第32話 ガウールに到着
32.ガウールに到着
「全員が無事に到着するなんて、何年振りのことだろう」
俺たちの後ろについてきていた商隊の誰かがつぶやく。
そして彼らは口々にお礼を言いながら、
俺たちの横を通り過ぎていった。
ワイバーンを退治した後、夜になるギリギリ前に
俺たちはガウールに到着することが出来たのだ。
「もう野営しないで済みますね~」
フィオナがうれしそうに伸びをする。
まあ、寝ずの番をしていたのは俺かジェラルドだったがな。
すべての商隊が無事に入村できたことを確認し、
俺たちもロンデルシア国王の別荘に向かった。
連絡に使用した鳥は妖鳥に襲われることなく
ちゃんと到着したらしい。
多少驚かれたが、俺たちが来るのをちゃんと知っており、
丁寧に迎えてもらうことが出来た。
別荘は二階建てでL字型をしていた。
俺はメインルームに案内され
ジェラルドはその横にある近衛兵のための部屋。
エリザベートは賓客のための部屋で、
フィオナはその隣の客室だ。
それぞれが風呂に入り、
軽装に着替えて食堂に集まった。
「このようなもので申し訳ございません」
そういって提供されたのは、
焼きたてのパンと野菜がたくさん入ったスープ。
それにこんがり焼かれたチキンと
新鮮なサラダが並んでいる。
シンプルだが、ものすごく美味しかった。
「この料理だけで充分に、
ガウールが食材に恵まれた土地だとわかるな」
俺が旨味の強い鶏肉をフォークで刺して言うと
「野菜が何もつけなくても美味しいわ」
と嬉しそうにエリザベートがサラダを食す。
充分に満たされ、執事と召使いに礼を言い
俺たちはそれぞれの部屋へと戻った。
************
朝起きて、ぼーっとしたまま、
なんとなく外を見て驚いた。
そこにはエメラルドグリーンとブルーの濃淡で彩られた
とんでもなく美しい海が広がっていたのだ。
俺はベランダに飛び出て叫ぶ。
「すごい! 絶景じゃないか!」
「本当ですよ! こんなに綺麗な海は初めて見ました」
横のベランダで、ジェラルドが笑っていた。
彼も起きてすぐにこの光景を目にし、
ベランダに飛び出したんだそうだ。
「昨日は夜だったから気が付かなかったなあ」
そう言って俺たちは、朝食に呼ばれるまで
朝日に輝く碧海を眺め続けたのだ。
「改めて、ご挨拶させていただきます」
そういって昨日出迎えてくれた執事が、
俺たちの前に皆を集めて頭を下げた。
ここには年老いた執事と、その妻らしいメイド頭。
従僕はおらず、門番も兼ねていた下男が1人。
後は急遽、村から雇ったらしい料理人と、
メイドの女性2人だ。
「庭師や力仕事はその都度、村の人に依頼しております」
執事はそう言うが、
これでまかなえてしまうのだから、
王族の別荘としては小さいものだと言える。
まあ、俺たちのアジトとしては過ぎるくらいだ。
「よろしく頼むな」
俺たちは挨拶し、簡単な自己紹介をした。
そしてガウールでの生活が始まったのだ。
************
まずは作戦会議だ。
一番広くて応接セットもある俺の部屋に全員が集まった。
「ここは無主地だからな。
何にも気にせず狩り放題できるぜ」
俺がそう言うと、ジェラルドは
「しかも魔獣の
ありとあらゆるモンスターに会えます」
「忌むべき魔獣は宝ではありません!」
フィオナがそう言って口をへの字にする。
エリザベートも厳しい顔でうなずく。
「そうよ。モンスターを狩るゲーム気分では困るわ」
「そうだよな」
「すみません、つい」
反省する俺たちに、フィオナはさらに強い調子で言う。
「すぐ目的を忘れてしまうんですね?!
