第35話 ガウールに隠された怪異

 35.ガウールに隠された怪異


緑板スマホの検索機能に、こんな弊害があるとは。

 ……いや、これが悪いんじゃねえな。

 悪いのは何でも安易に知ろうとした俺のほうだ」

 俺は手にもった緑板スマホを見つめながらつぶやく。


 あの後、夕食時に顔を合わせた俺たちは、

 互いに一目見てわかるほど憔悴していた。

 引きつった笑顔を浮かべ、食事を開始したが

 すぐに沈黙がその場を支配してしまう。


 夕食のメインはベーコンで巻かれた白身魚のソテーで、

 バターで作ったソースが美味しそうではあったが

 なんかもう、味がしなくて必死に飲み込んだ。


 そして食後のコーヒーは俺の部屋に運んでもらい、

 ”明日の作戦会議”という名の反省会を開いていたのだ。


「知りたいことを教えてはくれますが

 それを知るべきかどうかまでは

 考慮してくれませんからね」

 ジェラルドが苦笑いしながら言った。


「”閲覧注意”って出して欲しかったですが……

 出たとしても、ドキドキしながら読んだと思います」

 フィオナがしゅん、と落ち込みながら言う。


 エリザベートは黙って、窓から外を眺めていた。

 外は真っ暗で、何も見えないというのに。


 一生をこの地に縛られることを憂いているのだろうか?

 俺はその心中を案じてしまう。


 俺は立ち上がり、切り替えるように明るく言い放つ。

「いや、これで良いんだ。

 結局は知ることになったんだよ。

 ”あらすじ”にある悲惨な死を回避するには、

 知らないわけにはいかないんだからさ」

 みんなも渋々だがうなずく。


 緑板スマホに書かれたあらすじに”予言”されていたのは

 呪われた地 ガウールにおいて

 人々は苦しみを抱え、嘆き、憂いていることと、

 多くの人々が無惨な死を迎えていき

 俺たちもそれに巻き込まれる、という内容だったから。


 それを打破するためには、今の現状は

 いずれ行き着く未来だったのだろう。


 ************


「じゃあ、情報を整理しようぜ」


 まず、このガウールは大昔より、

 神隠しのように人が消えることがあった。

 しかし他の事例と異なるのは、

 必ずその人の代わりとなる者がことだ。


 この秘密に気づいたり知ってしまうと

 例外なくガウールの村民として、永住を余儀なくされる。

 つまり、どうやってもこの地から出られなくなるのだ。


「古い村人から外の者へと、強制的に交代させられるんだ。

 しかもその秘密は出来る限り漏れないようにして」

「たとえ商隊の人に訴えても、

 聞いた人までここから出られなくなるんですよね?」

 フィオナの問いに、俺はうなずく。

「以前はそもそも稀なことで、

 村人に悟られることはなかったようだ。

 しかし近年、気付かざるを得ない状況に変わってしまった……」


 大昔はこんなことが起こるのは、数十年に一度だったらしい。

 村人も本人もたいして気に留めず、

 新しい住人がなんとなく、ここに居着いたんだと思っていた。


「現実世界でも、旅先を気に入って

 とつぜん移住を決める人はいますからね」

 ジェラルドがさもありなん、とうなずく。


 出て行った者についても、

 昔は村の外への移住は後ろめたいことだったため、

 黙って村から出て行く者も少なくなかったそうだ。


 だが近年、魔獣の増加で外界から隔離されてしまい

 それはあり得ない! と気付かされてしまう。


 そこで消えた者と親しかった村人が

 いなくなった理由や残った者について調べ始めると……

 今度はその者が消えるのだ。

 新しく代わりの誰かを置いて。


 それが連続し、以前に比べ頻繁に起こるようになり

 ガウールの人々はさすがに

 違和感と恐怖を感じ始めたらしいのだが。


 中でも医師マーサの混乱と不安は半端なものではなかったらしい。

 あんな風にしつこく感謝を強要していたのは

 独りになるのが恐ろしいあまりに、

 少しでも長く自分と接していて欲しいためだった。

 

 そして敬意を強く表明するように求めたのは、

 ”自分の代わりなどいない!”ということを

 目に見えぬ怪異に対して訴えていたようだ。


 涙ぐましい努力だが、その心中を察すると笑えるどころか

 気の毒な気持ちでいっぱいになってしまう。


「……交代の相手は、本人の意思に関係なく、

 訪れた者から突然選ばれるようだな」

 俺は書き上げたリストを見ながらつぶやく。


 農家のピートは元・兵士だ。

 王命により、一昨年この地に物資を運ぶために訪れたのだが、

 村に来て数日後の朝、目覚めたら農民になっていたそうだ。

 慌てて仲間の元に向かったが、

 すでに仲間の隊は出立した後だった。


 ピートがいないことに誰も気付かなかっただけでなく

 そもそもピートの存在を忘れてしまったかのようだった、と。


 焦ったピートが村の誰に訴えても、

 ”お前は前からここの農家だったろう?”などと

 困惑したように言われるだけだった。


 実際、家の中だけでなく、

 村に関することは何でも知っているし

 野菜を育てるノウハウもしっかりあるのだ。


 それでも始めは泣き叫び、

 なんとかこの地を出ようと足掻いたが

 どうやっても出られずに戻ってきてしまう。


 そして自然に畑仕事へと足が向いてしまい、

 気が付くと農作業をしている始末だった。

 今では兵士だったことが自分の妄想に思えるようになった。


 しかし今でも時おり

 恐怖と悔しさ、理不尽さでいっぱいになってしまうようだ。


「それで、トマトを握りつぶしてたんだな」

 彼の苛立ちと悲しみを思い、俺は深く同情した。


 漁師のジャンは魔獣討伐に訪れたハンターだった。

 彼も同様で、ある日魔獣討伐の帰りに

 滞在中の宿ではなく、気が付くと猟師の家に戻っていたと。

 人の家に入ってしまったと飛び出ようとしたが、

 そこにあるのは全て自分のものに思え、

 その翌朝からは何事も無かったかのように漁に出たそうだ。


 牧場主のマイクは物資支給隊の元・御者だ。

 彼の場合はもっと突然で、牛の世話をしている最中

 ふと、丘から村を出て行くキャラバンを見つけた、その瞬間。

 それが自分が御者として参加していた隊だ! と気付いたのだ。

 彼はぼーっとそれを眺めた後……牛の世話を再開した。

 なんでこんなことになったんだろう、そう思いながら。


 薬屋のグレイブは元・商人。

 たくさんの薬草を持ってきて、売っているうちに

 気が付くと定住していたらしい。

 彼がしゃべらないのは、出身が辺境のため

 このあたりの言語が不自由だからだった。


「その家にいた、その職業の人が消えてしまうんだもの。

 いろいろ不都合があるでしょうに」

 エリザベートは暗い面持ちで言う。


 そんな不都合を、本人だけでなく

 村人全員に飲み込ませていた

 恐ろしいまでの”魔力の強さ”を憂いているのだ。


 そう。この忌まわしい因習の原因となっているのは。


 失踪した元村人がどうなったのかも、

 検索結果は隠さず俺たちに教えてくれた。

 ”が食っている”、と。


 そして必ず新たな人間をこの地に縛る理由は

 ”補充のため”だった。


 そう、ここガウールの地は、

 魔獣や妖魔とは比ぶべくも無いほどに最凶な存在である、

 魔人のための”生け簀いけす”だったのだ。


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