第37話 ガウールの魔人

 37.ガウールの魔人


 マーサは魔人にさらわれ、

 フィオナが代わりに、”ガウールの医師”として

 この地に呪縛されてしまった。


「失敗したな。まさか”交代の条件”があって、

 それがフィオナに適合するとは」

 俺は床に散らかったティーカップを見て唇を噛む。


「ごめんなさい……私が最初から正直に、

 元・聖女だって伝えていれば」

 泣きながらフィオナが縮こまるようにしてうつむく。


 その背に手をまわしながら、エリザベートが慰める。

「その情報が重要だったと知ったのは、家に上がってからよ。

 それに私たち全員の選択だわ、あなたのせいじゃない」


「ああ、悪いのは魔人だ。

 勝手に他人ヒトの人生を変えやがって」

 俺は恐怖より、怒りが勝っていた。

 そうまでして、この地に縛り付ける目的は何だ?

 お腹が空いた時のための備蓄か、それとも。


 ジェラルドが部屋の中を見渡してつぶやく。

「どうやって人間を、

 ここから運び出したんでしょうか」

 物理的に、人の体が床や壁を抜けることは不可能だ。

 マーサはおそらく、魔人の力によって

 ”人ではない別のもの”に変化させられたに違いない。


 そうなると……俺は自分の手のひらを眺める。

 そこには一筋の光の糸が、外に向かって伸びていた。

 大丈夫、成功している。


 俺はそれをかかげ、みんなに言った。

「追いかけるぞ」

 みんなは驚いて俺を俺を見る。


「どうやったんですか?! それ!」

 ジェラルドの問いに答えて言う。

「さっき補助魔法を付けた後、マーサに付けたんだ。

 追跡用の魔法”マーキング”を」


 ************


 外に出て、俺が手をかざすと、

 グリーンの光の筋が一方向に向かって流れていく。


 俺たちは走りながらそのラインを追っていった。

 すれ違う村人は不思議そうに俺たちをみるが、

 構っている時間はなかった。


 マーサはまだ、生きている。

 死人に補助魔法は付けられないからだ。

 この”マーキング”が有効なうちは

 彼女を助け出せる可能性があるのだ。


 俺は移動しながら、ふと思いついたことを尋ねる。

「そういえば、医者になって何か変わったか?」

 フィオナが首をかしげながら答えた。

「そうですね……ああ、確かに!

 いろんな知識を得たようです!」


 そういって薄目を閉じて、つぶやく。

「人体の構造から、いろんな病気についてとか……

 診察の仕方とか……治療法とか……

 それから……オペがうまくいかなくて焦っていたら

 天才外科医が代わりにオペを」

「落ち着け。それは現実世界のドラマの記憶だ」

「あ、そうかも」


 ……やはり、早く魔人に伝えなくては。

 フィオナを”ガウールの医者”にするのはミスキャストだ、と。


 やがて俺たちは、丘へとたどり着く。

 ガウールのほぼ中心にある、のどかに広がる丘陵地だ。

 光の筋は、ゆるやかに盛り上がったその地へと伸びていた。

 そして真っ直ぐに、地中へと突き刺さっていく。


「どこかに入り口がないか探すんだ!」

 地中へと通じるような、洞窟があれば良いのだが。

 もし無ければ、横穴を掘りまくるしかないだろう。


 丘の上には小さな森が見える。

 俺はそこを見上げて、なんとなく違和感を感じていたら。

「いかがされましたか?」

 と知った声が後ろから聞こえた。


 振り返るとそこには、

 俺たちが滞在している別荘の執事が、

 馬車の御者台に座っていた。


 いかがされたと尋ねていながらも、どこか悲し気な顔で。

 俺たちがガウールの秘密を知っていることを、

 すでに察しているかのように。


 ……俺はいつでも”単刀直入”を選ぶ。


 大きく息を吸い込み、彼に告げる。

「俺たちはこの地の秘密を知っている。

 そして医者のマーサが、俺たちの目の前で魔人にさらわれた。

 追跡魔法によると、この丘の地中にいるらしいんだ」


 彼はだまって動かない。

 じっと俺たちを見ていた。


 そしてふう、と息をついた後、丘の上を指さす。

「あの頂上に、石碑があります。

 その近くの古井戸を降りれば、

 地中近くには行けるでしょう。

 しかし、それは大変危険な行為です」


「つまり魔人に会えるってことだな?

