第30話 強欲な商人の強引な商法
30.強欲な商人の強引な商法
グリズリーと鬼を合わせたような魔獣アラサラウス。
真っ赤に光る眼は焦点があっておらず、
半開きの口からは下の牙が2本、上に向かって伸びている。
両手は無気力にだらりと下げられているが、
その爪は30センチくらいあり、鋭い曲線を描いている。
「あれで切り付けられた日には、
スライサーで切られたキュウリみたいになっちゃいますね」
その爪を見ながら、フィオナがノンキな事を言う。
「見た目以上に速い動きですし、
ちゃんとこちらの動きを見て行動を決める魔獣です。
安易には動けませんね」
アラサラウスから目を離さず、ジェラルドが言う。
「あら、ジェラルドは連戦じゃない。私が行くわよ」
そう言ってエリザベートが前に出るが、
俺とジェラルドが同時に制する。
「待ってくれ」
「お待ちください」
けげんな顔をするエリザベートに俺は両手を合わせる。
「……悪い。あの爪、欲しいんだ。
魔法系だと焦げたり朽ちたりするからさ」
ジェラルドも苦笑いで頭を下げる。
「すみません、レア……滅多に手に入るものではないのです。
他の魔獣の爪とはちょっと違うんですよ、あれって」
エリザベートは目を細めた後、ゆっくり後退して言う。
「別に良いけど……
……バカじゃないの?
そうつぶやきながら彼女は、肘を曲げたまま片手をあげ、
ダーツの矢を投げるくらいの優雅さで、
闇の魔法”ダークアロー”を魔獣アラサラウスに突き刺した。
こちらに向かって疾走しようとした瞬間だったので、
片足をあげたアンバランスな状態のまま
バターン! と派手に倒れ込む。
グルァグルァ唸って身をよじらせているところを見ると
痺れさせただけなのだろう。
「サンキュー! じゃ、早さと……やっぱ攻撃力だな。
今回は防御力もオマケしとくよ」
俺はジェラルドの背に手をかざし、
補助魔法でレベル9、の階乗を付加しておく。
これで人間離れした戦士の出来上がりだ。
「では行きます」
「おう! 頼むぜ」
ジェラルドが神速で向かい、俺は後ろを振り返った。
商隊の人々はこわごわと、でもちゃんとこちらを見ていてくれる。
さっきの律義なハンス君も、隣国チュリーナ国の商隊も、
遠路はるばる来たらしい、砂漠国シャデールのキャラバンも。
先ほど俺達に、自分の薬草が萎れる前に早く行け! と怒鳴った
あの身勝手なオッサンの姿は見えなかった。
法外な値段で売りつける予定の薬草が萎れそうだと焦っていたが。
まあ良いか、あんな奴。
俺はニヤリと笑いつつ、もう一度前に向きなおった。
するとショックな事に、全てが終わった後だった。
凶悪な魔獣アラサラウスは両腕を落とされ、
縦一文字に切断されていた。
早さだけじゃない、ものすごいパワーだ。
後ろの商隊から感嘆の声が、ここまで聞こえてくる。
俺は見逃したが、彼らはバッチリ見てくれたらしい。
よしよし。
「欠けも傷もありません。これは逸品ですよ」
アラサラウスの爪の一本をかざし、ジェラルドが笑う。
俺はうなずいて、残りの9本の採取を手伝いに向かった。
************
「……絶対おかしいだろ、これ」
魔獣の体液を振り払うことすらしないまま、
俺は剣を持ったまま片膝を付いた。
離れた場所でジェラルドも、肩で息をしている。
エリザベートの顔にも疲労の色が見え、
回復のし過ぎでフィオナは馬車の荷台でグッタリしている。
魔獣アラサラウスを倒した後、
急に何故か、魔獣や妖魔との
「おかしいですね、こんなに遭遇するのは初めてです」
律義で親切な青年商人ハンス君が
回復効果のある飲み水を差し出しながら首をかしげる。
俺はありがたく受け取って飲んだ。
「不自然なのは数だけじゃないわ。
本来、敵対しあう種類の魔獣が同時に出るなんて」
エリザベートが言う通りだ。
例えば捕食の関係であるウサギとキツネが一緒に飛び出てきたり、
トラとライオンに同時に襲われる、なんてことはないだろう。
これが、この街道では起こっているのだ。
「まあ間違いなく、こいつらは誘い出されたってことだ」
進むうちに気が付いたのだ。
漂う肉が焼ける臭いや煙。
時おり遙か前方で鳴り響く笛の根。
または点滅する光。
「
俺はそう言って、馬車の上から街道の先を眺める。
ここでこうして見ているだけでも、
ウジャウジャと魔獣が現れてくるのだ。
しかし俺は思わず笑みがこぼれてしまう。
ずっと待っていた地形を見つけたから。
「エリザベート、休めたか?」
「ええ、大丈夫よ」
まあ頑張り屋の彼女は、絶対に弱音を吐いたりしないのだが。
俺は横に立つ彼女に言う。
「見ろ。ここからは当分、直進の道になる」
「そうね、ずっと曲がりくねった道だったのが……じゃあ!」
俺が彼女にうなずくと、エリザベートはぱあっと嬉しそうに笑い。
「
俺は御者席から先に降りて、彼女に手を差し出して言う。
「ああ、頼むよ…最大級に補助つけるからさ」
そうして彼女は道の真ん中で構え、俺はその背後に立った。
御者台からさらに高い位置を求め、馬車の上に立ったジェラルドが
「大丈夫です。人の姿は見えません」
と叫んだ。俺はそれを合図に、
”レベル9の階乗”の攻撃力をエリザベートに負荷する。
エリザベートの全身がぶわっと発光する。
エリザベートは少し
片手を前に伸ばし、手のひらを正面に向けて。
そして道へ真っ直ぐに放出したのだ。
”強化された
手の平の真ん中から吹き出した深紅の光線は
大蛇グローツラングを丸焼きにした時と同じく、
2mに近い幅をキープしつつ、回転しながら直進の道を進んでいった。
そしてそこにいた魔獣や魔物は、瞬時に消し炭と化していく。
うーん、やっぱりスゴイな。
って、感心してる場合じゃねえ!
振り返ったエリザベートの腕をつかみ、
俺は馬車へと走り出した。
そして荷台に乗り込むと、ジェラルドに叫ぶ。
「いいぞ! 最高速度で走れ!」
馬のいななきがひびき、俺たちの馬車は走り出した。
煙と、焼けた魔獣の出す嫌な臭いを吸い込みながら
俺たちはその道をばく進したのだ。
何十メートル、何百メートル先へと。
そしてとうとう、魔獣がとぎれる場所へとたどり着く。
そこにいるのはもちろん。
俺は街道ではなく、街道横の獣道にいた
「やっぱお前か。強欲もここまで来たら職人レベルだな」
俺たちが魔獣アラサラウスを倒している間に獣道を進み、
小型の馬車で先回りしつつ、
俺たちがなかなか進めないように、
”街道のタブー”を犯しながら先を急いだ犯人。
そいつは目をまんまるくしながら俺たちを見ていた。
「な! なっ、なんでいきなりここまで来れたんだ!?」
そう言って強欲な商人クピダスは信じられないものを見るように
ところどころ焼け焦げた街道をぼうぜんと眺めているのだった。
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