第36話 医師の交代

 36.医師の交代


 俺たちは眠れない夜を過ごした翌朝、

 どうにか朝食を平らげ、

 いかにも”魔獣討伐に行ってきまーす!”といった格好をし

 別荘を出発したのだ。


 エリザベートとフィオナが髪をまとめ上げ、

 しかも兵士服を着ているのを見て、

 執事は心から安心した顔をして見送ってくれた。

 ……ごめん。俺は心の中で謝っておく。


「……魔獣討伐から、魔人掃滅に格上げとはね」

「まあな。でも魔人そいつを倒せば問題解決だ」

 ため息交じりなエリザベートのつぶやきに、

 俺は軽く答えたが、彼女の顔色は晴れない。


 そりゃそうだろう。魔人は、魔獣や妖魔とは大違いだ。

 知性が高く、なにより魔力が半端ではない。

 勇者俺の親父が滅したと思っていたのに、

 まだこんなところに残っていたとは。


 今回の敵は、大人数の人間に対して記憶操作まで出来るのだ。

 かなりのハイレベルな魔人にちがいない。


「とりあえず……行ってみるか」

 すっかり検索が怖くなった俺たちに、

 ”魔人の次のターゲットは医者のマーサ”だと

 緑板スマホはいつものように教えてくれたのだ。


 ************


 マーサの家まで来ると、彼女は前回同様、

 ドアの前で立ちすくんでいた。

 その不安そうな顔は、親の帰りを待つ子どものようだった。


「……すみません、ちょっとお話をお聞きしても」

 ジェラルドが前に進み出ると、

 一瞬その顔に歓喜が浮かんだ。

 しかしそれを打ち消し、キツイ口調で返してくる。


「何のご用かしら? 討伐に一緒に来いとでも?」

「確かにお医者さんが居ると安心かもな。

 そうしてもらえるとありがたいが、今回は別の話だ」

 彼女の自尊心をあげつつ、俺は答える。


 マーサはジェラルドと俺を見て、頬を赤らめた後

 次にエリザベートとフィオナを見て顔をゆがめる。


「あなたたち二人は家に入っても良いでしょう。

 後ろの二人は外でお待ちください!」

 ちょっと露骨ろこつ過ぎではないか? と思ったが

 天然フィオナがそのまんま疑問をぶつける。

「えっ? なんでですか?」


 マーサはイライラした後、

 たいした理由が思いつかなかったようで

「うちが狭いからですっ!」

 と答えたので、エリザベートが冷たく笑いながら

「では彼らではなく、私と彼女がお聞きしても良いかしら?」

 と意地悪く尋ねる。


 マーサは目を丸くして叫ぶ。

「なっ! 何故です? なんであなたたち?」

「男性だけで女性の家に押し掛けるのは、規律に反しますので」

 そういってエリザベートは腰に手を当てた。

 フィオナも慌てて、腕を組んでうなづく。


 いかにも冷静で責任感のある女性兵士、

 といった振る舞いだ。


 マーサはぐぬぬ! となった後、

 面倒になったのか、手招きして叫んだ。

「女の兵なんて……まあいいわ。

 全員さっさと入りなさいっ!」

 そう言ってドアを開け、家に入っていく。


 俺たちも顔を見合わせてうなずき、後を追った。

 そして部屋に入ると、マーサに向き合う。

 彼女が何か言う前に、俺は本題を切り出した。


「単刀直入に言います。

 俺たちはこの村の”秘密”を知り、

 それを解決するために来ました。

 ……もう二度と、失踪者を出さないように」


 マーサは最初、体が伸び上がるほど驚いていたが、

 俺の最後の言葉に安心し、

 力が抜けたように、ふらふらと椅子へと座り込んだ。

 そうしてしばらくの間、額に片手をあて目を閉じた。


 やがてゆっくりと目を開きながら、弱々しくつぶやく。

「……次はどう考えても私なのよ。

 だから独りになりたくなかった。

 かといって他人が来るのも怖かった。

 もう、どうなってしまうのか分からなくて」

 あまりにも強制的な交代であり、

 しかも行く先が明らかでないのだ。


 こりゃあ、”行方不明者は魔人に食われている”とは教えにくいな。


「今まではどうして大丈夫だったんでしょうか?」

 ジェラルドの問いに、マーサは苦笑いを浮かべる。

「交代される条件は2つありますの。一つ目は、

 ”新しい者はその村人がやっていた仕事を引き継げるか”」


 兵士に農作業は可能だ。

 御者も、動物の扱いには慣れているだろう。

 漁師が猟師になるのはちょっと無理があるが、

 できないことはない……実際、ジャンは旨い魚を取ってくる。


 どの仕事も、ちゃんと”知識”や”ノウハウ”は引き継がれるのだ。

 だからなんとか上手く回せているのだろう。


「商隊が医師を伴ってくることもありますよね?

