第19話 ペラドナ侯爵家の失墜
19.ペラドナ侯爵家の失墜
エリザベートの父、ローマンエヤール公爵は、
漆黒のマントをひるがえし、ゆったりとこちらに歩いてくる。
居合わせた貴族全員に緊張が走った。
ぞろぞろと後に続く彼の兵たちも黒づくめだった。
ただ一人、ジェラルドをのぞいて。
そして公爵は、俺とエリザベートに一瞥もくれず、
フリード王子とジョアンナの目の前に立った。
ローマンエヤール公爵当主。
幼少のころからとびぬけた才能を発揮し
剣技と魔力の両方で国の最高位を修めた男だ。
国を恐怖に陥れた怪物ヒュドラを難なく倒し、
危険な武器を保有する反政府勢力も掃滅。
この国を攻め込もうとした1国を
たった独りで制圧したこともあった。
国内において絶対的な権力を持っているだけでなく、
他国とのつながりも広く、深い。
貴族はいっせいに腰をかがめて平伏している。
フリード王子も最敬礼し、挨拶を述べ始める。
「拝謁賜り、恐悦至極に存じ奉り……」
その横でジョアンナはカーテシーもせず、
必死に自分の両親を見つめていた。
”ヤバいわ、どうしたら良いの?”と言う表情で。
公爵は片手を上げ、彼らを見下ろしながら言う。
「シュニエンダールの王からの通達では
エリザベートを他国に嫁がせる条件として、
決してこの国を攻撃しないという盟約を結ぶ、とあった。
国内の事例のみにその力を使わせよ、と」
なるほど。他国で”飼い殺し”にして欲しかったのか。
公爵は淡々と続ける。
「それが側妃とはどういうことだ? ご説明願おう」
フリード王子は汗をかきつつも答える。
「正妃ともなれば、他国との外交は不可避でございます。
国内のみとなれば、側室がよろしいかと判断しました。
事実の誤認による手違いでございます。
即時、取り消させていただきます」
公爵は沈黙した。誰もが息を潜めている。
フリード王子は焦り、早口で詫びを述べる。
「エリザベート様に深くお詫びを申し上げます。
ご無礼極まりない申し出をしてしまい、
大変失礼いたしました!」
公爵はまだ、何も言わない。微動だにせず見下ろしている。
フリード王子はジョアンナに顔を向け、眉をひそめる。
早くお前も謝れ! と言っているのだ。
「お、叔父様、違うのです。
私、フリード王子に選んでいただいて嬉しかったんですが
一人ぼっちで国を出るのが心細くって、それで」
「それでお前の下僕になれ、と言ったのか」
その言葉に、ジョアンナとその両親は硬直してしまう。
公爵に、聞かれていたとは!
「あれは心細いって態度じゃなかったな」
「婚約者もいるエリザベート様に頼むこと自体おかしいだろ」
周りの貴族も”流れ”を読み、ジョアンナを叩き始める。
結局貴族は、その場にいる”最も権力を持つ者”に従うのだ。
ローマンエヤール公爵は、やっとエリザベートに振り向いた。
「元々今回の話は、お前が決定権を持っている。
フリード王子の話を受けた場合、
殿下との婚約は自動的に解消される取り決めだ。
断った場合はそのまま継続される」
「……結果はご覧の通りですわ、お父様。
フリード王子はジョアンナを正妃とするそうです。
側妃のお話は、趣味の悪いご冗談かと」
エリザベートは、ぎこちない笑顔で答えた。
とにかく無難にこの場を収めようと思っているようだ。
しかし、それはちょっと無理だな。
俺はフリード王子に言う。
「フリュンベルグ国は徹底的な合理主義と聞いたが、
配偶者選びは違うのだな。自分の好み優先か?」
フリード王子はムッとして答える。
「そんなわけありません。ジョアンナも
エリザベート様と同等の魔力を持っているとの情報を得ました。
まあ、教養や美貌は彼女に劣りますが……」
彼らにとって、合理的であることは誇りなのだ。
おそらく、率直であることも。
でも大丈夫か? ジョアンナが怒りで顔を真っ赤にしてるぞ。
「何を言ってるのよ! 私はエリザベート以上に……」
「おい、持ってきてくれ」
俺はジョアンナを無視して、入口へと呼びかけた。
「失礼しまーす」
入ってきたのはフィオナだった。
彼女は陸軍武器科の兵長を連れていた。
その後ろには、数人の兵士が大きな箱を台車に乗せて運んでくる。
兵長はローマンエヤール公爵にひざまずき礼をする。
そして手に持っていた台帳を捧げて言った。
「ローマンエヤール家およびペラドナ家より
毎週200個の魔石を納品いただいております」
すばやく目を通した公爵はジェラルドを見ながら言う。
「あの者の話は本当だったのか……どういうことだ? バウル」
公爵は目を細め、義弟であるペラドナ侯爵を睨んだ。
彼は真っ青な顔でガタガタと震えている。
納品帳を覗き込み、エリザベートは目を見開いている。
「私に全部、作らせていたということ?!」
エリザベートは騙されていたのだ。
王家より指示された納品は、最初から100個だった。
それをペラドナ家は全て彼女に作らせて、
”半分ずつ作った”と申請していた。
公爵家より全てを一任されていることを利用したのだ。
ショックを受ける彼女に、俺はもっと驚きの事実を伝える。
「しょうがねえかもな。ジョアンナは魔石を作れないから。
実は、たいした魔力じゃないんだってよ」
「!!! そんなことないわよ!
