第27話 第二王子の救出、とその活用
27.第二王子の救出、とその活用
俺は完全にタイミングを間違えた。
ダルカン大将軍に俺の出自を伝えるのは
もうちょっと後だったかもしれない。
そのせいで俺は今、
”髭面のオッサンに全力で抱きしめられる”
という罰を食らっている。
ダルカン大将軍は号泣しながら
俺を覆い潰すように抱きしめる。
「ダァンっ! ブリュンヒルデーーー!」
「俺はそのどちらでもねえ!」
「ハハハ、まるで彼女の体に、ダンの魂が宿ったみたいだな。
その大胆で不遜な態度、強固な自我と口の悪さ!」
たぶん悪口しか言われてないぞ、親父。
俺が”補助魔法しか使えない”と言った時、
ダルカン大将軍は始め、ニコニコしながら聞いていた。
しかし、ピタッと動きが止まった後、
”魔獣ギドラスを一瞬で間合いを詰めて斬殺した”
という話が納得できるほど、俺の前に素早く異動し、
ふたたび俺の頭を両手でガッチリと掴んでつぶやく。
「……今、何と言った?」
俺は彼に何と言って良いか迷った。
もちろん転生についても説明しがたい。
だから、必死に理由を考えて言ったのだ。
「前から、その疑いはあったんだよ。
だからシュニエンダール国王は俺に冷徹だった。
ここに来て貴方の話を聞き、確信したんだ」
うんうんうんうん。彼はうなずいている。
「俺は最初から不思議だったのだ。
殿下からは微塵も、あの男に繋がるものは感じれなかった。
それどころか、ダンにもう一度会えたような気すらしていた」
そうして俺を抱き潰しながら叫ぶ。
「ダンっ! ブリュンヒルデっ! 良かったなあ!
やはり二人が夫婦だと言うのは、
神が認めた事実だったのだ!」
”結婚間近の恋人……
シュニエンダールでは、そういう事になっているのか”
ダルカン大将軍がそう言って驚いていた理由は、
勇者と母上はすでに結婚していたからだった。
朽ち果てかけた教会で、僧侶ユリウスが神父となり、
魔導士キース・ローマンエヤールと戦士ダルカンに見守られて。
「皆さんは、王妃の思惑を知っていたんですか?」
「ああ、すでに王家から命令が来ていたからな。
だから強引に式をあげたんだよ。
しかしシュニエンダールの教会はそれを隠滅したのだな」
俺とフィオナは目を合わせてうなずく。
そのころからうちの国の教会は腐り始めていたのか。
「だから正確には、未亡人を召し上げたことになるが、
夫を亡くしたばかりでの再婚はあり得ないだろう。
だからその結婚の事実自体を隠したのだ」
ダルカン大将軍は言うが、フィオナは不満げだ。
「婚約者を亡くしたばかりだとしても非常識ですよね。
人の心ないんか! って思います!」
まあ、無いんだろうな、あの国王と王妃には。
二人を引き裂くために、片方を殺してしまうとは。
イライザ王妃の恨みや嫉妬の深さにゾッとしてしまう。
「しかしすでにブリュンヒルデ様のお腹には殿下がいた。
もしそれがバレていたら、間違いなく殺されていましたね」
ジェラルドが眉をしかめて言う。確かにそうだ。
おおかた死産だった、ってことにされるのだろう。
それくらい、あいつらには
フィオナが不思議そうに言う。
「でも、どうやって産み月を誤魔化せたんでしょう?
”初産は予定より遅くなる”って聞くけど、
一か月以上はさすがに無理かも」
皆が首をかしげる中、エリザベートがつぶやいた。
「……たぶん、叔父様がやったのよ。
お母様は妊娠中、意識不明になった事があるのでは?」
「……あー! 侍女が言ってたな!
妊娠が判ってすぐのころ、一か月くらい昏睡状態になり、
国王がすごく心配してたって。
”絶対に死なせるな!”って医師と魔導士に命じたって……」
俺は胸が痛んだ。
少なくとも最初は愛されていたのだ。
アイツが俺を、自分の子どもだと思っていた頃は。
「昏睡状態に見せかけて身体を”停止保持”したんだわ。
叔父様なら出来るわ……天才だったもの!
