第34話 深淵をのぞく

 34.深淵をのぞく


「やっぱり、そんなウマい話は無いってことだな」

 俺は部屋で、ベッドに寝っ転がったまま言う。


 ”魚や貝が取れる綺麗な海があり、

 風光明媚な丘陵地にはヤギや牛が放牧され、

 野菜や果物など食物豊かな土地”

 このガウールという場所について

 俺たちはそう聞いてきたのだが。


「まあ、嘘はないわね。全部その通りだったし」

 エリザベートが苦笑いしながら言う。


 ジェラルドが沈んだ顔で話し出す。

「そうですね、やけに良い話には裏があるものです。

 以前、友人が見つけた物件が

 駅近の築3年 1LDK、

 日当たり良好でトイレ・バス別なのに

 あり得ないほど格安だったんですが……」


 フィオナが怯えたように尋ねる。

「……もしかして、事故物件ですか?」


「はい、殺人の。しかも何人も手にかけており、

 全員の遺体を風呂場で解体し、密封して

 クローゼットに収納していたそうです。

 被害者の髪の毛束だけ、壁に飾っていたと」


 ジェラルドの丁寧な説明に、

 フィオナは小さな声をあげてクッションを抱きしめた。


 俺は起き上がって緑板スマホを手に取った。

「この土地には別に、なんの因果もなさそうだけどな」

 歴史的に見ても、侵略の対象にすらならない辺境地だ。


「土地の因果ね……それって実際どのくらい、

 ”今”に影響をもたらすのかしらね」

 エリザベートが首をかしげ、ジェラルドが同意する。

「そうですね。事故物件は心霊現象を恐れるものですが

 過去にその地で起きたことに

 関連した何かが起きるのでしょうか」


 俺たちの会話に、フィオナがハッ! と気が付いたように

 中腰て椅子から立ち上がって叫ぶ。

「……そういえば! うちの近所で!

 以前ケーキ屋だった場所に、

 歯医者さんができたことがありました!」


 ……。

「とにかく緑板スマホを見るに

 悲惨な出来事は起きてないみたいだな」

「つまり彼らは何かしら悩んだり苦しんでいるのは

 今の現状について、ってことよね?」

「ならば彼らが苦しんでいる理由を探り、

 その原因を取り除けば、

 恐ろしい未来を避けられるかもしれません」


 緑板スマホのあらすじは再び、

 俺たちが死んでしまう恐ろしい結末に変わっていた。

 絶対に回避し、今までのようにリライトしなくてはならない。


「それじゃ……あ、名前がわからん」

 俺は検索しようとして、

 村人の名前を思い出せず、いきなり挫折した。


「”ガウールが抱えている問題”で検索すると

 ”周囲に魔獣が増え孤立したこと”って出るわね」

 ……そうだよな、それを何とかするために俺たちが来たんだし。


「ガウールの医者マーサさんの悩み事は……

 ああっ! この質問はダメですっ!

 皆さん! 別の言葉で検索してくださいっ!」

 ジェラルドが顔を赤くして叫んだ。

 かなり個人的なことなのだろう。

 ジェラルドは自分を戒めるようにこぶしで額を叩いた。


「今更だけど恐ろしいわね、この検索機能」

「本当ですね、どんなこともわかっちゃうなんて」

 エリザベートとフィオナが怯えた表情になる。


 そして俺たちを見て、凍り付くような声で言う。

「”お互いに関することは、絶対に検索しない”。

 そういうルールを作り、厳守しましょう!」


 俺とジェラルドはウンウンうなずく。

 それでも彼女たちは疑わしい目で俺たちを見てくる。

 何がタブーなんだ? 体重とかか?


