第25話 第三夫人の真実

 25.第三夫人の真実


 ダルカン大将軍が勇者の名を告げた時、

 俺たちは声も出せずに、彼を見ていた。


 次兄が魔獣を前に遁走し、

 ロンデルシアに”代わりにお前が来て戦えや!”

 と言われた時は心底参った。


 しかしここに来たことで、

 俺の補助魔法の数字が”累乗根の係数”であることを知った。

 そしてロンデルシアの国宝が”勇者の剣”だと知った時。

 俺は少なからず、運命めいたものを感じていたのだが。


 まさか、勇者のパーティに属した人物と知り合うだけでなく

 自分の母親もその仲間だったとは。


 俺は片手を頭に手をあててつぶやく。

「マジかよ……あの、母上が? 勇者と一緒に戦ったなんて」

 俺の記憶の母上は、いつも華美なドレスを着せられ、

 窓辺で遠くを見ていた姿ばかりが思い出されるのだが。


 彼は笑ってうなずく。

「ブリュンヒルデの弓矢の腕は素晴らしかったぞ。

 その姿も含めて、まるでエルフのようだった」


 そして、ちょっと悲し気に俺の目を見て言う。

「そして、なんというか、この先は……

 殿下にとっては辛い話になるが、しかし!

 貴方の”生”は祝福されたものであることに間違いはない。

 それだけは、先に言っておこう」


 俺は察し、そして納得がいった。

 彼が皆に信頼されているのは”最強だから”ではない。

 ダルカン大将軍は誠実で、

 とても思いやりのある人物だから信望を集めたのだ、と。


 俺は先に、笑顔で告げておく。

「……知ってますよ。望まぬ結婚だったことは。

 ”世界一の美女”と銘打たれたばかりに、

 結婚間近の恋人と別れさせられ、

 強制的に国王の第三夫人にさせられた、と」


 ダルカン大将軍は驚いた後、顔をゆがませる。

「ご存じだったか……いや、そうなのか? 結婚間近の恋人……

 シュニエンダールでは、そういう事になっているのか」


 あぜんとする俺たちから離れ、彼は一人でつぶやく。

「まあ、そのほうが一般の人々は納得するだろうな。

 ブリュンヒルデは間違いなく、

 世界一の美しさを持っていたから」


 俺は彼に問いかけた。

「国王が母を召した、真の理由は何なのですか?」

 もちろん検索すれば出るだろう。

 でも、俺はこの人の口から聞きたかった。

 この人は今まで、誰にも真実を言えなくて、

 ずっと抱え込んできたのだ。


 彼は大きくうなずき、俺の目を見て言った。

「……国王の属性は光、だな? 

 それは聖なる力を得ることで、さらに強大な力を持つ。

 だから聖女を妻に迎えた。今の王妃がそれだ」

 俺たちはうなずく。


 大将軍は憂鬱な面持ちで続ける。

「あの王妃……イライザは、最初は俺たちのパーティにいたんだ。

 聖女として目覚めた後、治療・回復役として参加していた。

 最初はとても献身的だったし、一生懸命だったが」


 そこで言いづらそうに、俺から目を逸らす。

「勇者とブリュンヒルデが結ばれたとたん、

 イライザは何も言わずパーティを抜けた。

 彼女が命がけで戦っていたのは、人々や世界のためじゃなかった。

 勇者ただひとりのためだったんだ」


 献身とか自己犠牲とかあんまり好きじゃない俺は、

 彼女を批判する気になれずに首を傾けた。

「気持ちはわからんでもないよな。やってられないだろ。

 自分の力だしな、何にどう使おうと個人の自由だ」


 ダルカン大将軍は目をまんまるくした。

 俺の物言いにドン引きしたのかと思い来や。

「……それと同じことを、ダンも言っていたよ。

 ”彼女の力の使い方は、彼女が決めることだ”と笑って。

 だから誰も、抜けることは責めなかった」

 勇者ダン・マイルズ。どんなヤツだったんだろう。

 俺は不思議な気持ちになる。


 ダルカン大将軍は急に険しい顔になって言う。

「確かにそれだけなら、良かったんだがな……

 イライザはまさかの行動を起こしたんだ。

 まず彼女は教会に行き、自分の力を誇示した。

 ”自分は世界で最もすぐれた聖女である!”

