第20話 第二王子の要求
20.第二王子の要求
俺たちはいつもの通り、俺の宮殿に集まっていた。
惨めな末路を変えるべく、今日も作戦会議だ。
「あんま変わらないかな」
フリュンベルグ国王子からの求婚騒動が収まったので
とりあえず現状を把握しようと
「えっ! どうして?!」
エリザベートが小さく叫んだ。
前回までは確かに、エリザベートの末路はこうだった。
”世界征服を企み、魔力を使って王族たちの殺害を目論み
激しい拷問とはりつけの刑を受けた後、火あぶりで処刑”、と。
しかしそれが変わっていたのだ。
”公爵令嬢の魔力が大暴走し、王族に多大な被害を与えてしまう。
そのためやむなく、西の洞窟に生涯幽閉されることとなった”
西の洞窟は万年、高温の湿度に満たされた地獄だ。
「強火で
俺の後頭部をはたきながら、エリザベートが疑問を呈する。
「でも、おかしくない? 何も状況は変わってないのよ?」
俺たちは考えた。
「……以前と変わったことといえば、
ペラドナ侯爵家が没落したことくらいか」
やはり納品数のごまかしや、魔力のレベル詐称は
王家に対する背信と捉えられ、その爵位は没収されることになった。
謀反のような王族の命を狙った罪ではないため、
すぐに釈放はされるだろうが、
外に出たとたん、彼らは平民となってしまうのだ。
しかも公爵家を手ひどく騙して裏切り、
エリザベートに”下僕になれ!”とまで言い切った彼らは、
公爵家にすがることも許されない。
その生活は困窮極まりないものとなるだろう。
「確かにジョアンナは、エリザベートさんを
彼女に権力とか、影響力ってないですよね?」
フィオナが首を傾けて言う。
「じゃあ他に変わったことといえば……何もないなあ」
俺が頭をかくと、ジェラルドが少し興奮気味に言った。
「僕としては、
それどころか、いきなり言葉を交わすことが出来て望外の喜びだよ。
いやあ、娘のことになると反応が違うようですね」
ジェラルドは国の大英雄との交流に感無量の様子だった。
エリザベートがむくれて言う。
「私なんてどうでも良いはずだわ。
公爵家の損失になりかねない事態だったから、
すぐに動いただけよ」
そういって不機嫌そうに唇を尖らし、
反抗期の娘を横目に、俺はつぶやく。
「後はフリード王子に”貸し”が出来たことかな。
まあ、あの国は魔獣に囲まれて大騒ぎみたいだし
当分は恩返しどころじゃないだろうけど」
ジェラルドもうなずいて言う。
「おそらく大変な事態でしょう。簡単に倒せない魔獣もいますから。
20年くらい前には”勇者”がいて、倒してくれたようですが。
彼が姿を消してから、また世間が騒がしくなっているようです」
フィオナがうれしそうに叫ぶ。
「”勇者”! 現実世界ではゲーマーしか使わない言葉ですよね。
ああ、本物に会ってみたいです!」
「そうだな、俺も会ってみたいな、”勇者”ってやつ」
「いいですね、せっかく異世界に来たんですし」
緑板を見ていたエリザベートが目を見開いた。
フィオナたちはそれに気付かず話を続ける。
「じゃあ移住先を探すのと一緒に、
勇者がどこに行ったのか探してみましょ」
「教会と軍の
エリザベートは手を挙げて叫ぶ。
「待って、みんな! ……どういうこと?!」
彼女らしくない慌てぶりだった。
「今、私はずっと結末を読んでいたのよ。
なにかヒントが得られないかと思って。
そうしたら、いきなり目の前で書き換わったの!」
俺たちが急いで各自の緑板を見ると
結末は大きく書き換わっていたのだ!