 危なかったのでは?」

「ええ、でも。もうひとつの条件のおかげで助かったわ」

「2つめの条件とは?」

「性別よ。私の代わりは、

 ”女で治療が出来る者”でないとダメだったの」


 俺たちはああ!、とうなずき、

「それならまあ、滅多にはいないな。

 ガウールまでの困難な道のりを考えたら」

 あの野営が連続する日々を思い出し、俺たちは納得する。

 女性の医師が志願する確率はかなり低いだろう。


 初めて秘密を人と共有することができ、

 不安はかなり解消されたのだろう。


「あら、お客様なのに……私ったら!」

 すっかり落ち着き、余裕の生まれたマーサは

 俺たちにお茶を入れながら微笑んでいる。

 初対面の時、怒涛の勢いで威圧的に

 クピダスを罵っていたのが嘘のような穏やかさだ。


 これなら穏便に会話を進めることが出来、

 対策を立て、それに協力してもらうこともできそうだ。

 俺たちの間にも安堵の空気が広がっていく。


 マーサは茶葉を蒸らしている間、

 フフッと笑いをもらしてつぶやく。

「まあこんな場所ですし、聖職者だって来るはずないのに。

 だからそんなに心配ないんですけどね……」


「えっ? こんな場所って……何故です?」

 フィオナが驚いて尋ねる。

 マーサはカップをそろえながら答えた。

「ああ、兵士さんはご存じないかもしれませんね。

 聖職者の間では有名なのです。

 ガウールには”禁忌の印をつけられた妖魔”の

 出現率が異常に高い、って」

 俺たちはその言葉に息をのんだ。


 ”禁忌の印をつけられた妖魔”。

 それは聖職者の天敵で、

 聖なる力を封じてしまう力を持った特別な妖魔だ。


 俺たちはその存在を利用し、小芝居を打って、

 無理やり聖女を引退させることに成功したのだ。


 フィオナの魔力が低いことを、

 ”禁忌の印をつけられた妖魔”と戦い、

 封じられてしまったのだとみせかけることで。


 ごくまれに存在する妖魔なのだが、

 まさかこんな辺境に実在していたとは。


 困惑する俺たちをよそに、

 マーサはカップへと、均等に茶を注ぎながらつぶやく。

「……聖職者なんて来た日には大変よ。

 その噂のおかげで、誰も来なくて助かったわ」


 俺たちはピキッ、と固まった。

「聖職者、いないんですか?」

「ええ。……4,5年前からかしら? 

 嵐で古い教会が倒壊してしまい、

 残念ながら亡くなってしまったの。

 それ以来、誰もいないわ」


 魔獣が増加した時期と重なるのは、偶然だろうか。

 いや、それよりも。


「聖職者が来たら、まずいんですか?」

 フィオナが恐る恐る尋ねる。


 緊張している俺たちに反し、

 マーサはのんびりと笑って答えた。

「だって聖職者には時々、

 ”治癒の力”を持つ方もいるでしょう?

 私と一緒だもの。医師としての”知識”は……」


「あなたは治癒の力をお持ちなんですか?!」

 ジェラルドが身を乗り出して尋ねる。

 フィオナは目を見開き、両手で口を押えている。


 それを喜んでいるのだと思ったらしく

「ええ、できますとも。

 討伐でお役に立てると思いますわ。

 幼い頃から治癒の力があり、

 聖職者か医師かで迷って、こちらにしましたの」

 マーサは頬を染めながら、すまし顔で返した。


 ……何という事だ。

 俺たちはまた、大失敗を犯したのだ。


 来た時より、部屋の温度が下がっていた。

 馬車が通る音も、鳥の鳴き声すら聞こえてこない。

 そしてまだ午前中だというのに、ゆっくりと暗くなっていく。


 すでに俺の横でエリザベートが印を結んで攻撃に備えている。

 その額には汗が浮かんでいた。

 ジェラルドは腰の剣に手を添え、

 微動だにせず警戒している。


 俺は立ち上がり仲間たち、そしてマーサに、

 レベル9の補助魔法を付ける。

 防御と、攻撃、そしていくつかのアビリティを。


「な! なに! なんなの?!」

 ぼわっと光った体を見て、マーサが声をあげる。

「話は後だ。何かがこちらに向かっている」


 正確には”向かっている”というより、

 ”動き出した”のほうが正しい。


 俺たちはもちろん事前に、

 魔人がどこにいるかも検索していた。

 その検索結果はなんと……”ガウール”、だったのだ。

 村の名が出てきたということは、

 どこにでも存在するということになる。


 部屋の中がどんどん暗くなっていく。

 マーサがキョロキョロしながら震えている。

 そしてエリザベートが闇のバリアを張ったのを見て悲鳴をあげた。

「私は闇と炎の魔力持ちよ」

 その言葉を聞き、いったん安堵したようだが。


 マーサを中心に、俺たちは四方を見守った。

 部屋の中はすっかり暗く、いや、黒く塗りつぶされている。

 俺たちは漆黒の空間に立っていた。


「……来るわ!」


 エリザベートの声とともに、

 その暗闇から、真っ黒な手が伸びてくる!

 たくさんの黒く長い腕が、俺たちに向かって。


 ジェラルドが剣で切ると、それは瞬時に消える。

 しかしまた違う腕が伸びてくるのだ。

 これではキリがないだろう。


 フィオナに向かってきた腕に対し、

 彼女は反射的に聖句を唱えて撃退する。

 生じた光にぶつかり、バチン! と跳ね返る黒い手。


 それを見たマーサが叫んだ。

「あなた?! まさかっ?!」

 フィオナが振り返り、泣きそうな顔で詫びる。

「……ごめんなさい!」


 オオオオオオオオオオオ……

 その瞬間、轟音とともに女性の低い声が響いた。

 何かを呪うような、低く、悲しい怨嗟の声。


「きゃあああああああ!」

 マーサの悲鳴が聞こえると同時に、俺たちは弾き飛ばされる。

 そしてとも、地面に倒れ込んでしまった。


 ************


 そして目を開け立ち上がった時には

 部屋は元の状態に戻っていたが……

 やはりマーサの姿は消えていた。


 、彼女がいた場所に座り込んでいたのは。


「どうしましょう、私。

 この村の”医師”になってしまいました!」


 両手で頭を抱えたフィオナが涙声でそう言って、

 肩を震わせていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る