第40話 聖女と神官

40.聖女と神官


 俺はキラキラをふりまきながら、メアリーを説得する。

 魔人なんかやめてしまえ、と。


「王子が、どっかのグルメ漫画みたいなこと言い出した!」

 ”魔人辞めたら、人間より旨いものを食わしてやる!”

 という言葉に反応したのか、フィオナが嘆いている。


 エリザベートも呆れたように笑う。

「この異世界で、退職代行業でも始めたの?」

 確かに俺は以前、フィオナも聖女を引退させたっけ。


 ジェラルドも首をひねる。

「魔人に知性や理性があったとして、

 ”旨いもの”に惹かれるかどうか……」


 俺はそんな三人に言い放つ。

「いいんだよ、別に。

 メアリーの答えがYESでもNOでも、結果は一緒だ」

 俺は補助魔法で、仲間たちの攻撃力や防御力を上げていく。

 三人はハッ! と気付いた。そして全員が構える。


 ついでに俺は、魔人がマーサをさらった時のことを思い出し、

 ”幻覚”などのステータス異常を防止することにした。


「あれ? ってどんな効果なんです?」

 フィオナが不思議そうに自分の体を見渡す。

「”反転”のアビリティも付加しておいたよ。

 ただ耐性つけるだけじゃつまらないからな」

 万が一、メアリーが何か仕掛けてきたら、

 彼女は自分の幻覚に踊らされることになる。


 そして俺はに向かって叫んだ。

「準備は良いか? いくぞ!」


 あの腹部にいた神官が、体内を移動し頭部まで来ていた。

 俺の長く、意味不明な”説得”は、

 彼が内部からメアリーに近づくための時間稼ぎだったのだ。


 メアリーが焦った顔になり、後ろを見ようと頭部が横向きになる。

 その瞬間、メアリーの周りがドロドロと溶け始めた。

「ギャーーーッ!」

 メアリーは悲鳴をあげながら、蒸気に包まれ白く発光している。


 あの神官が中からメアリーを清めているのだ。

 そしてメアリーと妖魔は、少しずつ分離していく。


 ジェラルドとエリザベートは横に回り、

 地中からはみ出た魔人の体を攻撃する。


 ぶよぶよとしたその体と頭部をジェラルドが切断し

 それらが接合する前に、エリザベートが切り口を

 火炎魔法”フレイムウェイヴ”で焼き切ろうとした。


 しかしエリザベートが連続で燃やし続けても

 その切り口から勢い良く噴出する”聖なる力”に押され、

 あっという間に切断部分はくっついてしまう。


 メアリーの顔周辺が溶けだし、隙間が出来たのを見て

 フィオナがそこに右手を突っ込んで叫んだ。

「引っ張り出します!」


 マジかよ、と思いつつ、

 俺も一緒に反対側の隙間に片手を突っ込んだ。

 ものすごい腐臭が鼻をつき

 手に纏わり付くグニャグニャした感触が気持ち悪い。


 しかし顔の奥には当然のように、メアリーの肩があった。

 妖魔に丸飲みされた後、顔だけ表面に出していた、ということか。


 俺はメアリーの脇に手を入れ、フィオナと目を合わせ、

 せーの! で思い切り引っ張った。

 メアリーの体がズルリ、と前に出てくる。

 胸のあたりまで飛び出て、骨と皮ばかりの腕も出てきた。


「……アアア!」

 痛みがあるのか、メアリーがうめいた。

 フィオナが慌てて、治癒を施した。

「癒しながら引っ張らないとダメかもしれませ……」


 その時、魔人の頭部横についた巨大な目玉がグルン、と動いた。

 そうだ、こいつはもともと、

 ”禁忌の印をつけられた妖魔”だった!


 その飽くなき欲求はただ一つ、聖なる力の吸収のみ!


「きゃあああああああ!」

 フィオナの右腕が、ずぶりと魔人の額にのめり込む。

 古代の文様で描かれた”禁忌の印”の中央に。


 そしてそのままグイグイ引き込まれていく。

 俺はとっさに彼女の体を支えた。


 ”禁忌の印”から真っ赤な光が放たれる。

「ヤバイ! 力を吸われるぞっ!」

 俺が叫ぶと、フィオナが泣きそうな声で言う。

「なけなしの力なのにー!」

 ……まあ、そうだけど。

 だからといって、”まあ取られても良いか”とはならんよな。


 フィオナの体全体を赤い光が包み込み、

 魔人の体内へと流れが生じ……

「!?」


 ゴオオオオオオオ!

