第二章

第29話 魔の街道

29.魔の街道


「次はカトブレパスか。俺が行ってくる」

 俺は剣を構え、その牛に似た魔獣に向かって走った。


 カトブレパスはもう何体も倒している。

 弱点は意外や意外、その巨体ではなく尾の付け根だ。

 ただし目を見てはいけない。体が動かなくなるから。


 俺はカトブレパスの後ろに回り込み、

 長剣を尾の付け根に突き刺した。


 グォォォォォ

 地鳴りのような声をあげ、カトブレパスは大地に倒れゆく。


「おー、今までで最速だったな」

「ピンポイント攻撃にも慣れてきましたね」

 俺の自画自賛に、ジェラルドが同意する。

 彼は先ほど仕留めた魔獣ギドラスの牙を小川で水洗いしたところだ。


 俺も横たわったカトブレパスを眺め、

 その角の付け根に剣を突き刺した。

「では、いただきます」


 2つ手に入れると、ジェラルドに並んで水洗いする。

「その長さなら高く売れますね」

 横でジェラルドが言い、俺もうなずいて返す。

「皮はさっきのイピリアのが上質だからな。

 あー、もうちょっと集めたいよな。

 出てこないかなあ、イピリア」

「出来れば3体くらいお願いしたいですね」


 そんなことを言い合う俺たちに、

 馬車の御者席に座ったエリザベートとフィオナが

 冷めた目で呆れたように言った。

「……とうとう魔獣の出現を願うようになるなんて」

「異常なテンションは収まるどころか加熱する一方ですね」


 彼女たちはひざに広げたハンカチに

 サクランボに似たフルーツをいっぱい乗せ、

 それをつまみながら俺たちの”狩り”を眺めているのだ。


 俺とジェラルドは不思議な高揚感につつまれていた。

 次々と現れる魔獣や妖魔を、

 あの手この手で討伐していくことに。


 ロンデルシアを出発して、

 いよいよ”魔の街道”に差し掛かった時、

 俺たちは相談して決めたのだ。


 エリザベートとジェラルドに攻撃を一任し、

 無差別にドッカンドッカン、

 またはザクザク切り刻みながら進むのは

 長い旅程を考えても合理的なやり方ではない。


 それにどんな強敵が出てくるかわからないのだ。

 エリザベートの魔力や体力は、極力温存したほうが良い。

 だからなるべく雑魚を倒すのは俺、

 中型から上はジェラルド、ということになったのだ。


 ついでに、この街道を少しでも安全に通れるよう

 輸送のメインとなる街道を進み

 鉢合わせした奴を倒しつつ、 

 道に”魔獣に対する忌避の効果”を持つ聖杭を埋め込んでいく。


 この聖杭は銀で出来た細いもので、

 ロンデルシアが備品として用意してくれたものだ。

 聖なる力が充填しており、地中に深く差すことで効果を発する。


 雑魚かやや中型の魔獣にしか効果はないが、

 多少はこの街道に出る魔物の数が減少するだろう。


「この辺にも一本、埋めておくか」

 俺がフィオナを見上げると、

 モグモグしながらうなずいて御者席から降り

 ポケットから出した聖杭を地に立て、祈りを捧げる。

 それは吸い込まれるように地中へと消えて行った。


 エリザベートもハンカチでサクランボを包み、降りてくる。

「ちょっと休憩したら? 連続で戦い過ぎよ」

 確かに、空腹も疲労も忘れて戦っていたことに気付き

 俺とジェラルドは苦笑いしてうなずいた。


 ************


 休憩しながらジェラルドが笑って言う。

「モンスターを狩るゲーム、好きだったんです。

 オンラインでもやってました」

「あー! 俺もやってた」


 あのゲームはネットで情報を集めてプレイしていたが

 今回は緑板スマホを頼らずとも、ジェラルドもエリザベートも

 そして俺もそれなりには魔獣に対する知識があるので問題なかった。


 しかしゲームの経験が生きてきたのはそこではなく、

 モンスターの動きを観察し、

 攻撃する前の予備動作に注意し回避したり

 攻撃後の大きな隙にすかさず反撃を叩き込む、という

 オーソドックスな手法だ。


 これが、実に楽しい。

 しかもあのゲーム同様、倒した魔獣からは

 高額で売れたり薬になるようなアイテム、

 いや体のパーツが採取できるのだ。


 多少の疲れやケガは、フィオナが

 サクランボをモグモグしながら治してくれる。

 これがハマらずにいられるだろうか。


 ハイテンションな男子軍を放置し、

 フィオナはバターを塗ったパンにハムとチーズを挟み

 エリザベートはそれを火炎魔法で軽く炙っている。


 生きて目的地に着きたいから絶対に声に出しては言わないが、

 こいつらずっと食ってるような気がする……。


 俺の心の声が聞こえたかのように、

 フィオナがチーズが溶けたパンを見つめて言う。

「旅の醍醐味は美味しいものを食べることです」

 エリザベートも笑顔でうなずく。

「旅行中って何かしら食べちゃうわね。

 ……もうちょっと焼いたほうがいいかしら?」

「いえ! ジャストです!」


「あの、これも良かったらどうぞ」

 後方から歩いてきた素朴な感じの青年が、

 香辛料の効いた干し肉を差し出して言った。


「いいのか? 商隊だよな? あ、お代は」

 俺が言いかけるのを制して

「後ろに付いていかせていただくことで、

 信じられないくらい安全に進めています。

 そのお礼なんです」

 律儀な奴だな。青年にお礼をいいつつ受け取り、

 俺とジェラルドは後方に目を向けた。


 気が付けば、たくさんの商隊がついていた。

 最初は1,2つだったのに、今ではずらっと連なるくらいだ。

 ”こいつらどんどん倒して行くな。

 後に続けば安全だし、いざという時守ってくれるかも”

