第26話 容疑者希望

 26.容疑者希望


 俺たちはダルカン大将軍が出て行った後、

 何も言わずに見つめ合っていた。


 こんな時は緑板スマホで検索! に限るのだが、

 今回に限って、誰も動かない。

 そうだよな、俺が確認すべきだろう。


 確かに、心当たりはあった。

 なぜ、”鑑定の儀”で俺が補助魔法の属性と判明した時、

 国王だけは顔をゆがませ、母は震えていたのか。

 そしてそれ以降、国王からの扱いが最悪になり

 最近ではついに”死”まで願われるほどになったのか。


 それは俺が国王の子ではなく、

 ”勇者の子ではないか?”

 という疑惑が生まれたからではないのか。


 しかし勇者は先んじて行方不明になっていたのだ。

 第三夫人になった時にすでにお腹にいたなら、

 臨月までにはバレそうなものだが。


 だから国王も確信が持てず、

 今日まで生かされてきたのかもしれない。


 ……考えても仕方がねえ。

 俺はそっと緑板スマホを出した。

 他の三人が、俺に注目している。


 俺が文字を入力し始めた時に、ジェラルドが言った。

「……その検索結果が何であれ」

 フィオナが笑いながら言う。

「王子がこの世にいてくれて」

「本当に嬉しいわ、レオナルド」

 エリザベートが俺の肩に手をかけて言う。


 誕生日だって言われない言葉だ。

 俺はどういう顔をして良いか分からずうなずき、

 緑板スマホの表示画面を掲げ、彼らに検索結果を見せた。


 ************


「さあ、説明していただこうか」

 ずらりと並んだロンデルシア国の宰相や大臣たちを前に

 俺たち4人は、宿題を忘れた生徒のように立たされていた。


 彼らは険しい顔で俺たちに言った。

「大蛇グローツラングの討伐、見事の一言に尽きる。

 また国宝をお守りいただいたことについては感謝の念に絶えない。

 ……だが、しかし!」

「今回の騒動、少なからず

 シュニエンダールが関わっていることが確認されている!」

「合成魔獣の襲撃、国宝の強奪計画……

 いや、そもそも魔獣襲撃が多発していることも含め、

 知っていることを全て言っていただこう!」


 三人より一歩前に出て、俺は彼らに言った。

「……時間がもったいねえ。正直に言う。

 その全てに俺たちは無関係だ」

 俺の言葉づかいとその内容に、大臣たちは不快を露わにする。

 腰の刀に手をかける奴までいるが、そんなの気にしてられるか。


 今一番大事なのは、論理的な説明と実証。

 いつだって不確かな現実を

 自分の思う形へと変えるのは、行動だけなのだ。


 俺はハッキリと宣告する。

「今回の首謀者は、俺にも確定できない。

 ここでどんなに議論しようと、答えは出ないことだ」


 大臣たちは驚き、怒りと不信の声をあげる。

「ふざけるな、その前に知っていることを吐け!」

「大蛇を倒し、国宝を守ってくれたことは感謝する。

 しかし関与していないという証明にはならんぞ」

「被害が出ているのだ。このままではすまないぞ」

 皆さんのおっしゃるとおりだ。俺はうなずく。


「そもそも俺をこの国に呼んだのはこの国だぜ?

 知っていることと言えば、第二王子が失態を犯したため、

 代わりに魔獣討伐するよう要請が来たこと、くらいか。

 後はそれを倒した後、いかにも怪しい襲撃があったので

 これは誘導であり狙いは王都だと判断したってだけだ」


「では、どうしてシュニエンダール国の使者に

 偽物が紛れ込んでいると思った?」

 強面の大臣が怖い目で俺を睨む。


「ここに来た時に違和感を感じたんだ。

 シュニエンダール国の使者は、決して単独行動しないんだよ。

 常に、互いを見張らせてるんだ。

 それなのにボッチのやつが挨拶に来るんだ、おかしいだろ?」


 黙り込む彼らに、俺は続ける。

「いいか、よく聞いて考えてくれ。

 俺たちが今回の計画に関わっているなら、

 それをわざわざ阻止した理由はなんだ?

 大蛇を倒し、合成魔獣の弱点を教え、国宝を守った理由は。

 この国の信用を得るためか? 得てどうする?