それで成長を止めたのよ。
お腹が大きくなる前なら、特にバレにくいわ」
少し誇らしげに笑うエリザベートを見ながら、
俺はぼんやりと、本当の誕生日はいつだったんだろうと思った。
俺は大将軍から離れ、椅子に座ってみんなに言う。
「で、問題はシュニエンダールへの対応だ」
俺が言うと、ジェラルドも考え込む。
「まだ相手に、こちらの思惑は気取られたくないですね。
殿下と僕は問題ないけど、フィオナは教会に何て言います?
エリザベート様は……ちょっと難しいですね」
それを聞き、女性二人は顔を見合わせた。
「うん、ここに来るのも無理やりだったんですよー。
次の聖女決めに参加しなくちゃいけなかったみたいなんです」
「私は……それこそ大問題になりかねないわね」
俺は彼女たちに笑って手を振った。
「いや、俺とジェラルドだけで行くよ。
そこまで言うと、二人は目をむいて激怒する。
「えええー! それを何とかしてくれって話ですっ!」
「あらまさか、戻れなんて言わないわよね?!」
あれ、同行する気満々でしたか。
俺はジェラルドと顔を見合わせた。
プンプン怒る二人を前に、俺は立ち上がった。
「……じゃあ、あいつを利用するか」
************
「あー、そんな人、いましたね」
フィオナが思い出したように言う。
魔獣ギドラスを目前に泣きながら逃走した俺の次兄、
第二王子フィリップのことだ。
彼がまだ生きていることも、
渓谷のどの辺りにいるのかも明らかだった。
「妖鳥リッテの、
断崖絶壁にある、ツバメの巣のようなポケット。
前を見ずに駆け出した彼は崖から落ちたが、
運が良いことにそれの1つに落ち、出られなくなったのだ。
俺たちは崖の端から、ひょこっとのぞいて見る。
中は真っ暗で何も見えなかったが、
ときおり物音が聞こえる気がした。
「おーい! 誰かいるか?」
そのとたん叫び声が聞こえ、フィリップが姿を見せた。
「いるぞいるぞ! 助けてくれ! ここだ! 俺は王子だ!」
枯れた声で叫び続ける。
「……なんだ、気のせいか。誰もいないみたいだ」
俺がふざけて言うと、フィリップは発狂したように叫ぶ。
「うわあああ! いるって言ってるだろお! 置いていくなあ!」
俺は上から大声をかける。
「兄上! ずいぶんとご活躍ですね」
「……レオナルド?! どうしてここに!」
「ロンデルシアに呼ばれたんだよ、兄上の代わりに働けってね」
「はぁ? お前なんぞ呼んでも意味が無いだろう」
この状況を忘れたのか、いつものように悪態をつく次兄。
俺は横を向いて悲し気に言う。
「兄上はここに、永住をお決めになったようだ」
「ちちち違う! やめろ! いいから早くここから出せ!
そもそも、お前の護衛が役立たずだからこうなったんだぞ!
アイツら、俺より先に逃げ出したんだからな!
全部お前の責任じゃないか!」
あの三人の元・聖騎士団、どこまで逃げたやら。
俺はフィリップに言い返す。いい機会だしな。
「何をおっしゃいます。兄上が強引に引き抜いたんですよ。
……人のものばっか欲しがるからです」
次兄はカッとなったのか、枯れたノドで怒鳴った。
「うるさいっ! 国に戻ったら父上に言って」
「へえ、戻れると思っているんですか? これは驚きだ」
俺の言葉に、兄上は恐怖で固まる。
「おい、冗談だろ? もう携帯食料もなくなり、雨水も減って来た」
俺は”助けるかどうか迷っている風”を装う。
「どうしましょうかね。まあしばらくの間は、たまに見に来ますよ。
でも、
忘れたとは言わせない。
俺が可愛がっていた珍獣ファルファーサを餓死させた件。
さすがに兄上も覚えているようだった。
しかし彼は大きく手を振り、予想外の言葉を叫んだ。
「いや、殺してない! 死なせてなんか、いないんだよ!
実は……アイツには逃げられたんだ!
俺が触ろうと思ったら大暴れして、
噛みついた後、逃げやがったんだよお!」
俺は黙り込む。仕返しされたくないための嘘か?
見極めるために、聞いてみる。
「ああ、確かにファルは怒ると噛んだな。
あんな
次兄は希望を取り戻したかのように頷いて聞いていたが、
途中で”ん?”というように動きを止めてつぶやいた。
「小さなクチ? 俺は触ろうとした手を、なんか
その後、
それで、そのまま回転しながらすっ飛んでったんだよ!」
……どうやら、本当らしい。
珍獣ファルファーサは
激怒すると回転しながら飛び上がると言うのも、
譲ってくれた行商人が教えてくれたっけ。
ファルは餓死などしていなかった。俺はじわりと胸が温かくなる。
次兄からは見えない場所で、フィオナが大喜びしている。
俺はフィリップに向いて言う。
「では誓えるか?