 どの商隊もそう考えたのだろう。


 まあ全然かまわないし、俺には一つの思惑があったから

 こちらとしても望むところではあったのだが。


 食事を続けていると、後ろに人の立つ気配を感じた。

 振り返るとそこには、太った中年の男が眉を寄せて

 俺たちをイライラと睨んでいた。

 頑丈そうな皮の上着を着て、宝石のついた帽子をかぶっている。


「どうかしたのか?」

 俺が尋ねると、相手はいきなり、

 つばを飛ばしながらがなり立ててきたのだ。

「いつまで休んでいるのだ? サボるのもいい加減にしろ!

 さっさと片付けて進め! まったくもう!」


 俺たちは唖然と彼を見上げる。

 全員が脳内で、知り合いだっけ?

 ロンデルシアにこんな奴いたっけ?

 などと考えていたが、結論はひとつ。

 ……初対面だよな、お前。


 しかし男はなおも早口で俺たちを急き立てた。

「この先はもっとペースを上げてくれないと困るぞ!

 ノロノロ進んでるんじゃない、まったく!

 いちいち牙だの角だの取りおって!

 積み荷の薬草が腐ったらどうしてくれるんだ!」


 俺は立ち上がり、彼にキラキラを振りまきながら笑顔で言う。

「それは申し訳なかったな。

 是非ともここで追い抜いて、先に行ってくれ。

 俺たちには俺たちのペースがあるから、

 この先も今まで通りに進ませてもらうよ」


 太った男は目をむき、体を膨らませる。

「な、な、何をいう! お前たちは、その、雇われ兵だろ?」

「いや? どこの国にも雇われていない。

 自分たちがガウールに行きたいから進んでいるだけだが?」


 先ほど干し肉をくれた青年が、その男を嗜めるように言う。

「クピダスさん! またそんな勝手なことを」

「うるさい! 俺は急いでるんだ!

 商隊は助け合いって言ったのはお前だろ! ハンス!」

 ハンスと呼ばれた青年はつとめて冷静に指摘する。

「先を急がせるのは助け合いではありませんよ。

 命の危険を増やすような真似は」

「うるさい! 貧乏商人ふぜいが、俺に意見するな!」


 クピダスはハンス青年から顔を背け、俺たちに言う。

「おい! お前ら! いくら払えば急ぐ?

 800……いや、1000Gでどうだ?」

 まあまあの値段だ。俺は尋ねる。

「なんでそんなに急ぐ?」


 クピダスはいやらしい笑いを浮かべて答えた。

「薬草がダメになる前にガウールにいかないとダメなんだ。

 あの村の奴らに高値で売りつけてやるんだよ。

 一束、1000Gは間違いないからな」


 それを聞き、ハンスが目を丸くして抗議する。

「あの地で売る価格は50Gだと、

 協定で決まっているじゃないか!」

 その言葉をせせら笑い、クピダスは言う。

「馬鹿じゃないか? ガウールは医者不足の薬不足だ。

 なんでも高値で買い取ってくれるんだぞ」


 それを聞いたハンスは厳しい顔をしたが、静かに言い返す。

「勝手にすれば良い。我々は正規の値段で売るからな。

 お前からなぞ、誰も買わないだろう」

「な!……お前たちも薬草を持っているのか?」

「ああ、それもちゃんとガウールまで持つように

 自分たちで下処理しておいた。

 そういう手間を省くから、

 萎れる心配をするはめになるんだよ」


 クピダスは顔をゆがめ歯を食いしばる。

「原価は出来るだけ下げ、高値で売るのが商売の基本だろ」

 ……こいつ、ダメだな。一時儲けて落ちぶれる経営者の典型だ。


 俺はクピダスに言う。

「いくら出されても進むペースは自分たちで決める。

 文句があるなら先へ行け……以上だ」

「倒したものの処理ももちろん行います。

 我々の利益を放棄する必要はありませんから」

 ジェラルドも腕を組んで答える。

 エリザベートやフィオナたちもうなずく。


 クピダスは全員を見渡し、舌打ちをする。

 そして忌々し気に言い放った。

「……勝手にしろ」

 そして自分の商隊へと戻っていく。


 俺はハンスに会釈し、みんなを振り返って言う。

「さあ、そろそろ出発……」

 そこまで言いかけた時。

 ジェラルドが剣を抜き、街道の真ん中まで走った。

 そして大声で叫ぶ。

「全員、出来る限り後退してください!」


 気が付くと、エリザベートも立ち上がり構えている。

 そして一点を見つめながらつぶやいた。

「……嘘でしょ。まさか……こんなところに」

 俺は彼女の視線の先を見る。そこにいたのは。


 巨大化した熊のような姿、口からはみ出た牙。

 真っ赤に光る眼に、両手の爪は全て湾曲した刀のよう。


 毛むくじゃらの魔獣アラサラウスが森からゆっくりと現れたのだ。

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