの手を握る。
フィオナは弱々しい笑顔を浮かべて言葉を続けた。
「力を持つ者にも苦しみや悩みがあるんですね。
そして、力があっても救えないものもあるなんて」
その通り、救いがたいのは当時の村人の心だ。
俺たちは陰鬱な気持ちになる。
でも、フィオナはやっぱりフィオナだった。
「でも”それならもういいや”、って思っちゃいました。
救えるとか、救えないとか、どうでも」
そういって肩をすくめて笑う。
「助けたいと思ったら、やれることをやる。
できたら
そこに力の大小は関係ありません」
そしておどけるように言った。
「なんせ、医者は神じゃありませんから」
「ブラックジャックかよ」
やっと笑顔が戻った俺たちは作戦会議を始めた。
エリザベートが頬に手をあて考え込む。
「魔人の中身が聖なる力で満たされていたのが驚きだわ。
しかも凝縮されているなんて」
「酸素や窒素も液体になるからなあ」
「……それって一緒にして良いもの?」
俺の言葉に、一瞬
ジェラルドは対策に頭を悩ませていた。
「何度切っても、すぐに
体内の人々をどうやって取り出すかが問題ですね」
「まだ何人かいましたね。
というか、魔人って頭も大きかったけど、
体がとてつもなく大きそうでしたよね?」
今回見えたのはきっと、まだ一部分なのだろう……
俺はまさか! と目を見開いた。
「あの丘を見た時、なんかおかしいと思ってたんだ。
てっぺんだけに森があってさ。
あの丘、変動地形じゃないか?」
「確かに、徐々に段階を経て隆起した土地かもしれませんね」
ジェラルドの同意に、エリザベートが目を見開いて驚く。
「じゃあ、あの丘の下にあるのは……!」
俺たちは黙って想像する。
あの小高い丘の下に膨らむ、巨大なぶよぶよした体を。
もしこの予想が当たっているなら、
どれだけの力を蓄えた、どれだけ巨大な魔人だというのか?!
動揺する俺たちのところに、この別荘の下男が飛び込んできた。
「大変です! ものすごい化け物が出ました!
丘の上で暴れているんです!」
俺たちは何の対策も思いつかないまま、
再び魔人と対峙することになったのだ。
************
丘にたどり着いた時には、
魔人は森の中で大きく体を伸ばし
すでに周辺の木がなぎ倒された後だった。
老執事が集まった人々を退避させている間、
俺たちは一気に丘を駆け上がる。
そこには地中から巨大な体を伸ばし、
のたうち回る魔人がいた。
胸?のあたりが光っている。
あれは……あの神官が何かしているのか?
「えーっと、なんだ? 名前は、あの……」
「聖女の名前? メアリーよ」
エリザベートに教わり、俺は魔人の前に走り出た。
「おい! メアリー!」
グネグネとうねっていた魔人はピタリと制止した。
そしてセミの幼虫のような頭部がぐるりと回転し、
ミイラのような女の顔が現れて叫んだ。
「……許サナイ!」
メアリーに打撃を加えた村人が叫んだ言葉、
”許してくれ! 村を存続させるためだ!”
の答えなのだろう。……まあ、許せんわな。
しかし名を呼んで、顔を見せたのだ。
今のメアリーには感情だけでなく、
知性や論理性も残されていると俺は考えた。
「なあメアリー、俺たちはガウールから出られないんだろ?
じゃあさ、森は行ってもいいのか?」
「ウウウ……」
メアリーは不自然に首をひねりながら、うなずく。
まあこの辺りは、地理的にも”ガウールの森”だからな。
「つまり人間が”ガウールの土地だ”と判断した場所なら、
どこにでも行けるってことだな?」
メアリーは顔を歪め、皮肉な笑みを浮かべる。
そんなのたいした範囲じゃない、そう言いたげに。
俺は首をひねりながら言う。
「……もし俺が、ガウールを独立国として立ち上げ、
国王になったと宣言するだろ?」
こいつは何を言い出した? という顔で俺を見ている。
メアリーだけでなく、俺の仲間たちも。
「んで、近隣に支配を広げていったとする。
隣のロンデルシア国もチュリーナ国も侵攻してさ。
……そして世界を制圧した日には、全てがガウール領土だ!」
俺は両手を広げ、満面の笑みで、
キラキラをふりまきながら高らかに宣言する。
「アアアアアア?!」
メアリーの口が大きく開かれた。
「そしたら、どこにでも行けるぜ?
俺たちも、お前もだ、メアリー」
メアリーの口は開いたままだ。
「だから、もう意味ないんだよ。
村や、土地に執着するのは。
お前はちゃんと、この地を守った。
その役目は終わったんだ」
俺が説得している間、協力してくれた者がいた。
それはメアリーの体内にいる年老いた神官だ。
魔人の頭部に神聖な力を注ぎ続けていたのだ。
その効果か、収縮され干からびていたメアリーの顔が
徐々に生前に近づいていくのがわかる。
バサリ、と黒髪が伸びてくる。
「許せない……それに、許されない」
少しずつ復活してきたメアリーは
怒りと悲しみを露わにつぶやいた。
自分も許されない、と言っているのだろう。
妖魔と同化し”魔人”になってしまったため、
人を食す必要が出たのだ。
これまで、何人
「村人を食べたのは復讐の意味で?」
エリザベートの問いに、メアリーはうなずく。
「じゃあどうして、代わりの人を置くんですか?」
フィオナの質問には、俺が代わりに答える。
「村人が減ると……村が存続できなくなるから、だろ?」
メアリーは黒い涙を流しながらうなずいた。
俺はずっと、代わりの人間を置く意味を考えていた。
最初は
商隊や兵隊が訪れる以上、人間に事欠くことがないから
それにはあまり意味が無い。
しかし老執事の話を聞いて、気が付いたのだ。
”村を存続させるためだ”という村人の言葉。
彼女は”そのせいで”、そして”そのために”死んだのだ。
だからそれは魔人になっても最優先事項だったのだろう。
”村の人”が減るのは、存続の危機に陥るから。
「ほおっておいても、村の存続は守られている。
もう引退しろよ。がっつり復讐したいんだろ?」
「はあ!? 何いってるんですか?」
「それはちょっと……」
フィオナとジェラルドが抗議してくる。
俺はメアリーの顔の前に立った。
彼女はじっと、俺を見ている。
「良いか? 俺はお前に2つ、約束するよ」
俺はメアリーに向かって笑いかける。
「ひとつ、誰も許す必要はないから、思う存分、怒れは良いさ。
責め立ててもいいし、泣いても、愚痴ってもいい。
ただし誰かを肉体的に傷つけるのは無しだ。
お前の苦しみが増えるだけだからな」
メアリーは口を閉じてうつむく。
「そしてもうひとつ。
”幸せに生きるのが一番の復讐”、なんだとさ。
こんなとこでニンゲン食っててお前、幸せか?」
メアリーは悔し気に震える。もちろん答えは”NO”だろう。
俺は彼女に笑いかけ、手を伸ばす。
「聖女も魔人もやめちまえ。
そしたら、”人間”よりも旨いもの、山ほど食わせてやるよ」
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