第24話 ロンデルシアの国宝

24.ロンデルシアの国宝


 魔獣対策のが、正体不明の魔獣に襲われている、

 との報に、俺たちは騒然となった。


 伝令の兵士は怯えたように叫ぶ。

「見たことも無い魔獣でした!

 ブクブクした白い体に、硬そうな尖った羽を生やし

 口から強い酸をまき散らしながら飛び回って!

 時おり触手で人間を捕らえて食べるんです!」


 なんじゃそら、バランスの悪い生き物だな。

 甲虫の羽が生えたクラゲって感じか?

 横でエリザベートが、目を閉じて考え込んでいる。


 それにしても、まるで魔獣が狙ったかのように

 宰相や大臣など、国の重鎮が集まる指令本部を襲ったというのか?

 俺は他の三人と顔を見合わせた。


 馬上で伝令は声を張り上げる。

「実働部隊はほとんど討伐に出かけているため、

 防御するのがやっとの状態で留まっております!

 早くお戻りください! お願い申し上げます!」


 ダルカン大将軍はすぐさま、部隊に帰還指令を出した。

 そして俺たちを振り返って言う。

「殿下もぜひ、ご同行願いたい」

「いや、俺たちは行かない。それでは相手の思う壺だろう」

 俺は即答した。


 一瞬眉をひそめた後、ダルカン大将軍は目を見開いた。

「そうか」

「ああ、だから俺たちは王都を目指す」


 魔獣が指令本部の位置なぞ、知るわけが無いのだ。

 知っているのは……人間だけだ。


 誰かがこの機に、ロンデルシア国を陥れようとしている。

 重鎮を中途半端に攻撃するなど、どうみても誘導じゃないか。

 今一番手薄になる主要な場所は、間違いなく王都だ。


 大将軍が目を細めてつぶやく。

「誰だ、黒幕は……」


 検索していた三人が、同時に小さな叫び声をあげた。

 しかし、誰がたくらんだことなのかは言わない。

 そのことで真犯人が誰なのか、俺は気付いてしまった。


 これの首謀者は間違いなく、シュニエンダール国王クソ親父だ。


「……まだわかりませんが、注意すべきはわが国、

 いえ、正確には”シュニエンダールの兵のフリをして

 この地に紛れ込んでいる者”でしょう」

 親父がそうそう、シッポを掴ませるわけがない。

 いつでもように身元は作ってあるはずだ。


 ”こいつはシュニエンダールの者ではない!

 これはわが国を陥れるための罠だ!”

 そう言い逃れできるように。


 大将軍は俺を見据えて答える。

「確かにこの20年近く、互いを見張る状況が続いていたな。

 その関係を改善するための婚姻でもあったわけだが。

 ものの見事に台無しになったな」


 あの、想像以上にポンコツな次兄のせいで。

 いや、それも国王親父の計算のうちだ。


 次兄あのデブがたいして戦えないことなど、

 国王は誰よりも知っていたはずだ。

 おそらくロンデルシア国と共に

 魔獣の犠牲になってもらうつもりだったのだろう。


 その方が、ロンデルシアが甚大な被害を受けた時、

 近隣諸国に疑いの目をむけられても、

 ”我が国も大切な王子を亡くした”と被害者面できるからな。

 まさか我が子を犠牲にしてまで、

 こんなテロ行為を行うとは誰も思わないだろう。

 ……俺以外は。


 しかし親父の予想が大きく外れたのは、

 次兄が想像以上に根性無しで、ことと、

 ロンデルシアが代わりに俺の出陣を要求したことだ。


 まあ国王親父はそれすらも、

 ”俺を抹殺する良い機会”だと思ったろうが、そうはさせるか。


 ダルカン大将軍は馬を引き寄せながら

 俺に悪戯な笑みを見せて言う。

「シュニエンダールの兵のフリか。では、殿下は本物か?」

 確かに、疑わしいか。俺は苦笑して答える。

「俺がニセモノなら、王都に向かわせるのは危険ですね。

 じゃあ交代しますか? 俺が本部に向かい……」


 ダルカン大将軍はそれを片手で制して言った。

「いや、殿下はまぎれもなく、

 ”シュニエンダールの光玉”の息子だ」

 そう言って、彼は自分の胸に輝く勲章をはずし、俺に手渡した。

「これを見せれば城内に入れる。国王にも謁見できるだろう」


 その彼にエリザベートが叫ぶ。

「正体不明の魔獣はおそらく、地中に棲まう陰獣と

 飛行できる妖魔を、何らかの手法で結合させたものです!

