第31話 新たなる目標

 31.新たなる目標


 街道にあふれる魔獣が、煙や匂い、

 音などで誘い出されていることには気付いていた。

 その犯人が、俺たちに先を急がせた

 あの性悪商人クピダスだということも。


 ”陸の孤島”であるガウールは、

 どうやら医者と薬が不足しているらしい。

 だからクピダスはそれにつけこんで、

 薬草を法外な高値で売りつけようと思っているのだ。


 しかし薬草は萎れてダメになりそうな上、

 まっとうな商人であるハンスが

 ”自分は正規の値段で売る!”と宣言したために

 俺たちに先んじて進む必要性にかられたのだろう。


「来れるなら、なんですぐに来なかったんだ? 

 だから俺はてっきり……」

 小さな馬車の御者席に座ったまま、クピダスは悔しそうに言う。

「俺たちだけならそうしたさ。でもそれだと、

 後ろの商隊やつらを見捨てることになるだろ?」

 残された彼らは俺たち無しで、

 魔獣の群れと対峙することになってしまう。


「……そんな、自分の利益にもならんことを」

 俺の返事を鼻で笑い、馬鹿にしたようにクピダスはつぶやく。


「旦那様、もうおしまいです!」

 俺たちの後ろから現れた従者らしき男が、真っ青な顔で叫ぶ。

 彼は大きな馬車で、必死に俺たちの後続についてきていた。


 自分の主人が犯人であることを知っていたのだろう。

 他の荷物を大きな馬車に乗せて従者に預け、

 クピダス自身は小さな荷馬車で薬草のみを運んだのだ。


 俺はうなずき、クピダスに言い渡す。

「その通り。お前のやったことは犯罪だよ」

「言いがかりは止めてもらいたいな。

 証拠がないだろ? 

 俺が煙を出すのを見たヤツがいるのか?」


 そう言った後、何が面白いのかヒヒヒと笑って

「俺は魔獣を避けて獣道を進んでいただけだ。

 あまりにも失礼なことを言うなら、

 慰謝料を要求するぞ?」

 クピダスは勝ち誇ったように返す。


「まあ、それはいくらでも立証できるがな。

 その馬車の荷物を改めれば、

 すぐにでも魔笛や焼けた肉が出てくるだろうし」


 そう言って近づく俺に向かって

 クピダスは苦虫を嚙み潰したような顔で怒鳴ってきた。

「うるさい! お前のような若造に商売の何がわか……」


 急に日光が遮られ、辺りが暗くなった。

 それと同時にジェラルドが叫ぶ。

「上から狙っています! 伏せてください!」


 ドラゴンの頭、コウモリの羽、鷲のような足。

 魔獣ワイバーンが空から現れたのだ。

 何かに狙いをつけたかのように頭上を旋回している。

 だいぶ小型だが、油断はできない。


 その禍々しい姿を見て、

 クピダスはアゴがはずれそうなくらい驚いていたが、

 とっさに焼けた肉をこちらに向かってほおり投げてきた!

 ……やっぱお前じゃねえか!


 しかしワイバーンはこちらには向かわず、

 旋回する輪の直径を狭めていく。

 その輪の中心点に何があるか気が付き、俺はクピダスに叫んだ!

「狙いは薬草だ! 荷馬車から離れろ!」

「そうよ! ワイバーンは香りの強い草を好んで食べるわ!」

 エリザベートも声をあげる。


 それを聞いたクピダスはヨタヨタしながらも

 大慌てで荷馬車から降り、

 こちらに向かって駆け出そうとしたが。


 急降下で降りてきたワイバーンは

 荷馬車の荷台に積まれた袋を両足てガッチリとつかみ、

 再び飛び上がろうとした。

 しかし重すぎて、中空で羽をばたつかせるだけだった。


 クピダスはそれを見て、俺たちに怒鳴った。

「おいコラ! 何を見ている!

 さっさと倒して積み荷を奪わせるな!

 グズでのろまな奴らめ!」


「……なんでその物言いで、助けてもらえると思うんだ?」

 俺の返事に、クピダスはぐぐぐ……と睨みつけてくる。

「今、私の心はワイバーンを応援する気持ちでいっぱいです」

 フィオナも不機嫌そうにそうつぶやく。


 クピダスは唾を吐き、俺たちに向かって叫ぶ。

「あのワイバーンを倒すのはいくらで請け負う?

 いくら出せばいい?! 早く答えろ!」

 俺は彼に笑顔で言う。

「ワイバーンを倒す? それなら1Gで良いよ」

 クピダスは驚いた後、嬉しそうに笑った。

「ははは1Gか! では頼んだぞ!

 すぐさまあのワイバーンを倒せ!」


「おお、じゃあ、出来るだけ離れて見てろ」

 俺はうなずき、自分の攻撃力をあげ、

 ”火炎耐性のステータス”をつけておく。


 緑板スマホの検索により、

 自分の補助魔法が多岐に渡ることを知っていたのだ。

 敵や味方のステータスに変化を与える魔法なら

 何でもござれのだった。

 ああ、なんで今まで使って来なかったんだろう。


 荷馬車を掴んで上下を繰り返しているワイバーンに向かい

 俺は飛び上がって、その羽を片方切り落とした。

「王子! それは……」

 ジェラルドがこちらに走り出そうとして、

 エリザベートに止められる。

 さすがは我が婚約者殿、

 俺が何をしようとしているかお見通しのようだ。


 荷馬車を掴んだまま、ワイバーンは狂ったようにのたうち回る。

 次に俺は、もう一枚の羽を切り落とし

 宙に浮いた荷馬車の下方へと隠れた。


 ゴォォォォォォォ!

