第21話 第二王子の出陣
21.第二王子の出陣
「……何をしにきた、レオナルド」
ゴテゴテした軍服を着けたフィリップは、
不機嫌そうに俺に言う。
俺はそんな次兄に笑顔で返す。
「もちろん、これから凱旋される兄上のお見送りですよ。
レティシア様には事前に了解を取り、
”ぜひ、いらしてください”とのお言葉いただきましたが。
お聞きになっていませんか?」
フィリップはフン、といってそっぽを向いた。
まあ、聞いているわけねえだろ。
めちゃくちゃ仲が悪い婚約者同士、
まともな連絡も取りあっていないようだから。
うちの
武力に秀でたロンデルシア国に頭を下げて、
やっと迎えることができたのがレティシア嬢だ。
しかし彼女の顔を見たとたん、
次兄は露骨に嫌な顔をしたのだ。
神経質そうな縦長の尖った顔に、やぶ睨みの鋭い目つき。
愛想もなく、始終不満そうな顔をしている女だった。
口の悪い侍従たちの間ではすぐに噂になった。
”国内で貰い手のない令嬢を送って来たのだろう”、などと。
同時にレティシアのほうも、フィリップを上から下まで眺めた後、
ブクブクと太った体躯を見て顔をしかめていた。
不満を顔だけでなく態度にも
式典やパーティ以外はあてがわれた私室に引っ込んでいる。
しかも彼女は我慢ならなかったようで、
”あのような姿で戦えるのか疑わしい。
本当に私の婚約者様は、身上書にあった通り、
と、ロンデルシアの父に、手紙を出したのだ。
そこで今回の、魔獣討伐の応援依頼が来たと、
「まあ、レオナルド王子。来てくださったのね」
横から声がかかり、レティシアがしずしずと歩いてくる。
俺は片膝を付き、礼をした。
「魔獣討伐で我が国が力添えできることを嬉しく思います。
兄上は必ずや、数多くの大魔獣を屠ってくれることでしょう」
俺はさりげなく、レティシアの期待値を上げておく。
彼女は初対面の時から、俺には好意的だった。
まあ俺は、”黙っていれば王子様”だからな。
レティシアはツンとすまし、常にあごを上げており、
俺に鼻の穴を見せびらかしながら言う。
「当然ですわ。ロンデルシアは力なき者は認めませんもの」
すかさず、フィリップが俺を指して言う。
「じゃあコイツはゴミ同然だな。何の能力も無いから」
俺はそれを笑顔で受け流し、
キラキラを振りまいてレティシアに言う。
「これでも軍で剣の腕を磨いたのですが。
確かに貴女を守る力としては、兄には及ばないかもしれません」
レティシアは顔を真っ赤にして口元を扇で隠し
「そっ、そんなことありませんわっ!
戦は魔力だけではございませんもの!」
その通り。戦いは魔力や武力だけじゃない。
知力も重要なファクターだ。
「今回の行軍、指令本部までご同行されるとお聞きしました。
微力とはいえお守りできないのは残念ですが、
レティシア様のご無事をお祈りしております」
そう言う俺をウットリと見つめるレティシアを見て、
フィリップは舌打ちをする。
その時、侍従が兄に伝令を伝えた。
「そろそろ出立のお時間です」
兄は俺を向いて、いやらしい笑みを浮かべた後に、
侍従に向かって叫んだ。
「おい! 俺の護衛を呼べ! 任務の始まりだ!」
そうして俺に向きなおって言う。
「生きて帰れるか分からないからな、最後の挨拶をさせてやる」
しばらくの後、護衛が入って来た。
「あー、
フィリップは偉そうに言う。
俺の読み通り、面談など一切していないようだ。
フィリップは彼らに言う。
「あんな守ってもしょうがないクズ王子より、
第二王子である俺に拾われて光栄だろう?」
「はいっ!」
「光栄であります!」
「望外の喜びです!」
3人は威勢よく返事をする。
それを聞き、フィリップは顔をニヤけさせる。
「お前ら、よくわかっているようだな」
そして満足そうにレティシアに言う。
「こいつらの戦歴も、俺には及ばないが結構なものだ。
”魔獣グムンデルド”すら倒す実力を持ち