 水か、光の属性がと想定されますわ!」

 ダルカン大将軍は驚いた後、彼女にうなずいた。


 そして手綱を引きながら俺に叫んだ。

「王都を頼むぞ……後で必ず会おう!」


************


 俺は走り去っていく彼を見送った後、

 三人に振り向いてたずねる。

「……国王おやじだろ?」

 彼らは戸惑いつつも、黙ってうなずいた。


「”シュニエンダール国王は手始めに、

 最も邪魔になりそうな

 ロンデルシア国の国力を削ぐことから始めた”」

 フィオナが恐ろし気に読み上げる。


「”多くの魔獣を同時に襲わせ、

 その隙に国の重鎮たちを攻撃し、

 首都に隠されたを奪う作戦を実行した”」


 顔をゆがませて、ジェラルドが読む。

 自分の主君が恐ろしいことを企んでいたのだ。

 正義感の強い彼には耐えられないだろう。


 なるほど、国宝を奪うことが一番の狙いか。


「……ダメだわ。国王が魔獣をどうやって操っているのかを

 検索しても、未検出になってしまうの」

 エリザベートが悔し気に言う。


「操っているのは国王ではない、ということ?」

「それだと”襲わせた”のは誰だ?」

「……他にも協力者がいますね」

 フィオナと俺、ジェラルドが話しているのを

 エリザベートが苦し気な顔をしている。

 何を案じているのだろう?


「まあ今は、計画を阻止することに集中しようぜ」

 俺の言葉に、エリザベートがうなずく。

 俺は緑板スマホを取り出し、検索画面に入力する。

 ところで奪おうとしている国宝って、何なのだ?