 オーケーありがとう!」

 笑顔で立ち去ろうとした、その時。

 執事が強い口調で叫んだのだ。


「ただし! 相手はただの魔人ではありません。

 この地の恩人であり、この地の悔恨そのものです」

 俺たちは混乱し、足を止めた。


 しかし時間が無い。

 俺は執事にうなずき、先を急ぐことにした。


 ************


 小さな森の中には、確かに石碑があった。

 ただし切り出した石を置いてあるだけで、

 何も刻まれてはいない。


「……何のための石碑なんだ?」

 俺がそう言うと、エリザベートは両腕をさすりながら言う。

「恐ろしいほどの邪悪な魔力を感じるわ」

 しかしフィオナが困惑したように言う。

「でも私、感じたことが無いくらい大きくて強い

 ”聖なる力”も感じるんです、この石碑の下から」


 聖と邪、その両方が同時に存在しているとは。

 地中はいったい、どうなっているんだ?


 俺は自分の手のひらを見る。

 緑の光の糸は、石碑の下方へと吸い込まれていく。


「見てください、これ」

 ジェラルドが石碑のすぐ裏にある、古井戸を指し示す。

 それは姿がほとんど隠れるくらい、大量の石が積まれていた。


「……石をどけよう」

 ジェラルドが大きな石に剣を刺し込み、テコの原理で転がす。

 俺も手伝おうと石を持ち上げたら。

「あ、痛え」

 ゴツゴツしたその表面で手の平に傷が出来てしまった。


「はいはーい、お医者さんですよー」

 フィオナが小走りに来て俺の手のひらの治癒を始める。

「早いな、もう運命を受け入れたのか」

「すぐに転職するつもりですけどね」

 ”聖なる力”を注ぎながら、フィオナは笑った。


 みるみる傷は消えていき、元通りになる。

「おおサンキュー」

 お礼をいう俺に、フィオナがニヤリと悪い顔をして言う。

「3000万円いただくが…」

「ブラックジャックか!」

 などと返事をして気が付いた。

 地面が……揺れている?


「地震でしょうか?」

 ジェラルドはあたりを見渡す。


 ドドドドドドド………

 揺れはどんどん強くなり、くる。


「……違うわ。向こうからやって来る」

 エリザベートが顔面蒼白でつぶやく。

「魔人か? なんで……」

 俺が驚くと、エリザベートが答える。

「いまの治癒で、均衡が崩れたんだわ。

 ”邪悪な魔力”と、”聖なる力”の」


 そうか……!

 この場でフィオナが俺に聖なる力を使ったことで

 聖と邪のバランスが崩れてしまったのか!


「下がって下さいっ!」

 ジェラルドが叫び、俺たちはダッシュで古井戸から離れた。


 ほとんど同時に、井戸に乗せられた石が崩れ落ち

 土煙をあげで、が顔を出したのだ。


 それは真っ黒で、奇怪な姿をしていた。

 出ているのは頭部だけであり、

 下の部分はまだ地中に埋まったままだ。


 カブトムシの幼虫のような形状をした頭に

 胸元にはたくさんの触手が生えている。

 その先は人間の手のようになっており、

 マーサをさらった”黒い手”によく似ていた。


 両目が頭の左右についており、

 中央の赤黒い点は、ぐるぐるとせわしなく動いている。

 そして額にあたる部分には。


「あ、あれが……”禁忌の印”!」

 古代の文様で描かれたそれは、

 みるからに禍々しい図案をしていた。


「つまり、こいつはもともと、

 ”禁忌の印”が付けられた妖魔だったということか」

「それがどうして、魔人になったんでしょうか」

 ジェラルドの問いに応えるかのように、

 妖魔は地面を震わせながら、ぐるりと背を向けた。


 俺たちは恐怖で息をのんだ。


 妖魔の後頭部には、が張り付いていたのだ。

 ミイラのように干からびた、ものすごい形相の。


 しかもそれは、モゴモゴと口を動かしている。

 それが何を言っているのか気付いて、思わず鳥肌が立つ。


 それは”ゆるサナイ”を延々と繰り返していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る