第18話 選ぶ者・選ばれる者
18.選ぶ者・選ばれる者
”暗黒の魔女”。
みずからこの呼び名を使った私を見て、
フリード王子は歓喜し、ジョアンナの顔色が悪くなった。
「ああ! あなたがそう呼ばれていることは聞いております。
ローマンエヤール公爵家の伝説の始祖のことですね。
あまりにも強大な魔力を持った、絶世の美女の名だ」
そう言って、彼はジョアンナから離れ、私の手を取った。
「まさしく、あなたにふさわしい
魔力を駆使する孤高の女王の名は」
そのとおり。”暗黒の魔女”は孤独だった。
夫も子どもも彼女から去ったという。
その巨大な魔力を恐れて。
フリード王子は嬉々として、私の手を引き
庭園にあるガゼボへといざなった。
ジョアンナも仏頂面で付いて来る。
王子はそこで、私にたくさんの質問をぶつけてきた。
今まで倒した魔物の種類、どんな魔法が使えるか。
教育はどのくらい受けているか、教養はあるか、
他国の言語や地理・情勢、文化など。
”まるで採用面接みたい”
私は心の中で笑い、完璧にやり遂げようと努めた。
彼はたまにジョアンナにも話を振ったが、
彼女はわからないことがあまりにも多かったため、
呆れた顔をし、それ以降はまったく無視していた。
それを見て正直、フリード王子に対する好感度が
かなり下がってしまった。人として失礼じゃない。
合理的って、それだけで生きていけるわけじゃないでしょ。
「……いやあ、見事だ。ここまで完璧な女性がいたとは」
「大変恐縮でございます。まだまだですわ」
「……。」
すでにジョアンナは何も言わない。
私はとりあえず、未来を切り開く一歩を進めたのだ。
そう、思うことにした。
************
”フリュンベルグ国の王子フリードが
エリザベートかジョアンナを、妃に望んでいるらしい”
「貴族の間で噂になっているようですね」
ジェラルドが言うと、レオナルドもうなずく。
「エリザベートの婚約者である俺には打診すらないんだぜ?
どうこう言う権利もない、ってことなんだろうな」
この国の王族は、
「エリザベートさんのご両親は? なんて?」
フィオナに聞かれ、私は首を横に振る。
「ローマンエヤール公爵家は沈黙を貫いているわ。
いま二人とも任務が忙しいし」
それを聞いて、レオナルドがぽつりと言う。
「内心、フリードに連れ去ってもらいたいと思ってるだろうな。
そのほうが間違いなく、エリザベートは幸せになれるから」
「身の安全、という意味ではね」
私は思わず本音が出る。
レオナルドが驚いたようにこちらを見た。
「なんだ、乗り気じゃないならやめとけよ」
「簡単に言わないでよ。”結末”を変えるには一番の方法よ?」
この国に残っていても、”魔女”として殺されるのだ。
レオナルドとフィオナが結ばれるのを見た挙句に。
レオナルドはめずらしく真面目な顔で言う。
「あの
他国にみすみす渡すと思うか?
この話には裏がある、そう読んだが」
私はぐっと言葉に詰まる。確かにそうなのだ。
フリード王子はとてつもなく率直で正直な人だ。
そんな裏細工をするだろうか。
レオナルドは私の前に立って言う。
「俺の知ってるエリザベートはいつも一生懸命だった。
あいつが何か決める時はな、
”こうしたい”ではなく、”こうすべき”、だったんだ。
私とエリザベートが似ていると言いたいのか?
それだと恋心まで見抜かれている?
いや、オリジナル・エリザベートがレオナルド王子を
本気で好きだったとは、彼自身も知らないはずだし。
私は彼の目がまともに見られなくなって立ち上がった。
「”結末”を変えるために動くべき。そう思ってるわ。
だから良いの。このままやってみるわ」
「待てよエリザベート」
これ以上見つめられたら、
いろんなことがバレてしまいそうだった。
私はその場を早足で出て行った。
************
毎日、順調のはずだった。
未来の王妃としての教養、淑女マナー。
戦力としての軍事知識やとびぬけた魔力。
「素晴らしい! 完璧だ!」
フリード王子は私を褒め倒し、もてはやした。
反比例するように私の気持ちは沈んでいった。
このままフリュンベルグ国へ行くことになるのか?
本当にそれで良いのか?
気が付いてしまったのだ。
私は絶対に、この人を好きになることはできない、と。
整えられた黒髪、切れ長の瞳もカッコイイ。
動きも洗練されていてスマートだ。
合理主義だからすることや言うことに無駄がなく、
情緒や女性的な振る舞いを要求されないためラクだった。
それでも。
このまま彼の国に行くことに、強い抵抗を感じていたのだ。
************
それは突然の幕切れだった。
急にフリード王子の帰国が決まり、お別れの宴が開かれた。
大勢の貴族が集う、その場で。
案の定、彼はそこで宣言したのだ。
「正妃はジョアンナに決めたよ」
申し訳なさそうな笑顔のフリード王子と、
その横で勝ち誇った表情で見返すジョアンナ。
私は緊張の糸が切れ、あからさまにホッとしてしまった。
それで実感する。本当に嫁ぎたくなんかなかったんだなあ。
選ばれなくて心底安堵し、笑みを浮かんでくる。
「おめでとうございます!」
穏やかな私を見て、フリード王子は驚いている。
「理由をお尋ねにならないのですか?」
「いえ、ジョアンナは素敵ですから。
お二人とも大変お似合いです」
正直、真反対の性格だと思うけど、言っておく。
ジョアンナはムッとしていたが、
私が虚勢を張っていると思ったのだろう。
ニヤニヤ顔で近づいてきた。
「あら? 良いの? 貴女はどうするつもり?」
「別に? どうぞお構いなく」
ジョアンナはなんとか私の泣き顔を見ようと必死だ。
「ムキになっても良いことはなくてよ?