”ここを出たら俺の命令に全て従うこと”……どうだ?」
フィリップは嬉しそうに叫ぶ。
「もちろんだ! 誓う、誓うぞ!」
”ここを出たらどうにでもなるぜ”
そう思っているのが見え見えの笑顔じゃねえか。
「じゃあ、誓ってみろ」
次兄は気安く了解し、大きな声で言う。
『おう! 今後、レオナルドの命令には絶対に従う! えっ?』
自分の声質の変化に戸惑う彼に向かい、
フィオナがちょこんと顔を出して言う。
「はい! お誓いになるというので、
”神に対する誓約”を行いました!
誓いたい者がいればそれを行うのが、聖職者の仕事ですから」
彼女の手には、ダルカン大将軍に借りた”ご神体”があった。
本来、
まさかこんなところにあって、神職までいたとは。
俺は綱を降ろしながらフィリップに言った。
「泣き叫んで逃げるなんて怖かったんですか? 正直言って」
兄は顔を赤くし、怒り狂って言い返す。
「そ、そ、そうなんだ。ものすごく怖かった」
そして目を丸くし、口を押えた。
”そんなわけあるか!”と言いたかったのだろうが
正直に言ってしまう。”神に対する誓約”は絶対だから。
俺は上がって来た次兄に、笑顔で告げた。
「ロンデルシアの人々に、全て正直に話してください」
************
救出されたフィリップは、フィオナが体調を回復させた後、
ロンデルシアからさまざまな尋問を受けた。
その場には、シュニエンダールから駆け付けた軍の兵長や
宰相など、数多くの味方の重鎮もいた。
その目前で次兄は、期待以上の働きをしたのだ。
「なぜ泣き叫び逃げ出したのです?
あなたの経歴を正直にお話しください」
「すごく怖かったのだ。
戦ったことはない。魔獣を見たのも初めてだ」
「風の魔力があるとのことですが、
戦おうとは思わなかったのですか?」
「……属性は風だが、魔力レベルは……”1”だから無理だ」
俺はそれで納得がいった。
フィリップ王子の魔力レベルは公示では”8”だ。
それが”1”とは。
だから俺が攻撃力を”2”で2乗しても1×1=1、
つまり変化がなかったのだ。
「そんなに弱いのに、なぜ討伐に参加したのです?」
「そ、それは。周りが全部やってくれるはずで」
己の力のみを信じるロンデルシアからすれば意味不明だろう。
フィリップが何かを誤魔化し、隠しているようにしか見えない。
「全部、とは?」
その問いに、討伐未経験であるフィリップは具体的なことが言えない。
「だから全部だよ! 全部、良いように片付けてくれるってことだ!」
皆が沈黙する。それはあたかも、
自分が何もしなくても、部下が指令通りにやるのだと聞こえる。
例えば、魔獣の襲撃。例えば、国宝の奪取を。
「……シュニエンダールは嘘ばかりついていた。
そして何か隠しているように見えますな」
そう言って、ダルカン大将軍は睨みを効かせる。
フィリップはさんざん恥をかいた後、
ついに核心にふれる質問をされる。
「今回の魔獣の襲撃は知っていたか?」
「知るわけないだろお!」
これは本当だろ。あの慎重な腹黒国王が、
こんなポンコツに重要な任務を与えるわけがない。
俺と同様、捨て駒にされただけだ。
しかし、たくさん嘘をついていたことが明るみに出た後だ。
真実をいくら叫んでも、味方にだって信じてはもらいないだろう。
たっぷりと”今回の襲撃は第二王子が主犯ではないか?”
という空気が、味方にすら流れたところで。
ロンデルシアの大臣に、俺は立ち上がって叫ぶ。
「兄は、我が国は無実です! 貴国に対し、
シュニエンダールが邪な考えを持っていないことを、
俺たち4人が必ずや証明してみせます!」
わが身を犠牲にし、ロンデルシアの国益のために働くのだ。
これで国王が俺たち4人の無主地行きを止めるようなことがあれば、
それは信頼回復の証明を拒否したことになるだろう。
俺は勝手に感謝し、オイオイと泣き出した次兄に、
キラキラした笑顔でうなずいておいた。
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