 その厳しい視線を振り払うように、

 俺は検索しながら大声を出してみる。

「ええっと! ガウールの医者マーサがことはだな、

 えっ? それは……」

 質問を入力し、出てきた答えを読み上げながら

 俺自身がまず動揺してしまった。

 その意外なものに、俺たちは眉をしかめる。


 やがてジェラルドが口を開いた。

「……他の人も調べましょう」


 しかし、”この村の秘密を知ること”は

 ”自分たちもそれに足を踏み入れている”ということに

 この時点では知る由も無かったのだが。


 ************


「とにかく村人たちの情報を得ることだ」

 フルネームや住まい、職業がわかれば、

 後は緑板スマホが情報を教えてくれるから。


 俺たちは”この村について知りたい”といい

 老執事に時間を取ってもらうことにした。


 食堂の長いテーブルに、俺たち4人は向かい合って座り

 端っこに老執事とその妻であるメイド頭が立っていた。

 彼らはとても礼儀正しいのだが

 あまり表情がなく、私語もまったくしないのだ。


「何なりとお聞きください」

 老執事は斜め下に視線を落としながら言う。

 その様子に少々違和感を感じながら、

 俺たちは質問を始めることにした。


 テーブルの上にガウールの地図を置き、

 俺たちはそこに主だった施設の主の名を書き込んでもらった。

 そこにはあの幼い兄弟が

 恐れたり嫌ったりしていた名前も

 何人か含まれているのに気づいた。


 人名と職業が書き込まれた地図を見ながら、

 俺は老執事にたずねる。

「ガウールで、魔獣以外の問題は起きていないのか?」

「はい、とても平和な地でございます」

 よどみなく彼は答える。


「薬屋のグレイブはなぜ無口なの?」

「もともと寡黙な男だと聞いておりますが」

 エリザベートの問いにもさらっと応じる。


「牧場主のマイクさんって

 いきなり殴りかかってくるんですか?」

「いいえ、そのようなことは一度もございません」

 フィオナの質問には、執事ではなく、

 メイド頭が無表情のまま即座に答えた。


 ……だんだん怪しくなってきたな。

 子どもは嘘をつくが、大人はそれ以上に大嘘つきだ。


 例えばあり得ないことを聞いた時、

 即座に否定するよりも、

 聞き返して確認する人の方が多いだろう。

 ”〇〇さんって泥棒なの?” と聞かれたなら

 ”え?! あの○○さんが? 泥棒?”というように。


「漁師のジャンさんは、なぜお怒りなんですか?」

「農家のピートって奴もトマトを握りつぶしてたな。

 みんな、何か不満でもあるのか?」

 ジェラルドと俺は、否定されないように、

 あたかも自分が見てきたかのように問いかける。


 老執事とメイド頭は二人とも一瞬だけ黙ったが

 すぐに何でもないことのように言葉を返した。

「何か不快な出来事に見舞われたのでしょう。

 わたくし共には、それが何か及びもつきませんが」


 そうか。あくまでも”普段は何もない”を貫くのか。


 俺は二人をじっと見つめた。

 彼らはけっして敵だとは思えない。

 しかし、何かを隠している。それも必死に。


 握りしめた老執事のこぶしを見ながら、

 俺は最後の質問をした。

「では、医者のマーサだが……」

 その名が出た時、二人の表情がわずかに歪んだ。


 俺は言葉を続ける。

「彼女があんなにも恐れている”交代”とは何のことだ?」

 メイド頭がビクッと身を震わせた。


「何を交代されるんだ? 新しい医者が来ることか?」

「……そうだと思います。彼女はこの地を愛しているので」

 老執事が冷静に答える。ただし、額に汗をかきながら。


 そして壁の時計を見上げて言った。

「……そろそろよろしいでしょうか。

 仕事が残っておりますので」

 俺は笑顔でうなずく。

「ああ、すまなかった。ありがとう」


 メイド頭がドアの前で礼をし、退出していく。

 その後を追い、老執事が深く礼をして。

 頭を下げたまま、一言つぶやいた。


「知らぬが仏という言葉がございます。

 知るということは、己が変わるということです」

 これ以上、詮索するなということか。


「……今日はもう、どこにも行かないよ。

 明日からはずっと魔獣退治だ! 頑張ろうな!」

 俺はそう言って、他の三人と顔を見合わせる。

 老執事はあからさまにホッとしたようだった。


「感謝いたします。どうかお気をつけて」

 そして老執事は部屋から出て行った。


 彼が出て行ったドアを、

 俺たち4人はしばらく見つめていた。


「平穏な村を乱さないで欲しい、って願いでしょうか」

 ジェラルドが残念そうに言う。

「せっかく魔獣を討伐しても、

 村人に嫌われてしまうのは残念です」

 フィオナは物憂げに言う。


 エリザベートはそんな彼女に笑いかけ、

「大丈夫よ、私たちには嗅ぎまわったりしなくても

 調べる手段はあるのだから。

 たとえ彼らの秘密を知っても、

 知らないふりしたまま解決策を探すことができるわ」

 そう言って緑板スマホを出してみせた。


 俺たちは笑顔を取り戻し、自室に戻ることにする。

「じゃあ、また後でな」

「ええ、食後に集まりましょう」

「夕食楽しみです! 何がでるかなあ」

「そうですね。魚も肉も美味しいですから」

 そんなことを言いながら、明るく別れる。


 そしてそれぞれの部屋で、

 緑板スマホを片手に検索しまくった。

 ガウールについてだけでなく、

 さっき知った村人たちの名前、

 そして執事やメイド頭について。


 次から次へと。

 留まることなく、延々と……


 ************


 あまりにも夢中になり、気が付くと夜になっていた。

 俺はぼうぜんとしながら、

 何も見えない真っ暗な外を眺める。


 そして突然、ものすごい後悔に囚われ

 床にしゃがみ込んでしまう。

 老執事は言ったじゃないか!

 ”知らないこと”が大切だと。


 ”村を嗅ぎまわるな”とか、”平穏を乱すな”なんて

 一言も言わなかったじゃないか!


 彼は俺たちが緑板スマホを持っていることなど知らない。

 部屋にいたまま”秘密を知ることができる”なんて

 夢にも思わなかったんだろう。

 だから、安心した様子をみせたのだ。


 俺は混乱しながら、哲学者ニーチェの言葉を思い出していた。

 ”深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ”


 そのフレーズを思い出した時。


 トントン。

 ドアをノックする音がして、俺はさっと身構えた。


 恐る恐るドアを開けると、

 そこにはエリザベートが立っていた。

 その顔は青ざめ、美しい瞳は濡れている。


 ……そうか、そうだよな。

 4人とも全員、検索しまくったよな。


 エリザベートが震える声で尋ねた。

「……レオナルドも?」

 俺はあえて笑顔を作ってうなずく。

「ああ、よ」

 泣き出しそうな彼女の肩に手を置き、俺は結論を告げた。


「俺たちはもう、このガウールから一生出られないようだ」


 ガウールの秘密を知った者は、その秘密の一部となる。

 これがこの地にかけられた”呪い”なのだから。

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