嘘よ! こんな出来損ない王子の言うことなんて!」
ジョアンナが焦りつつ、俺に食ってかかる。
陸軍武器科の兵長が恐ろしい目で
ジョアンナと公爵夫妻を睨んで言う。
「……納品していたのはローマンエヤール公爵家のみ。
ペラドナ侯爵家は王家に対し、詐欺を働いたことになりますな」
「違うのです! あの、お待ちください!
このうち50個はジョアンナが作ったのです!
ねえ? エリザベート! ねえそうでしょ!」
エリザベートに救いを求める侯爵夫人。
動揺するエリザベートの前に出て、侯爵夫人に俺は言う。
「
エリザベートを、すぐバレる嘘の共犯にするな。
おい、ジョアンナ。魔石は作った者の魔力に共鳴する。
お前の魔力に共鳴する石が、ここに一個でもあるか?」
納品箱を前に、真っ青な顔で立ち尽くすジョアンナ。
信じられないものを見る目で彼女を見つめるフリード王子。
「それに今すぐ、ここで作ってみろよ。
出来るんだろ? やってみせろよ」
俺は原料となる
もちろんジョアンナは受け取らない。
ドレスを握って、涙目で俺を睨んでいる。
業を煮やした陸軍武器科の兵長が合図を送ると、
一人の男が魔力の”鑑定の儀”で使う魔道具を持って現れた。
「ジョアンナ様の魔力を測定させていただきます」
ジョアンナは小さく悲鳴をあげ、後ずさって叫ぶ。
「嫌よっ! なんでそんなことしなくちゃいけないのよっ」
「王命です。拒否した場合は即、投獄せよとのことです」
ガタガタ震えながら、ジョアンナは魔道具を見つめる。
すでに両目から涙があふれ、自分の親を見ていた。
「お父様っ! お母様っ!」
しかし両親はうなだれるばかりだった。
今まで甘やかしたツケがあまりにも大きすぎたのだ。
「たとえ王が許しても、俺が許さん」
ローマンエヤール公爵のつぶやきに、
ジョアンナは観念したように手を伸ばす。
兵士がそれを強引に魔道具へと押さえつけた。
彼女は歯を食いしばって、精一杯の力を出している。
しかし、魔道具に浮かび上がった数字は”4”。
レベルは0から9の10段階評価だ。
おいおい、エリザベートと同じ”9”ではなかったのか?
フィオナが何かの書類を読み上げる。
「あ、前回の測定値と同じですね。
ペラドナ侯爵家からの圧力により、
公表されなかったようですが」
……なるほど。教会関係者も、個人の魔力は閲覧できる。
元・聖女としての権限はまだ残されているらしい。
エリザベートは俺たち3人を驚きの目で見ていた。
前回の会合でエリザベートが退出してから、
俺たち3人はこの結婚について調べまくった。
するとペラドナ侯爵家の不正が芋づる式に出てきたのだ。
魔石の納品数をごまかしていることからジョアンナの真のレベルまで。
そしてフリード王子がジョアンナに決定したことも
フィオナは紫の目を怒りに燃やして言う。
「なーにが下僕ですか!
自分じゃ何もできないからって、
一緒に連れていって代わりにやらせようなんて、
図々しいにもほどがありますっ!」
ジェラルドも強い口調で言う。
「エリザベート様の王家に対する深い忠誠心を利用するとは。
これは裏切り行為に他なりません、ペラドナ侯爵家」
そうだ。こういう機会を利用して、
エリザベートが王族に対して忠実であることを
しっかりアピールしておくのだ。
将来、”反旗をひるがえした魔女”として断罪されないために。
ローマンエヤール公爵は一瞬、笑ったように見えた。
しかしそれを消すと、ペラドナ侯爵夫人に向かって告げる。
「残念だが、終わりだ。キャロライン」
「そんなっ! お兄様! 助けては……」
しかし自分の兄がそんなに甘くないことを思い出したのか、
言葉の途中で泣き崩れてしまう。
「それではペラドナ侯爵夫妻と令嬢を拘束いたします」
兵士がぐるっと彼らを取り囲んだ。
最後の頼みの綱を、ジョアンナはフリード様にかけた。
「わ、私はフリュンベルグ国の王妃になる者よ?