いいですか? 私たちがここに来たのは!」
そういって立ち上がり、こぶしをあげた。
「羊とヤギと牛と猫と犬と鳥を飼って、
お魚釣って、果物を育てて、
醤油と味噌の製造をすることです!」
ソファーに座っていたエリザベートが
コテン! と真横に倒れた。
俺とジェラルドもガクッと力が抜ける。
……いや、こいつ、本当にブレないな。
「モンスター狩りじゃなくて、
飛び出したり集まったりする森のほうかよ」
俺がそう言うと、フィオナは素直にうなずき、
エリザベートも肩をすくめて笑っている。
呆れた顔のジェラルドの肩を叩き、
俺は苦笑いで立ち上がる。
「どちらにせよ、外に出ようぜ。
これはゲームじゃなくてリアルだからな」
************
俺たちはそのまま海に向かう。
話で聞いていた以上に、美しい海だった。
翡翠を溶かしたような温かいエメラルドグリーンと
クリアなブルーが混ざり合い、波も穏やかだ。
砂浜も真っ白で、ゴミ1つ落ちていない。
最初は足だけ、そう思っていたが、
水をかけあううち、ザブンと勢いよく潜ったり
浅瀬に座り込んでみたり、すっかり海を楽しんでいた。
水の清さに癒され、カラフルな魚に感嘆し、
意味もなく大笑いしていた。
異世界に来て初めて味わう、解放感と多幸感だった。
「お兄ちゃん誰? 天使?」
背後で子どもの声がしたので振り返ると、
そこには幼い兄妹の子どもが、不思議そうにこちらを見ていた。
「あ! 記念すべき
フィオナが嬉しそうに、子どもたちに手を振った。
エリザベートが精いっぱい優し気に笑って
「この人は天使じゃないわ。見た目だけなの」
そういって俺を片手で指し示す。
「どういう紹介してんだよ」
俺が笑うと、ジェラルドは子どもの前でかがみ込んで尋ねる。
「君たちはこの村の子だね。
僕たちは昨日の晩、商隊と一緒にここに来たんだ。
このあたりの魔獣をできるだけ減らすためにね」
誰に対しても丁寧で誠実な彼は、
こちらの事情や目的を子どもにもきちんと説明していく。
兄の方は”あ!”という顔で驚き、
「そう言えば、お父さんが言ってた!
全員が無事に村に着いたのは2年ぶりだって!
守ってくれた兵士って、お兄さんのこと?」
ジェラルドが何か言う前に、俺が答える。
「そうだよ、このお兄さんだよ」
この世界すべての”
俺は未来の有権者へのアピールも欠かさない。
「うわあ、すっげー!」
兄の方は嬉しそうだが、妹はジェラルドの顔を見ながら
ちょっと悲し気にしている。
それに気づいた兄が、妹に向かって諭すように言う。
「……魔獣が減ったら、お医者さんに診てもらえるよ」
それを聞いて、妹はやっと笑った。
「えっ? この村に病院はないのか?」
驚いて俺が尋ねると、兄は首を横に振った。
……そうか、小さな病院じゃ治せない重病なのか。
そういやあの強欲商人クピダスも言っていたな。
”ガウールは医者不足の薬不足”だって。
「風邪もお腹痛いのも、みんな薬草で治してるんだ」
「お医者さん忙しすぎて、大勢は見られないから?」
フィオナが心配そうに尋ねると、
兄の方は怒った顔で吐き捨てるように言う。
「マーサおばさんなんて、いっつもヒマそうだよ!
ずっとおしゃべりしてて、お茶飲んで、
お菓子食べて、昼寝して、またしゃべって」
おいおい、それは医者の日常とは思えないが。
「そういやクピダス氏は火傷を負ってましたよね?
病院にいったのでは?」
あ、あいつ。そういやここに駐在する憲兵に
クピダスをつきださないと。
逃げ出す心配はないから放置してたが、
アイツがやったことは犯罪だからな。
俺たちは顔を見合わせ、兄と妹に頼んだ。
「その病院に案内してくれ」
そして近くの井戸で水を浴びて塩水を流した後、
エリザベートに魔法で服を乾かしてもらう。
その一連を兄妹は目を輝かせてみていた。
そして妹が期待しながら尋ねてくる。
「病気は治せないの?」
俺が言いかける前に、フィオナが叫ぶ。
「病気はねー、難しいかなぁー!」
「ふーん」
フィオナの悲し気な目を見て、俺は気が付いた。
彼女は今、自分の力の弱さを、とても悩み苦しんでいる。
もし過剰に期待され、頼られてしまったら、
とてもじゃないが応えられない、そう思ったのだろう。
動物の飼育や醤油の製造にこだわるのも、
聖職者としての生き方から
できるだけ離れたい気持ちの現れだろう。
それくらい、聖女として祀り上げられ、
民衆の過大な期待と、疑惑をかけられる重圧に苦しんだのだ。
俺は”こっちの問題もなんとかしなくちゃな”、
そう思いながら歩いていたのだが。
「う、うるさい! だから金は払うと」
あ、クピダスの声だ、と思ったら。
「金? お金なんて十分にありますから。
貴方に必要なのは礼儀でしょう?
それから治療してもらえるという感謝の気持ち!
あとそれを行う私に対する尊敬の念もね!」
甲高い女の声がまくし立てて叫ぶ。
角を曲がりのぞいて見ると、
そこにはクピダスとその従者が門前で立たされており、
家の扉の前で中年の女が、
彼らを見下しながら仁王立ちしていた。
「良いです? 私はこの村の唯一の医者よ?
誰よりも偉くて、貴重な存在なの、お分かり?
知識も技術も、お金だって充分にあるのよ!
お金しかない貴方のような人に比べたら
ずっとずっと立場が上に決まってるでしょう!」
また、とんでもないのが現れたな。
ぼうぜんと見ている俺に、フィオナがささやく。
「本当にモンスターの宝庫なんですね、この周辺って」
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