「うわあああ! 薬草がああ!」

 俺を追いかけるように、

 怒り狂ったワイバーンが炎を吐き出し、

 荷馬車を積み荷ごと燃やし尽くしたのだ。


 ”できるだけ離れて”と言った俺の優しさを無視し

 積み荷を取り返そうと戻って来たクピダスに

 火が付いた木片が降り注ぐことになった。

「あああ熱い! 熱い熱い!」

 地面に転がりまくるクピダス。


 羽を切られたワイバーンがどうするか、

 知っていたからこその展開だ。


 俺は丸焼けの荷馬車の横をすり抜ける。

 完全な耐火の特性を付けておいたので、

 ワイバーンの炎は日向ぼっこ程度のものだった。


 炎を吐き出し続けるワイバーンの首を

 俺は横から切り落とす。

 そして地面でヒイヒイ言っているクピダスに向かって尋ねる。

「請け負った”ワイバーンの討伐”、終わったぞ」

「馬鹿があ! 積み荷が台無しじゃないかあ!」

 クピダスは寝っ転がったまま叫ぶ。


 俺は困った顔で首をかしげた。

「積み荷? 積み荷の事は聞いてないが?

 確かにワイバーンを倒す契約だったが」

「ふざけるな! なぜワイバーンを倒せと言ったのか

 その理由を考えたらわかるだろうが!」


 俺は笑って答えた。

「知るかよ。ワイバーンが嫌いなのかと思ったぜ。

 まあもし”積み荷を守れ”って契約なら、

 1億G出されても断ったがな」


 俺の言葉を聞き、クピダスはもう呻き声しか出せなかった。


 ************


 あくどい商売をするための薬草は丸焦げになり

 彼は体のあちこちに火傷を負ってしまったようだ。


 呆れた目で見ていたハンスを見つけ

 クピダスは偉そうな態度で命じた。

「おい! お前、薬草を持っていたよな?

 買ってやるからさっさと持って来い!」


 ハンスが眉をしかめて断ろうとするが、

 誠実で根が優しい彼は、

 怪我人であるクピダスの申し出を断ることが出来ず

 悔し気に唇をかんだ。


 俺が代わりに答えてやる。

「もちろん、売るよな? 怪我人だからなあ。

 確か……1000Gだったな?」

 それを聞いてハンスの顔が明るくなる。


 そうだ、このクピダスはハンスに言ったのだ。

 困っている奴は高値でも買うから、定価で売るのは馬鹿だと。


「確かにそう言いましたね!

 では1束1000G、お願いします」

 ハンスが笑顔で手を出し、

 クピダスは顔を真っ赤にして怒り狂う。

「50Gの定価で売ると言ったじゃないか!」


「お前が決めた価格だ。それ以外では絶対に売らない」

 ハンスが厳しい声で返す。

 人の窮状に付け込む奴にはそのくらいの罰が必要だ。


 クピダスは憤怒の表情で睨んでいたが、

「……ガウールで買うから良い!」

 と言い捨てて去って行った。


「ま、自業自得だな」

 俺たちはそれぞれ、自分の馬車へと戻っていった。


 ************


「あんまり無茶しないで?」

 馬車に揺られながら、エリザベートに言われる。

「そうですよ。どうしてさっきのワイバーンは

 任せていただけなかったんです?」

 ジェラルドが笑顔のまま、俺にたずねる。


 俺は自分たちの後ろに続く商隊を見ながら答えた。

「さっきのあれは、騎士らしくない振る舞いだったからな。

 あんな倒し方をしたんじゃ、お前の名誉は得られない」

 積み荷をわざと燃やさせるなんて、騎士のすることじゃない。


「名誉なんて、そんなものは不要……」

「いや、要るよ。少なくともジェラルドには」

 俺はかねてから温めていた計画をみんなに話した。


「世界の”騎士の称号”を、全て集めるんだ、ジェラルド」

 この異世界は基本的に王族が支配し、貴族制度で成り立っている。

 そして名誉ある”騎士ナイトの称号”は、

 騎士団を持つおもだった国5か国が授与している。


 これは主だった活躍や貢献をした者が

 その国の王族から与えられるもので、

 兵士にとっては1つでもあれば、とんでもなく名誉なものだ。


「ぜ、全部、ですか……」

 あまりの大望に、ジェラルドが絶句する。

 これを全て集めた者は、今のところ一人もいないのだ。


「うちの国の聖騎士団なんて入っても、単なる黒歴史になるだけだ。

 もし俺たちが元の世界に戻った時、

 オリジナル・ジェラルドに残してあげられる本物の名誉になるぜ?」


「いいですね、全部ですか!

 将棋の”八大タイトル全冠制覇”みたい」

 フィオナがいうと、エリザベートも笑ってうなずく。

「どちらかといえばテニスのグランドスラムかしら。世界的だし」


 ジェラルドは黙っているが、その頬を紅潮させている。

 とてつもない名誉。燦爛さんらんたる誇り。


「達成しようぜ、絶対に」

 俺の言葉に、ジェラルドはうなずき。


 そして真剣なまなざしで言ったのだ。

「そしてその剣を必ず、貴方に捧げましょう」

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