 とみずから宣言したのだ」

「ものすごい売り込みだな。目的は何だ?」


 俺の問いに、大将軍は忌々しそうに言った。

「王妃になるためだ。

 あの国には、力のある聖女は”王族”か、

 ”教会と繋がりの深い公爵家”に嫁ぐという決まりがあるからな。

 しかしイライザは、公爵家との結婚話を足蹴にしたそうだ」

 シュバイツ公爵家のことだろう。

 あの家、あんがい足蹴にされがちなんだな。


「力の強化を欲していた国王は、

 婚約者だった娘を第二王妃に格下げし

 聖女イライザを王妃にしたんだ。

 そうしてあの国は、第一夫人と第二夫人が同時に出来た」

 大将軍の話を聞いて、フィオナが首をかしげる。

「失恋をバネに、成り上がったってことでしょうか」


 ダルカン大将軍はフッ、と笑い、首を横に振った。

「王妃になったのは、単なる目的までの手段だ。

 彼女は国王に進言、いや命じたそうだ。

 ”ブリュンヒルデをめかけにしろ”と」


 俺たち4人は凍り付いた。

 聖女、いや王妃イライザの執念の凄まじさに。


 世界を救い、皆の尊敬を集める勇者とその恋人。

 その仲を引き裂くことが出来る権力を持つのは、

 一国の国王くらいのものだろう。


「しかしそんなの、周囲の国々や世論が猛烈に反対するでしょう」

 ジェラルドが言う。

「だからシュニエンダール国王は周到にやったのだ。

 ……まずは、勇者の消息が急に絶たれた。

 そしてその死亡が断定されたのだ」

 俺は今さらながら気が付いた。

 ”勇者の剣”が、なぜこのロンデルシアにあるのか。

 持ち主がすでにいないということだ。


「”悲嘆にくれるその婚約者を、これまでの功績を労う意味で

 シュニエンダール国王は第三夫人に迎えた”

 ……これが、世界に対して公表している経緯だ」

「自分の妻にするのが褒美って、どうかしてますよね!」

 フィオナがプンプン怒っている。


「まあこの世界では”王族に見初められるのが一番の幸福”

 って考えが根強いからな。

 ”王妃が嫉妬したから引き裂くことにした、

 だって今後、力を貸してもらえないと困るもん”

 って事実を公表するより全然マシだろ?」


 俺が言うと、ダルカン大将軍は苦笑いして言う。

「自分の妃にした理由は、もちろんそれだけではないだろう。

 最初に謁見した時から、シュニエンダールの王太子……

 いまの国王は、ブリュンヒルデから目を離せなかったからな。

 だから”妾にしろ”とイライザに言われたのに、

 第三夫人というくらいを与えたのだろう」


 俺はダルカン大将軍の前に立って尋ねる。

「なぜあなたは真実を知っている?

 あの勇者の剣は、誰がこの国に届けた?」

 彼ではなく、エリザベートが身構える。……どういうことだ?