 出てきた答えを見て、俺は思わず噴き出した。


 ************


 俺たちが指令本部に到着する頃には、

 ほとんど事態は収まっていた。


 さすがは武と力を誇るロンデルシア国、

 突然の襲撃に関わらず、その被害を抑えることができたようだ。


 聞けばダルカン大将軍は戻るなり、

 魔力を持つ部下に命じて、蔓延する謎の魔獣たちに、

 ありったけの水の攻撃魔法で攻撃させたそうだ。

 光属性を扱えるものはいなかったが、

 それが弱点と知れば、無駄のない攻撃ができる。


 ものの数分で全ての妖魔は鎮圧され、

 集まっていた重鎮や、多くの兵の命は救われたのだ。


 同時にシュニエンダール国からの使者を全て拘束した。

 今しがた、そのうち数人は

 ”偽物”だったということが判明したらしい。

 ま、”作戦が失敗した場合はそう答えろ”と言われているんだろう。


 俺の顔をみるなり、ダルカン大将軍は駆け寄って来た。

「王都は?!」

 俺は肩をすくめて答える。

「こっちも簡単だったよ。

 真の狙いがあからさまだったからな」


 宰相や大臣たちが襲われたら、国王はどうなるか。

 間違いなく、彼だけでも避難させようと周りが動くだろう。

 それが一番の狙いだったのだ。


 ロンデルシア国には、世界に一つしかない

 大変貴重な物が秘蔵されていたのだ。

 国王はそれを持って、必ず退避することになっている。

 それは国内だけでなく、諸外国まで周知されたことだった。


「宝物庫を開ける直前でしたよ。

 事情を説明したら、協力してくれましたよ。

 ”開けたふり”、してくれたんです」

 ジェラルドが笑いながら言う。


 全てダルカン大将軍が貸してくれた勲章のおかげだ。

 彼に寄せるこの国の信頼度は、

 半端なものではないだろう。


 フィオナがロンデルシア国王たちと共に

 大切そうにそれを運んでいたところ、

 から数人の刺客が現れたのだ。


 黒づくめで目の部分すら網目状の布で隠された集団だった。

「忍者みたいでしたねー」

 フィオナは呑気に笑って言う。


 ぐるりと取り囲まれる直前に、彼らはあっけなく、

 ジェラルドとエリザベートに秒で捕縛されることとなる。

 あまりの速さと、その後の衝撃に

 彼らは自分たちに、何が起こったのかすらわからなかったようだ。


「その者達はどうした?!」

 エリザベートが婉然と笑って答える。

「すぐに吐かせましたわ。黒魔法を使えば簡単ですもの」

「なんと! すぐにか?!」

 驚くダルカン大将軍にエリザベートはサラッという。

「ええ。逃走はもちろん、自害する間も、

 仲間による口封じすらさせないのが公爵家のやり方ですから」


 彼女は真っ赤な目を光らせ、縛り上げられた彼らを尋問したのだ。

 刺客たちは元世界のマーライオンのように、

 ジャバジャバと秘密を吐いていた。


 それを横目で見ながらフィオナには

「浮気は絶対できませんね」

 と言われ、ジェラルドには

「誠実に生きましょう、それが一番です」

 と諭されてしまった。なんでだよ。


 俺は床に転がった彼らを思い出す。

 彼らは恐怖に怯えていた。

 エリザベートを恐れているのではなく、

 ”話してしまった”ことが、命令を下した者にバレることを。


「まさか、あれが狙いだったとは……」

 ダルカン大将軍が考え込む。

 俺はうなずき、笑った。

「まさか、ここにあるとは。

 いや、実在するとは思わなかったよ」


 ロンデルシアの国宝とは。


 それは、”勇者の剣”だったのだ。

 ”魔王”を倒せるという、唯一の剣。


 俺もフィオナもジェラルドも、

 現実世界ではゲーム好きだったので

 実物みたさに内心は転げまわっていたが、

 必死にそれを抑え、ロンデルシア国王に封じておくよう頼んだのだ。

 ……フィオナは最後まで、涙目で宝物庫を見つめていたが。


「刺客はなんと?」

「辺境民族がたくらんだテロ、だとさ。

 そんなわけあるか。適当な理由作りやがって」

 俺が腹立つのは、それが公表された場合、

 罪を擦り付けられた辺境民族が

 世界中から厳しい弾圧を受けることになるからだ。


「いかにも、”作られた設定”といった理由ですな」

 ダルカン大将軍も呆れたように吐き捨てる。

「でもまあ彼らは雇用主に、

 本当にそうだと教えられていたんだろうな」

 俺は苦々し気につぶやく。

 企業で言えば、下請けの下請け、孫請けといったところか。


 エリザベートは俺たちをなだめるように

「聞き出せたのは指示を受けた場所や状況も、よ。

 辺境民族でないのは確かだわ」


 俺はつぶやいてしまう。

もツメが甘いよな」

 そういってダルカン大将軍を見上げた俺に、

 彼はじっと視線を返し。


「……少し休まれたらいかがかな? さあ、こちらへ」

 そう言って簡易的なテントの中に俺たちを案内する。

 そして彼以外の者を人払いしてくれた。


 勧められた椅子に座る前に、

 彼は俺の頭をむんずと両手で抱え込んだ。

 エリザベートとジェラルドが一瞬、警戒するが。


 ダルカン大将軍の目には涙が浮かんでいた。

「瓜二つだな。あの男の血など、微塵も感じさせぬ」

 そうして手を離し、俺の前に膝をついて言った。


「俺は昔、パーティを組んでいたんだ。今の君たちのように」

 えっ!? 俺たちってパーティなんだ。

 まあ確かに、戦士と魔法使いと僧侶はいるけどな。

 肝心なものがいないだろう。


 エリザベートが彼に言う。

「……聞いたことがありますわ。私の叔父が一緒だったと」

 ダルカン大将軍はハハハと笑ってうなずいた。

「そうだ! あのひねくれ者のキース・ローマンエヤール!」

 エリザベートはどこか哀しそうに笑っている。


 ダルカン大将軍はそれに気づくことなく、

 楽しそうに笑って言う。

「あいつは性格に難はあったが、心根は良いやつだった。

 何しろ天才的な魔導士だったからな、強かったぞ?

 それから途中で抜けた聖女の代わりに加わった

 生真面目な僧侶ユリウス、常に優しかった」


 彼は俺の顔を見ながら懐かしそうに続ける。

「そして弓矢の名手”シュニエンダールの光玉”、

 つまり君の母君であるブリュンヒルデ……そして」


 彼は急に笑顔を消し、辛そうな面持ちでその名を言ったのだ。

「……世界を救った、勇者ダン・マイルズ」

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