「うわあ!」

 俺はフィオナから弾き飛ばされた。


 フィオナは魔人の頭部に肩までのめり込ませたまま

 体は白く発光していて、まぶしくて見えない。

 しかも大地震が起きたかのように、地面が激しく揺れている。


 ものすごい勢いで、魔人からフィオナに向かって

 何かが流れ込んでいた。

 濁流のようなは、フィオナを包んで渦を巻いている。


 俺たちはゆっくりと視界が下がるのを感じていた。

 地面が、ゆるやかに陥没していく……


 そして光の渦はフィオナへと収束し、消えていった。


「フィオナ!」

 俺は彼女に駆け寄る。

 腕がズルっと抜け、気を失った彼女は倒れ込む。

 急いで彼女に息があり、

 毒性などの異常がないことを確かめる。

 良かった、無事だ。


 ……なんだ? 今のは。

 なけなしの”聖なる力”を取られたにしては

 ずいぶんと派手な演出だったが。


 はっ! と気付いたエリザベートが叫ぶ。

「見て! 魔人の体!」

 巨大な頭部を残し、

 ブヨブヨの部分は空気が抜けたように潰れている。

 今ので中身が無くなった、ということか?


 ジェラルドがその抜け殻を切ると、

 今度はまったく蘇生しなかった。

 もはや、治癒の力を持たないのだ。


 その時、温かくも力強い声が聞こえた。

「さあ、娘をここから救い出すのだ。

 ダンとブリュンヒルデの息子よ」


 あの神官の声だ。

 俺はフィオナを地面に置いて、メアリーの前に向かった。

 そして両手を伸ばして言う。


「君の多大な貢献に我々は深く感謝し、心から詫びよう。

 ありがとう、そしてすまなかった、メアリー」


 青白い顔に黒い髪を張りつかせ、

 メアリーは俺をにらんでいる。

 しかし、俺の手を取ってつぶやく。

「……許さないから」


「ああ、それで良い」

 そう答える俺に引っ張り出されながら、

 メアリーは仏頂面で首を横に振る。

 違う、そうじゃない、と。


 そして完全に妖魔の体から抜け出したメアリーは

 抱き上げる俺を見て言ったのだ。

「”人間”よりも美味しいもの、

 山ほど食べさせてくれないと、許さないから」

 そう言って、口元を少しほころばせた。


 ************


「やっぱさ、液体窒素は気化する際に

 体積が何百倍にもなるからな。

 聖なる力もそうなんじゃないの?」

 俺の言葉に、エリザベートが笑う。

「だから、スピリチュアルな力とそれを一緒にしないの!」


 メアリーと分離した後の妖魔は容易く倒せた。


 まずは頭部と体を切断し、

 力を使い果たし倒れた神官を救出した。

 そしてエリザベートが火炎魔法”地獄の業火インフェルノ”で焼き切る。


 後は残された体のたるみきった皮を切断し、

 そこから体内に残されていた人々を救出。


 横たわる彼らの前にフィオナが立ち、片手をかざした。

 中位の回復魔法である”癒しの風ヒールウィンド”だ。


 淡く美しい輝きがその手から広がっていく。

 そして一気に、半死の彼らを蘇生する。

 真っ白な顔に血の気が戻り、

 意識を回復させ、身を起こしてキョロキョロし始めた。


「……すごいな、この人数をいきなりかよ」

 俺は思わず感嘆の声をもらす。


 真の聖女として、フィオナが”覚醒”したのだ。


 妖魔が封じていた膨大な量の聖なる力は

 ものすごい勢いで、一気にフィオナに流れ込んだ。

 俺が直前につけていた”反転”の効果のせいだ。


「今までの、何百倍、何千倍の力ですね!」

「技の種類も段違いに増えているわ」

 フィオナがいろいろ試す姿を見て、

 ジェラルドとエリザベートが興奮している。


 当の本人は複雑そうだ。

 浮かない顔のフィオナに俺は尋ねる。

「どうした? なんか調子悪いのか?」

「いえ、絶好調です。

 でもなんか、思い出しちゃって。

 ”不良にカツアゲされたサラリーマンが

 給料日前で数十円しか持ってないことを知られたら

 哀れんだ不良が逆に千円くれた”、って話」

 ……なんだその、切なくも情けない話は。

 まあ、”なけなしの力”だったのが、これだもんなあ。


 俺は苦笑いでフィオナの肩を叩き、

 もう一人の回復を彼女に頼んだ。


 そこには木にもたれかかるように、

 あの神官が座っている。


 俺は名前を呼ぼうと思ったが、逡巡してしまう。

 その様子を見て、エリザベートがクスッと笑い。

 俺に教えてくれたのだ。


「ダルカン大将軍様に聞いたでしょ?

 ……僧侶ユリウス様、よ」

 そうだ。かつて勇者のパーティーの一員だった者。

 勇者俺の父戦士ダルカン魔法使いエリザベートの叔父弓手俺の母、そして僧侶のユリウス、だ。

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