「キースが教えてくれた。彼はあの国の公爵家だ。

 そして何より、彼は勇者の大親友だった」

 キース・ローマンエヤール。

 俺の記憶ではほんのかすかだ。

 幼少の頃、エリザベートを連れて、

 うちに遊びに来たことがあったはずだが。


 母上と彼の会話では、そんな経緯は全く感じられなかったと思うが

 俺が幼過ぎて気が付かなかったのかもしれない。


 エリザベートは悲痛な声をあげる。

「叔父は、それを阻止できなかったのですか?」

 ダルカン大将軍は悲し気に、エリザベートを見つめて首を振る。

「ダン……勇者が行方不明と聞き、

 あいつはすぐに捜索に向かったのだ。

 そして出先で聞いたのだ。”勇者の死が断定され、

 ブリュンヒルデが第三夫人として迎えられた”、ということを」


 俺は母が亡くなった時を思い出す。

 聞かされるのは事後で、質問も手出しも許されない。

 クソ親父のいつものやり方だ。


「キースがこの国に来て全てを語った時

 あいつは心の底から激昂し、憎悪していた。

 そして俺に勇者の剣を預けて言ったんだ。

 ”沈黙せよ、そして時を待て”、とな」

 そう言った後、ダルカン大将軍は両手で顔を覆った。


「しかしキースは闇魔法に飲み込まれ、公爵に討たれた。

 その翌年には、ブリュンヒルデも事故で亡くなってしまった。

 全てが終わり、過去となったのだ!」


 討たれた? 驚く俺たちに、エリザベートが言う。

「叔父は国王に命じられた実験の際、

 闇魔法が暴発しそうになり……父が止むなく、

 叔父にとどめを刺すことで王都半壊は免れたわ」

 兄が、弟を手にかけたのだ。

 彼女の家で、そんな壮絶なことがあったとは。


 確かに一時期、王城が騒がしかったが、

 母上と俺は常に蚊帳の外だった。……いや、母上は知っていたのか?


「国王が命じていた、いえ、強制した実験だから、

 実質的なお咎めはなかったわ」

「当然でしょう! 逆に家族を失ったんだ、

 訴えたいくらいでしょう!」

 ジェラルドは激怒するが、エリザベートはうつむいたままだ。


 俺はふと、エリザベートに問いかける。

「そんな暴発を起こすなんて、何の実験だったんだ?」

 エリザベートが苦痛に顔をゆがめる。聞くんじゃなかった。

 しかし彼女は答えた。

「……魔獣や妖魔の融合よ。より強いものを作るために」


 全員が黙り込む。

 今回出現した、正体不明の魔獣。まさか、あれは。

「叔父の研究を引き継いだ者がいるのね」

 エリザベートは暗い瞳でつぶやく。


 しばらく、沈黙が続いた。


「……まさか王妃がラスボスとはなあ」

 俺は両手を頭の後ろで組んでそっくり返り、つぶやく。


「嫉妬は仕方のないことですが、行動は別ですよ。

 汚すぎです! 聖女の風上にもおけません!」

 フィオナが憤慨しながら言う。

「確かに、そんな人間が聖女だと思うとゾッとしますね」

 ジェラルドも難しい顔をする。


 その時、入り口で侍従が叫ぶ声がした。

「ダルカン大将軍! 皆さまがお揃いでお待ちです!」

「わかった! すぐに行こう!」

 そう大声で返事をし、俺たちに向きなおった。

 そして柔らかい笑みを浮かべて俺に言う。


「確かに過去はいろいろあった。

 しかし、重ねて言おう。殿下の生は世に望まれたものだ。

 ブリュンヒルデのためにも、幸福になることを祈っている」


 そう言って彼は、ふたたび両手で俺の頭を包んだ。

「殿下はすでに、かけがえのない仲間をお持ちのようだ。

 あの頃の我らのような。

 ぜひ、シュニエンダール国を良きものへと変えてくれ」


 大将軍にそう言われ、俺は困ってしまう。

「俺自体はたいした人間じゃないんだが」

「そんなことありません!」

「そうよ、だって……」


 みんなのフォローを片手で制して、俺は言う。

「剣の腕も普通だし、魔力の属性も王族とは思えないものだ。

 たいしたことはできないよ、俺には」


 ダルカン大将軍はそれを聞き、大笑いしながら部屋を出て行く。

 聞き捨てならない言葉を残して。

「勇者だってそうだったぞ? 剣術なんて月並みだ。

 魔法の属性だって、補助魔法だけだったからなあ! ハハハ……」


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