第33話 呪われた地

 33.呪われた地


 この村唯一の医者であるマーサは、ドアの前で両手を腰にあて、

 火傷を見てもらうために訪れたらしいクピダスに

 ”自分を尊敬しあがめたてまつれ!”などと

 わあわあガナリ立てていた。


 俺たちは動物園で珍しい生き物を見るような目で見てしまう。

 そもそも王都なんて見た目は親切そうだけど

 実は腹黒い、なんてヤツばかりだし、

 宮廷なぞ上品な会話の陰で

 権謀術数がグルグル渦巻いている場所だ。


「あそこまでハッキリと攻撃的な意思を示してくれるなんて

 むしろありがたく思っちゃいますね」

 フィオナが目を細めて言う。

「不意を突かれることも、

 裏切りを感じさせることもないですからね」

 ジェラルドもうなずく。


「何を見てるのよ!」

 俺たちの生暖かい視線に気が付いたらしく、

 マーサはキッ! とこちらに顔を向けて大声を出した。


「これは失礼しました。

 我々はシュニエンダールより魔獣の討伐に参りました。

 何卒宜しくお願い……」

 ジェラルドが挨拶しかけるが、

 医者は横目で見ながら片手でさえぎって叫ぶ。

「ああ、あの嘘だらけの国ね?

 まあ見るからに弱そうじゃない。

 どうぜ魔獣退治っていうのも嘘なんでしょう?」

 そういって口の端をゆがめて笑う。


 俺たちが一番、あの国が嘘つきだと知っているので、

 4人全員ムカつくどころか、

 ”わかってるねキミ☆”といった親近感溢れる笑顔を浮かべる。


 クピダスの従者だけが焦ったように、

「と、とんでもない! この方たちは本当に強くて、

 たくさんの魔物を倒してくれたのです!

 2年ぶりですよ? 死者を出さずに全員無事に着いたのは!」

 と、マーサに向かって反論してくれる。


 それを聞いた彼女はフン! と鼻で笑い

「それで今回、うちに来た患者は

 礼儀を知らない肥満体だけなのね。

 いつもはもっと儲かるのに、商売あがったりだわ!」


 おいおい、さっきは”金なら充分にある”って言ってたじゃないか。

 思考が取っ散らかっているところを見ると

 何か精神的な悩みや問題を抱えているのかもしれない。


 クピダスがそれを聞き、財布を取り出して言う。

「いつもの儲け分くらい払ってやるから、さっさと診ろ!」

 マーサは一瞬ムッとしたが、黙って家に戻っていく。

 そしてドアを開けたままにしてクピダスに言った。

「……さっさとお入りなさい!」


 ブツブツ文句を言いながら入っていくクピダスと従者。

 それを見ながら、ここに案内してくれた兄妹は

 不満をあらわにしていた。

「マーサおばさんは、診てくれるまでが大変なんだ」

「診てもらってからも、ずううううっと言われるの。

 ”ありがとうは?””すごいですねは?”って何回も」

 とんでもない承認欲求だが、何がそんなに不満なんだろう。


「薬屋さんは? 優しいの?」

 エリザベートの問いに、一瞬ビクッとしつつ

 兄弟は見事なシンクロを見せて首を横に振った。

「いつも暗いんだ。何も言わずにお薬を出してくる」

 うーん、病気やケガを負うだけでも辛いのに、

 それ以上の負担を患者に感じさせるとは。


 考え込む俺たちに、兄妹はさらに衝撃的な事を言う。

「まあ、牧場のマイクおじさんよりマシだよね。

 殴りかかってこないだけでも」

「えー、私は漁師のジャンのほうがコワイ~

 一日中お酒飲んでて、ずっと独り言で怒鳴ってるんだもん」

「そんなの、ピート兄ちゃんがブツブツ言いながら

 トマトを握りつぶしてるほうがゾッとするだろ」


 あっけにとられ声も出ない俺たちの前で、

 兄弟はこの村の人々の暗黒面を

 子どもの無邪気さと素直さ丸出しに

 延々と披露していった。


「……嘘でしょ! 見て!」

 エリザベートが突然、緑板スマホを片手につぶやく。

 俺たちはいっせいにそれを覗き込む。


 そこにはかつて、俺たちの悲惨な末路が書かれていた。


 俺たちは放蕩と怠惰、浪費と姦淫の限りを尽くし

 拷問のすえ火あぶりに処されたり、

 生きたまま人柱として埋められたり、

 民衆からの投石によって殺されたり。


 しかし”勇者”というキーワードが出たとたん、

 それは全て消失したのだ。

 あれは本当に嬉しく、希望を感じた瞬間だった。


 そして”勇者”が俺の本当の父親だと明らかになってからは

 緑板スマホは検索ばかりに使っており、

 ”あらすじ”のチェックはしていなかったのだ。


「あらすじが……また変わってるの!」

 俺たちは新しく浮き出たあらすじを目で読んだ。


 ”勇者の息子レオナルドは、

 暗黒の魔女と元聖女、

 そして護衛の兵士とともに、

 閉ざされた村ガウールに魔獣退治のため訪れた。


 しかしそこは呪われた地であった。

 人々は苦しみを抱え、嘆き、憂いている。

 そして激しい怒りを感じたまま

 多くの人々が無惨な死を迎えていく。


 そしてレオナルドたちもその憤怒と悲嘆に巻き込まれ

 あえなくその命を散らせてしまったのだ”


「出たっ! 正体不明のシナリオライター

 ”俺たちを絶対殺すマン”!」

 俺は思わず叫んでしまう。

 また不幸なエンドに逆戻りじゃないか。


「こんなにも美しい海のある、

 豊かでな村なのに呪われた地だなんて」

 ジェラルドも片手を額にあてて絶句する。


 エリザベートが眉をひそめて言う。

「しかも今回は、村の人にも厄災が降りかかるみたいね。

 ”無惨な死を迎える”なんて、恐ろしいわ」

 フィオナも心配そうに、幼い兄妹を見ながら言う。

「この村に何が隠されていて、

 何が起こるっていうの?」


 黙り込む4人。

 さっきまで輝いていた風景が、

 なんだか空々しい作り物に思えてくる。


 そして俺たちはこの村が

 綺麗で豊かなだけではない、

 ということを思い知ることになるのだ。

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