第28話 そして新天地へ

 28.そして新天地へ


 ロンデルシア襲撃、および国宝の強奪計画の主犯として、

 シュニエンダールの第二王子フィリップに嫌疑がかけられた。


 第三王子たちは最も手強い大蛇グローツラングを倒し、国宝も守った。

 その腕を見込まれ、ロンデルシア国近辺にある

 ”最も危険な場所”に出向くことになった。


 そこで討伐を行うことにより、ロンデルシアに国益をもたらし

 シュニエンダールがこの国に対し”支援を惜しまず友好的である”

 という証明を行うのだ。


「ってのが、シュニエンダール向けの名目だ。

 実際はまあ、ゴタゴタに紛れて国から離れようって魂胆だがな」

 俺がみんなに言うと、エリザベートが苦笑いで口を挟む。

「まあ、ちょっとは時間稼ぎになるとは思うけど。

 うちの父がどう出るかが心配ね」


 彼女はなんせ、公爵家と国の重要な戦力だ。

 ただしシュニエンダール国王は彼女の力を恐れており、

 常に警戒の対象でもあるから、

 彼女が国から離れること自体は喜んでいるかもしれない。


「あっちの様子を調べてみようぜ」

 俺たちは緑板スマホで、シュニエンダールの内情を検索した。

 合成魔獣の襲撃はあっさり打破され、

 国宝である”勇者の剣”も手に入れ損ねたのだ。

 それはもう大慌てに違いない。


 しかも念には念をいれ、この襲撃の首謀者を

 辺境民族になすりつける工作までしていたのに

 国宝襲撃の犯人たちがあっさりと

 シュニエンダールの者に依頼を受けたことをゲロったり

 彼らが与えられた武器や用具がシュニエンダール製だったりで

 はパリパリに乾燥して破けてしまった感じだ。


 しっかりハッキリと世界の疑いの目は

 シュニエンダールへと向けられている。

 明確な証拠はないが、完全な否定も難しい状態だ。


 ”国王は俺たちを連れ戻す命令を出したか?”

 ”俺が両親の過去を聞いたことを、国王は知っているか?”

 という検索の回答は、現時点では全て『いいえ』だった。


 4人で検索をかけまくった結果。

「”第三王子たちは疑いをかけられ、仕方なく無主地に討伐へ行く”

 って思ってるみたいですね、今のところは」

 ジェラルドが安心したように言うが、フィオナが口をとがらせる。

「教会は”元聖女が行っても何の戦力にもならないから返せ”って

 ロンデルシアに要求するみたいですよ!

 その通りだけど失礼です!」


 エリザベートは肩をすくめて言う。

「”国王の次の作戦は?”みたいな検索は、全部”協議中”と出るわね」

「そうだよなあ、ここまで計画が狂った上、

 こちらの状態がわからないんじゃ、手の打ちようがないだろう」

 当分は何とかなりそうだな。

 俺は笑みをこぼしながら皆に言う。


「じゃあ次は、無主地引っ越し先探しだ」


 ************


 俺はダルカン大将軍にたずねた。

「どこか良いとこあるかな?」

 彼はうなずき、手に持っていたロンデルシア周辺の地図を広げる。

 ロンデルシアは見たところ、長野県並みに隣接する国が多く、

 国交間の軋轢を避けるためか、

 誰の土地でもない無主地が多いようだ。


「”危険レベル最大値の無主地”って言っちゃったもんなあ」

 それを眺めながら俺はみんなに詫びる。

 女性陣は特に、帰国すると思ってたからな。


 ジェラルドがどこか楽しそうに言う。

「僕は望むところですよ? ちょっとワクワクするくらいです」

「それでなければ、疑惑を晴らす舞台にはならないわ」

 とエリザベートが言い、フィオナも笑顔でうなずく。


 ダルカン大将軍はしばらく腕を組んで地図を見ていたが。

「……最も問題視されており、危険度も高いのがここだ」

 彼はそう言って、一か所を指さした。


 それは海に面した細長い土地で、

 ロンデルシア国と、隣のチュリーナ国の間にあった。

 南が海で、北側に広く山脈がそびえている。


「この海が危険なのか? 毒素で汚染されているとか……」

 俺の問いに、ダルカン大将軍は首を振って答える。

「いや? 魚や貝も取れる、透明度の高い綺麗な海だが?」


「じゃあ凶悪な魔獣が出現するとか」

 俺の問いに、大将軍は困った顔をして答える。

「いるにはいるが……海獣レイン・クロインだからなあ。

 嵐の日に泳がなければ遭遇そうぐうすることはないだろう」

 おいおい嵐の日に泳いだら、遭遇する前に死ぬだろ!