”レオナルド王子は、エリザベート公爵令嬢、
聖女と兵士ジェラルドとともに、
勇者を探し出すことにした”と。
しかも、そこで終わっているのだ。
俺は鳥肌が立った。たぶん、みんなもだ。
初めて、俺たちの未来が
陰惨なものから解放される可能性を見出したのだ。
「今回、フリード王子が”勇者”という言葉を出しただけで、
エリザベートの運命があれだけ変わったのなら!」
「もし勇者を見つけ出したら、
我々の結末は大きく改善されるかもしれません!」
笑顔で喜び合う俺たちに対し、
エリザベートは独り、厳しい顔をしている。
……そうか。そういうことか。俺はみんなに告げた。
「俺たちの敵は王家、教会、軍だったな?」
うなずく全員。
「かれらは現在、この魔獣が溢れる状況になっても
ふたたび勇者を探そうともしていない。
つまり勇者の存在は、王家や教会にとって不都合なのかもしれないぞ」
エリザベートは難しい顔でうなずく。
「たぶん、間違いないわ。
なぜか”勇者”という言葉自体が禁句になっているわ」
確かにフリード王子が”勇者亡き今”と言った時、
ローマンエヤール公爵はそれに触れず受け流した。
「”勇者”がなぜ行方不明なのかを、
秘密裏に探らなくてはいけないということですね」
ジェラルドが困惑した表情で言う。
俺は余裕の笑みで彼らに
「まあ心配するな。俺たちには
そういって俺は
しかし画面に出たのは……
「
フィオナの問いに、誰も答えることは出来なかった。
************
俺は突然の呼び出しにため息を付いた。
目の前には第二王子フィリップがいる。
久しぶりに会う次兄は、母親に似て丸々と太っていた。
ニヤニヤと俺の顔を覗き込み、
挨拶などそっちのけで、いきなり要件を突き付けてきた。
「お前の護衛、俺に寄こせ。父上の了解はとってある」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
やはり来たか。あの日のジェラルドの活躍は有名だからな。
国内はもちろん、他国でも取り沙汰されたのだ。
聖騎士団が見掛け倒しであることと、
偶然イベントを見学していた王子の護衛が
ものの見事に魔獣を倒したことは、大々的に世間に報じられた。
ジェラルドはあの後、軍のさまざまな部署から勧誘されたようだ。
女性からも、とんでもなくモテている。
そりゃそうだ、あの甘いマスクに誠実な態度、
軍神のような強さ……
うちの侍女には面と向かって
「ここで働いていて、初めて良かったと思えました!」
などと言われたくらいだ。
俺は戸惑い焦ったように、明後日の方向をみながらつぶやく。
「俺の護衛? んー誰の事だろう。3人いるんだよなあ。
全員、大切な護衛なんだが。一人も欠けたくないほどに」
俺がそういうと、フィリップは一瞬面倒そうな顔になったが
その後、ニヤリと意地の悪さを前面に出し、言い放った。
「じゃあ3人とも寄こせ。全員だよ、全員。
お前は新しく自分で探せ。
そもそも護衛なんていらないだろ、クズ王子なんだから」
俺はここで、少しは抵抗を試みることにした。
「ええっ! 3人とも俺が見つけ出したのに?
せっかく育ってきて、この間も活躍……」
尻つぼみになる俺の言葉を、フィリップはせせら笑って言う。
「何も出来ない役立たずのお前と違って、
国の重鎮である俺には護衛が必要なんだよ。
近々、レティシアの国に出た魔獣討伐の応援に行くんだ。
彼女の父親の前で、俺の強さを見せなくてはいけないからな」
レティシアというのは、フィリップの婚約者の名だ。
大国ロンデルシアの貴族、たしか侯爵の娘で、
気位が高く生真面目なタイプの女だった。
俺はすっかり諦めたように項垂れて言う。
「……それなら仕方ありませんね。
所属の手続きは侍従に任せます」
俺がそう言うと、次兄は満足そうにうなずいた。
そして言ったのだ。
「お前が飼っていたものを
俺は殴り殺したい衝動を抑えて、フィリップに告げた。
「……ご活躍をお祈りしています。出来るものなら、ですが」
俺たちは数秒にらみ合った。
醜い男の顔なんざ見つめるもんじゃない。
すぐに気分が悪くなって、俺は横を向いた。
フィリップは立ち上がりながら言い捨てた。
「手続きは今日中に済ませる、すぐに移動させろ」
************
フィオナが両手で口を押えてつぶやく。
「そんな……なんて勝手な」
ジェラルドも悔しそうだ。
「あの方のために剣を振るう気にはなれません!」
エリザベートは肩を落としてため息をついた。
俺は苦笑いで彼らに言う。
「もう慣れたけどな。あいつはなんでも取り上げてきた。
偶然仕入れることが出来た名馬、気の利く侍女、
譲り受けた宝剣、それから、珍しい動物」
俺は幼い頃、珍獣ファルファーサに”ファル”と名付けて飼っていた。
元世界のポメラニアンに似た生き物だった。
俺はすごく可愛がったし、ファルも俺になついていた。
しかしある日、外出から帰るとファルの姿が見えない。
侍女に聞けば、フィリップが強引に奪い去って行ったと言われたのだ。
”国王の了承済みだ!”、と言い残して。
あわてて母親と一緒に取り戻しに行くが、全然相手にされない。
そうして2週間後。
諦めずに訪問した俺たちに、アイツは言ったのだ。
「ああ、あの生き物ね、死んでたよ。
悪りい、エサをやるのを忘れてたわ、ハハハハハハ」
俺の話を聞き、フィオナは見たこと無いほど怒っていた。
眉間にしわを寄せ、食いしばった歯から声を絞り出して言う。
「フィリップの死因は餓死ということで決まりですね」
いきなりの王族呼び捨てに、俺の方が困惑してしまう。
それに怖いよ、元・聖女の裁き。
「あら、それだけでは足りなくない?
当時のレオナルドとお母様の気持ちを思うと、
その前に死ぬほどの恐怖を味合わせたいわ」
横を見ると、エリザベートも恐ろしい顔をしていた。
真っ白な顔に真っ赤な目が
ほんのり浮かんだ笑みが余計に怖かった。
ジェラルドも怒りを抑えた声で
「魔獣の討伐中に、剣が滑るかもしれませんね」
俺は手を振って止めた。
「いや、みんな気にすんな。
あいつはあいつで、自業自得の結末になるだろうよ」
フィオナとジェラルドが不思議そうな顔をする。
エリザベートと目を合わせた後、
俺は彼らに、驚きの事実を伝えたのだ。
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