もはや、あなたを妻にするような人はいないわね!」
「それでも、好きでもない人に嫁ぐなんてできません」
その言葉に、フリード様はムッとする。
「それにしては熱心に、私の期待に応えようとしていたが?」
一瞬言葉に詰まるが、”結末を変えるため”とは言えないので
「ご歓談のお相手を、精一杯務めさせていただいただけです。
……王命でしたので」
フリード様は困っていた。そしていつもの率直さが顔を出す。
「ジョアンナ、君の情報では、
彼女は本気で私の妃になりたいと望んでいるとのことだが?」
「エリザベートったら、必死にショックに堪えているだけです!」
ジョアンナが私を薄ら笑いでみながら言う。
フリード様は通告するように淡々と述べる。
「ジョアンナだけではない。ペラドナ侯爵夫妻からも聞いた。
君は力は甚大だが、そのせいで今後も、
結婚相手を見つけることはできない、とのことだ」
私は貴族たちに混ざって立っている叔父と叔母を見た。
彼らはすっと視線を逸らした。
するとフリード様がとんでもないことをいったのだ。
「幸い我が国では、王族は側妃を持つことを許されている。
だから君は側妃として私たちを支えてくれないか?
その力を存分にわが国で……」
「お断りいたします」
あまりの馬鹿馬鹿しさに即答する。
王太子妃だってお断りなのに、側妃など冗談ではない。
ジョアンナは嬉しそうに私に言った。
「仕方ないじゃない。あなた、選ばれなかったんだもの。
いいこと? フリード様が選んだのは、わ・た・し」
私は気が付いた。
ジョアンナは、あの日の仕返しをしているのだ。
レオナルドに”お前は選ばれなかった”と言われたことの。
フリード様がまた、正直に言ってしまう。
「君はあまりにも完璧すぎて、選べないんだよ。
自分よりも秀逸で、さらに力を持つ者を
正妃にするわけにはいかないんだ。
国のバランスが崩れるだろう?」
私はあぜんとしてしまう。
また、なのか。幼馴染の時と同じだ。
私は違う意味でショックを受けていることに気付かず、
ジョアンナが目の前に仁王立ちし、まくし立てる。
「だから大人しく黙って側妃になりなさい?
その力、無駄にならないよう使ってあげるから」
「いえ、だから私は」
ジョアンナは私の言葉を
「あの第三王子にすら婚約破棄された娘よ?
もう誰ももらってはくれないわよ!
おとなしく一緒にフリュンベルグに行って
私の
せめてその”暗黒の魔女”の力を」
「黙れよドブス」
良く知る声の、いつか聞いた暴言が、広間に響いた。
テラスに面した掃き出し窓から、彼が入ってきたのだ。
見守る貴族たちからざわめきが広がっていく。
「遅くなったな、エリザベート」
久しぶりに公的な場に姿を現した彼を見て、
ジョアンナもフリード様も、貴族はみな騒然としていた。
艶のある黄金の髪、深いブルーの瞳。
中肉中背の鍛えた体躯。
陽光にきらめく端正な顔は天使のように美しかった。
……飛び出す言葉は紳士にあるまじき汚さだけど。
金の刺繍が施されたロイヤルブルーの服を着て
それを軽く着崩している。
完璧な美しさと放漫さが、アンビバレントな魅力になっていた。
あの日と同じように、彼が私に腕を出す。
それに腕を絡めながら、私はつっこむ。
「なんでいつも、テラスから入るのよ」
「宮中の誰にも会いたくないからに決まってるだろ」
ジョアンナが腰を抜かさんばかりに驚いている。
「あ、あなた、婚約は解消されたんじゃ?」
「してない。エリザベートの婚約者は俺と決まっている。
フリード王子、人の婚約者を側室に、とはいい度胸だな。
俺は噂以上にクズで出来損ないだからな。
売られた喧嘩は最高価格で落札するぜ?」
フリード様はいやいや、と後ずさる。
いきなり現れた超美形の、口の悪さに動揺したらしい。
「そもそもエリザベートは、俺と婚約していなくても
たとえ”正妃に”と言われてもお断りするって言ってたぞ?
だから最初からジョアンナ以外、
お妃候補なんていなかったんだよ」
フリード王子に向かって言うレオナルド。
「な、なんて口の聞き方なの?
この方は隣国フリュンベルグ国の王子様よ!」
レオナルドはつまらなそうに返す。
「そんなの知ってる。
お前こそ、俺が誰だか忘れたのか?」
ジョアンナは諦めない。
「どうせ国は継げないじゃない!
たいした力なんてないくせに!」
「あら、あるわよ? まさかフリュンベルグ国は
”暗黒の魔女”を敵に回すおつもりなのかしら?」
私は頭をレオナルドにもたれかけて笑う。
……このくらい、いいでしょ?
その言葉にジョアンナだけでなくフリード様が硬直する。
私の力を知り尽くした後なのだ。
敵に回した時の恐怖は半端なものではないだろう。
フリード様と、ジョアンナが同時に何か言いかけた瞬間。
「正確には”ローマンエヤール公爵家を敵に回す”だろう」
威厳のある低い声が広間に響いた。
あり得ない人の登場に、私が一番驚く。
漆黒のマントと軍服を身につけ、腰には長い剣を帯びている。
私と同じ、赤い瞳と黒い髪。常に感情を見せない表情。
「……来たか」
レオナルドがつぶやく。私も思わず声が漏れる。
「お父様……!」
広間の入り口に立っていたのは、
私の父、ローマンエヤール公爵だったのだ。
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