この間は……デスワームを瞬殺したそうだ」
俺は耐え切れずに吹き出した。
3人の護衛は焦った目で俺を見てくる。
こいつら、また経歴書に
まあこちらとしては、正直に話されるより都合が良かったが。
「王子! 出立のお時間です!」
侍従が顔を出す。
「それでは、行って参りますわ」
レティシアが名残惜しそうに俺に言った。
「では、行くぞっ!」
フィリップはイライラと護衛の彼らを促す。
「へ? どちらへ?」
1人が間の抜けた声を出す。
「魔獣討伐に決まってるだろ! 早くしろ!」
フィリップ王子はムッとして叫び、先に出て行く。
それを聞き、3人の顔面が蒼白になった。
「え? 王族の護衛なのに?」
「ずっと城にいるだけだから、安全でラクだって思ったのに」
「魔獣と戦うなんて聞いていないぞ!」
泣きそうな声でそう言いながらも、
外から聞こえるフィリップの呼び声に
大慌てで飛び出して行ったのだ。
俺らは彼らに励ましの声をかけた。
「頑張れよ! 元・聖騎士団!」
************
俺は城の城壁から、進軍していく次兄の一団を見下ろした。
横にはフィオナ、エリザベートがいる。
そしてもちろん、ジェラルドも。
「本当に話を聞いてビックリしましたよ。
まさか自分の
本人の知らないうちに変わっているなんて」
ジェラルドが俺に呆れたように笑いかける。
俺は城壁をもたれかかり、片手を縦にして詫びる。
「悪かったな。秘密裏でないと意味がなくてさ。
……お前がデスワームを倒し、喝采を浴びた瞬間。
すぐに思ったよ。”こりゃまた、奪われるな”って」
次兄は俺から”良い物”を取り上げることに
極端に執着しているのだ。
だからあの日、エリザベートに頼んだのだ。
このような事態になることを予想し、
”ジェラルドの所属を、ローマンエヤール公爵家にしてくれ”と。
籍を密かに移動させておき、
”
として、常に俺の周囲に居られるように采配したのだ。
「話を聞いた時はそんなまさか! って思ったけど
案の定だったわね……クズはどっちよ、あのデブ王子」
俺の口の悪さが伝染したかのように、エリザベートはつぶやく。
「でも、こうしておいて良かったんだ。
ジェラルドがローマンエヤール公爵家の者だったからこそ、
スムーズに連絡を取ることが出来たからな」
俺の言葉に、ジェラルドは膝を打った。
「ああ! だから、公爵家領内にも身分証で問題なく入れたし
公爵に直接、拝謁することができたのか!」
エリザベートが側妃にされそうになった時、
ジェラルドは公爵の元に急いだ。
それが即、受け入れられたのは、
彼を”エリザベートが直接雇用した特別な兵”だと、
公爵も認識していたからなのだ。
「あーあ。あの3人、大丈夫でしょうかね」
フィオナが城壁に
デスワームの件で”聖騎士団の名を穢した”とし
クビになったあの3人を、
俺は”護衛”としてスカウトしておいたのだ。
「俺なんざ、ずっと城か宮殿にいるだけだからなあ。
守ってもらうようなこともないが、
形だけでも護衛が欲しくてさ」
そう言うと、彼らは大乗り気でこの話を受諾した。
そして第二王子からの引き抜きがあると
自分たちの地位も昇進すると勘違いしたのか、
これまた大喜びで移動していったのだ。
そこでまた経歴詐称をするとは、
さすがに思わなかったが。
「まあフィリップは魔力あるんだし、
自力で乗り越えろってことだな」
そう言って笑い合い、俺たちはその場を引き上げた。
************
しかしそれから3日後。
事態は
我が国宛てに、顔面蒼白の使者がもたらしたものは。
”シュニエンダール国 第二王子フィリップは敵前逃亡し行方不明。
代わりに第三王子レオナルドの出陣を要請す”
それはロンデルシア国の、激しい怒りに満ちた伝書だったのだ。
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