拘束なんてできるわけないじゃない!
ね? ねえ、フリード様?
私を王妃に選ぶと言ってくださいましたよね?」
フリード様はすがってくる手を振り払い、冷たい目で言う。
「経歴や能力を詐称していた場合、契約は全て無効になります。
あなたの言動は虚栄と虚飾に満ちている。
側妃どころか、侍女としても選ばないでしょう」
「ひっどおい! そんなの嫌あ!」
泣き崩れるジョアンナ。
床に泣き伏した夫人や、真っ青で倒れそうな侯爵とともに、
ギャアギャアわめきながら、引きずられるように退出していった。
ジェラルドとフィオナが俺たちのところに駆けてくる。
俺が何か言う前に、怖い顔をしたフィオナが言った。
「人に向かっての”ドブス”や”ブタ”は、
コンプラ違反の前に人としてダメなので、罰します」
俺は笑って、彼女が振り下ろした錫杖を頭で受けることにした。
************
フリード王子は公爵を向いて頭を下げる。
「情報は正確性が命、それは判っていたはずなのですが。
時間がなかったとはいえ、こちらの確認不足により
ご息女には多大なご迷惑と不快な想いをさせました。
この件に関しては必ず、補償させていただきます」
「状況は把握している。
フリュンベルグ国を取り巻く魔獣の数は尋常ではない」
深刻な面持ちで、フリード王子はうなずいた。
「
「……これは世界共通の懸念だ。有事の際には対応しよう」
「無礼を行った私に対する深い恩情、感謝いたします」
そして俺の視線に気づき、彼は悪戯っぽく笑いながら言う。
「……普通の男では、彼女の横には立てませんよ。
あなたは、すごい人だ」
嫌味ではないようなので、俺も苦笑しつつ答える。
「俺くらいクズでダメだと平気なもんだよ」
フリード王子は意外にも首を横に振る。
「いえ、そうではありません。
データで言えば、あなたはその通りかもしれない。
でも、
最後に、エリザベートに向かって握手を求めた。
「自分の好みだけで妃を選べるなら、
私は間違いなくあなたを選んでいました」
「……ありがとうございます」
社交辞令だと受け取ったエリザベートに、フリード王子は告げた。
「レオナルド王子が現れてからの貴女は別人のようだった。
生き生きとして、可憐で、本当に可愛らしかった。
”心を許してもらえたら、このような顔が見られるのか”と
心底悔しい思いをしましたよ」
戸惑う俺たちを残し、そう言って去って行ったのだ。
ローマンエヤール公爵はエリザベートに言った。
「魔石の納品はこちらが管理することになる。
納品数はこれまでと同じだ」
エリザベートはうなずく。仕方ないだろう。
独りで100個収められると証明してしまったようなものだ。
「……やっと受け入れられたようだな。己の力を」
公爵の言葉に、エリザベートは顔を上げる。
「みずから”暗黒の魔女”だと名乗ったな。これは大きな成長だ」
エリザベートの顔が歪んだ。
あれは俺には”たいした力がない”と言われたから、
そう返してくれただけなのに。
俺は公爵に向かって言った。
「エリザベートは”暗黒の魔女”ではない」
「殿下からその言葉をいただくのは、2度目ですな」
驚き、記憶をたぐり寄せる俺に背を向け、公爵は歩き出した。
「何者でも良い。
そうつぶやきながら。
ジェラルドが片膝を付いて見送る。
彼が公爵に事態を知らせに行ったのだ。
伝令くらいもらえるかと思ったが、まさか本人を連れて来るとは。
俺はエリザベートの頭を裏手で押さえて言う。
「”不幸な結末にならないために、不幸になっておく”んじゃ意味がねえ。
焦ることも、無理することもないからな。
みんなで試行錯誤してみようぜ」
俺の言葉に、エリザベートはこくんとうなずく。
エリザベートの目からぽろっと涙がこぼれた。
フィオナが必死に彼女を抱え込んで慰め
ジェラルドが温かい瞳で大丈夫ですよ、と言っている。
俺たちは以前とは違う。
一緒に理不尽と戦う、仲間がいるのだ。
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