「北側の山脈は危険そうね。こういう地形、竜が好みそうだわ」

 エリザベートが言うと、大将軍は感心したように言う。

「その通りだ! さすがですな。

 ただ、山の頂上付近にしか住んでいないらしい。

 卵を盗もうとしない限り、何かしてくることはないそうだ」

 そりゃ我が子に手を出されたら怒るだろ。

 そもそも何が悲しくて山登りするんだ。


「ここは荒廃した土地で、恐ろしい魔獣が……」

 ジェラルドがそこまで言いかけると、ダルカン大将軍は笑った。

「残念ながら緩やかな丘陵地だ。牛やヤギ、馬しかおらんよ。

 のどかな牧草地と畑が広がっていて……果樹園もあったか。

 もちろん人が住んでおり、小さな村もいくつかあるぞ?」


 綺麗な海が近くにあり、風光明媚な丘陵地。

 魚や貝、そして野菜や果物など食物豊かな土地。

 たくさんの動物たち……だと?


 ついにフィオナがキレて叫ぶ。

「そんな理想郷ユートピア、あるわけないですっ!」


 ダルカン大将軍は驚いた後、苦笑いしながら言う。

「この地に問題があるわけではないのだ。

 ここに行くまでが危険に満ちており、

 その往来に各国が大変苦労し、頭を抱えているのだよ」


 聞けば納得だった。ここは、いわば”陸の孤島”だ。

 そこに行くまでに、危険な魔獣と妖魔が溢れているらしい。

「数年前から急に、この地への経路の魔獣が膨大に増えた。

 危険度はどんどん上がり、去年はとうとう最高レベルになったのだ」


 ダンカンは片手を額に当てて、悩まし気に言う。

「この地しか採れない魚や貝、果物もあるのだ。

 いろいろな国が兵を護衛に付けて向かってはいるが、

 帰って来れる隊は激減してしまった」

「そりゃ恐ろしい。命がけなんでもんじゃないな」

 俺はつぶやいた。しかし、笑いを抑えることはできなかった。


「ここだ、ここにしよう。

 魔獣をどんどん倒せば、交通や流通が復帰し、

 貿易も増え、周辺の住民の生活も安全になる。

 ロンデルシアだけじゃない、世界に貢献できるんだ」

「良いこと尽くめじゃないですか」

 俺の言葉に、ジェラルドも目を輝かせ、

 エリザベートやフィオナも満足そうにうなずく。


 ”動物をいっぱい飼って、たくさん魔獣を倒して。

 綺麗な海を眺めながら、醤油や味噌を作る”


 その土地の名は”ガウール”。

 俺たちの行き先が決定したのだ。


 ************


 最低限の荷物で良いといったのに、

 鉄製の荷馬車に積まれた荷物は山盛りだった。

「国王が討伐を依頼したのだ。出来る限りの準備はさせてもらおう」

 ロンデルシアの人々は着替えから予備の武器など、

 ありとあらゆるものを

 ぎゅうぎゅうに詰め込んでくれたのだ。


 そして最短経路の地図を手渡しながら言う。

「ガウールにはロンデルシア国王の別荘がある。

 ”それを自由に使ってかまわない”とのお達しだ。

 現地には伝書の鳥を使い、すでに連絡済みだ。

 まあ、途中で妖鳥に食われていなければ、だが」


 さあ、出発だ。

 俺たちを見て、ダルカン大将軍は感慨深げに言う。

「あの頃の、あの日のようだ。

 戦士、魔導士、僧侶、そして勇者……」


「俺はまだ、勇者じゃない。

 何もしてないし、自分すら救えてない」

「私だって聖女の成り損ないですから。

 ……ささやかな回復しかできないし」

 フィオナが恥ずかし気にいうのを、ダルカン大将軍は笑い飛ばす。


「全ての職業と同じで、聖女も”なる”ものだ。

 大蛇グローツラングから、あなたは馬を守ろうと必死だった。

 資質も、そして”器”も充分あると思うぞ、俺は」


 まだ納得がいかなそうなフィオナに、俺は言う。

「イライザ王妃がなれたんだからな。

 その辺のコソ泥だってなれるんだろ。

 目指すほどのもんでもないってことさ」

 聖女なんて胡散臭いものより、フィオナはフィオナでいればいい。


 ダルカン大将軍は、最後に俺にひざまずいて言った。

「ダンが消え、ブリュンヒルデが囚われた時。

 シュニエンダール国王に”他国のことに口を出すな”と言われ、

 まともに抗議すらできなかった、その後悔を抱えてきた。

 僧侶ユリウスは絶望して行方をくらまし、

 魔導士キース・ローマンエヤールもあの国の犠牲になった。

 そして麗しのブリュンヒルデもこの世を去った」


 彼の目から涙があふれる。しかしその顔は笑っていた。

「だが今、動き出したのだ!

 真実を世に明かし、あの憎き者たちに一矢報い、

 ふたたび世界を救ってくれ!

 ダンとブリュンヒルデの息子、レオナルドよ!」


「一矢どころか、矢の雨を降らせてやるぜ」

「それも槍くらいの太さの矢です!」

「もちろん先には毒を塗っておくわ」

「火薬もくくりつけておきましょう」

 俺たちはそういって笑い、ダルカン大将軍とこぶしをあわせる。


 そして俺たちは出発した。

 醜悪な過去をくつがえし、悲惨な未来を、

 素晴らしいものへと書き換えるために。

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