 ”同盟を組んで、一緒に戦争してくれ”とでも言うのか?」


 大臣の1人がはむっとして言い返す。

「そんな要求、受けるわけないだろう」

「そうだ。俺がこの国の信用など得ても、宝の持ち腐れだ。

 言っておくが、俺はあの国で自軍も持たず、

 帝王学も受けていない。噂どおりのクズ王子だ」


 俺はずらりと並んだうちの一人に、尋ねる。

「この国にもし、使い物にならない奴がいたらどうする?」

 その男はムッとして答える。

「使い物にならない人間なぞいない。

 指示を与える人間が未熟なだけだ」


 俺はそれを聞いて、ちょっと言葉に詰まり。

「……ロンデルシアが心底羨ましくなったよ。

 ここの王子、いや国民に生まれたかったな。

 残念ながらうちの国ではそうじゃない。

 ”都合が良い時の捨て駒”に使うんだ」


 ざわめき、視線を交わし合う彼ら。

 俺の言葉の重さに動揺しているのだ。


 俺はもう、決意を固めていた。

 これを彼らに告げるということは、

 アイツに対する宣戦布告でもあるのだ。


「このまま俺を帰すわけにはいかないって気持ちもわかる。

 だから俺のことは信用しなくて良い。痛くも痒くもねえ。

 ぜひ俺を、この国に起きた事件の容疑者として扱ってくれ」

 驚いて彼らは俺を見ている。

 こいつは何を言っているのだ? という顔で。


「そして俺はその嫌疑を晴らすため、

 ”危険レベル最大値の無主地”に行こう。

 ロンデルシア近辺ならどこでも良い」

 俺の申し出に、彼らの口は開いたままだった。


 無主地とは、国際法において、

 どの国にも領有されていない土地を指す。


 そこに厄介な魔獣や妖魔が出現した時、

 どの国も被害にあう可能性を持ちながらも、

 自国の軍を出すのは場所だ。


 そこに送られるのは、

 自分の力を示したい者や賞金稼ぎだけでなく

 国際的な犯罪を犯した者、またはその疑いを持たれた者なのだ。


 あぜんとする彼らに、俺は笑顔で言う。

「俺がそこで倒せればこの国にとってもラッキーだろうし

 ウッカリ死んでも損はない話だろう?」

 そして笑顔を打ち消し、真剣に頼んだ。

「俺はどのみち、国には帰れない。

 帰るわけにはいかない。

 頼む! 俺をこの騒動の容疑者として送ってくれ!」


 ダルカン大将軍が立ち上がって言う。

 俺にではなく、ロンデルシアの重鎮たちに。

「シュニエンダールはいつも、真実とは真逆のことばかりだ。

 ”最強”と自称した聖騎士団はあのような無様な結果となり、

 第二王子の実力とその性格は最低のものだった。

 ……ならば、シュニエンダールに

 ”クズ王子”と呼ばれる彼はどうなのだろうな?」


 彼らは黙って俺を見た。


 そして一人が、不満げに俺に言った。

「我々は真実を知りたいだけなのだが……」

「俺もですよ。だから、離れてんだ」

 俺が”この騒動の容疑者”となり、

 そのような危険な場所に送られたら、

 シュニエンダール国王はどう出るか。


 異議を唱え、俺を助けようとするか?

 ”最も過酷な場所に送ってやろう”と言っていたのだ、

 大喜びで見殺しにするか?

 それとも。


 他の大臣もため息交じりに言う。

「……まったく、ロンデルシアを何だと思っている。」

 その隣の大臣も、あきれ顔でうなずく。

「大蛇を倒し国宝を守った恩人を、

 容疑者として無主地に送るなど、言語道断」


 他の重鎮もやれやれといった体で、立ち上がった。

 そしてダルカン大将軍に向かって言う。

「ロンデルシア国王に至急、宣告していただこう。

 ”我が国の魔獣討伐に対し、

 シュニエンダール第三王子たちは多大なる貢献を行った。

 その力量と資質を見込み、彼らに無主地への派遣を依頼した”と」


 無主地への派遣依頼は、各国の国王が権限を持っている。

 それを受けるも断るも本人の自由だが、

 第三者が反対したり、阻止することは許されていない。

 そんなことをすれば、無主地の危機の解決が遅れるからだ。


 俺は彼らに感謝し、頭を下げた。

 後ろに立つエリザベート、ジェラルド、フィオナも礼をした。

 それを見て、誰かがつぶやいた。

「見た目は女性のような美しさだが、なんと豪胆な……」


 ダルカン大将軍が嬉しそうにつぶやく。

「彼はあの、ブリュンヒルデの息子だぞ?」

 何人かの重鎮が息をのんだ。


 俺は大将軍に笑いかける。

 彼はさっき”全ては過去となった”と嘆いていた。

 何もかも悪夢のまま終わってしまったと思っているのだ。


 それは間違っている、と伝えなくては。


「弓矢はまあまあだけど、剣術は月並みなんだ。

 魔法の属性だって、補助魔法だけだからさ」


 親父と一緒で。


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