第17話 結末を変えるためにも
17.結末を変えるためにも
「……また出たよイケメン」
と、レオナルドが言う。
私は遅れて会合に加わり、
「ほんっと異世界は、美男・美女で溢れてますねえ」
ついこの間までディラン公爵子息という
”完璧ハンサム”に溺愛されていたフィオナも
疲れたように同意する。
「まあ、良いことではありませんか」
ジェラルドの言葉に、レオナルドが否定する。
「美形だからって良いことばっかじゃねえぞ。
俺の母親は”世界一の美女”と銘打たれたばかりに、
結婚間近だった恋人と別れさせられて、
口をとがらせるレオナルド。
彼のお母様は、本当に美しい人だった。
波打つ黄金の髪、澄んだ青い瞳、バラ色の
嫁いできたのが18歳だと聞いたが、
いつまでも少女のように若々しかった。
昔、親同士の会話を漏れ聞いたところ、
あんなに目もくらむような美しさなのに、
意外と活発な娘だったらしく、弓矢が得意で
ギルドにまで出入りしていたそうだ。
「……相手は……と言えど平民だ。
どのみち想いを遂げられることはなかっただろう」
昔、お父様がお母様に話していたのは、
おそらく無理やり別れさせられた恋人のことだと思われる。
平民と恋に落ち、身分を捨てて嫁ぐつもりだったのか。
そこまで愛した人と引き裂かれて、どれだけ辛かっただろう。
まあ、国王が彼女を迎えなければ、
レオナルドが生まれなかったと思うと、心中は複雑だが。
「で、どうなんだ? お前としては。
もちろんいきなり言われても判断に困るだろうけど。
まあ、フリュンベルグ国に行くことは
”結末”を大きく変えられる可能性はあるな」
レオナルドの言葉に、
胸がえぐられるような気持ちになる。
私は必死で笑顔を作って同意する。
「ええ、そうそう手は出せなくなるでしょうね」
私の答えを受け流し、レオナルドは向きを変えて言った。
「そういやフィオナ、教会の動きはどうだ?」
フィオナがいたずらっぽく笑って答える。
「それはもう、大混乱でしたよ。
大司教なんて真っ青になってました」
いきなり聖女を失ったのだ。
大勢の前でいろいろ力を試されたが、
当然たいした力は認められなかったそうだ。
「そりゃそうですよね。
元々聖なる力なんて、ほんの少しなんですから」
彼女を見つけ出し、無理やり聖女に決めた司祭たちも
それを見て呆然としていたそうだ。
フィオナは誇らしげに言う。
「ありのままの自分になりました。少しも怖くありません」
「どっかの歌詞かよ。で、教会や王家からの扱いはどうだ?」
レオナルドは、フィオナが非難されていないか案じているのだ。
「それがタイミングが良いことに、
助けた隣国の公爵家が、お礼の使節を送ってくれたんです。
それだけじゃなく、隣国の王家まで!」
「まあ、公爵家ってことは王家の縁戚だからな」
レオナルドがそう言うと、フィオナは楽しそうに続ける。
「たっくさんのお金や贈呈品を前に、誰も何も言えなくて。
それに使者の方が言ったんです。
”力を失ったためにこの国に居られないようでしたら、
ぜひわが国にいらしてください。生活を保障します、って」
「すごいじゃないですか!」
ジェラルドが賞賛すると、フィオナは悲し気に笑った。
「でも全部断ったんです。私のしたことって詐欺ですから。
聖女になったのも、聖女でなくなったのも詐欺。
そんなので報酬を得るわけにはいかないかなーと思って」
「偉いぞ、フィオナ」
レオナルドはフィオナの頭をポンポンする。
フィオナはえへへと笑い、嬉しそうに続ける。
「それに、念のために言っておいたんです。
”次の聖女様の誕生を楽しみにしています。
その方が皆様を救ってくだされば、私は充分満足です。
私には私の、すべきことがありますから、
聖女の仕事に未練はまーったくありません!”って」
確かにそう言っておけば、新しい聖女の殺害を試みた、
なんて因縁はつけられにくいだろう。
レオナルドは笑顔で言う。
「これで醤油の製造・販売を軌道に乗せれば、
元・聖女がこっちに心血注いでることを証明できるな!」
ジェラルドが緑板を見ながら叫ぶ。
「見てください、フィオナさんの結末がまた変わりました!」
フィオナの末路が変化していたのだ。
新しい聖女の殺害を試みて捕まり、
一生を牢で終えたはずが。
”聖女は力を失い、調味料の開発に取り組んだ。
しかしそれで暴利を得て、
さらなる利益を得ようと犯罪に加担し
教会によって断罪され、禁固刑を受ける”
「お、強制労働が無い禁固刑か。
懲役刑よりだいぶマシになったな」
呑気なレオナルドの言葉に、フィオナが憤慨する。
「なんでやっぱり刑罰を受けるんですか!
”何が何でも””にもほどがあります!」
「それに、なんで”協会が断罪”なのよ?
司法でも商業ギルドでもなく」
私が言うと、レオナルドが答える。
「つまり、フィオナの敵は教会ってことで間違いないだろ。
何らかの理由で、お前を絶対に排除したいんだろうな」
フィオナが絶望したように頭を抱える。
「うーん、隣国に行けば良かったかな」
「ダメだろ、
確かに何をやっても”結末”が悲惨であることを見るに、
そのくらい私たちの敵は、
私たちを排除することに、かなり執着しているように思える。
レオナルドは立ち上がって言った。
「しかし、ちょっとでも変わったのは間違いない。
行動だけだ、俺たちが”結末”をリライト出来る方法は。
いろいろ試してみようぜ!」
************
私が家に帰ると、大量の花や、
フリュンベルグの名産品が届いていた。
フリード様からのメッセージには
”わが国のことを良く知っていただきたく贈ります。
あなたの力と共に行う良き治世を、心より願います”
私は思わず噴き出した。
最初から、ここまでハッキリと、
”力
正直だし、何も期待しないですむから。
私がここにいても危険なだけだ。
隣国に行けば、あの無惨な死から逃れられるかもしれない。
それにレオナルドとフィオナが結ばれるのを、
エリザベートは見なくてすむかもしれない。
転生・フィオナの気持ちは察しづらいものがある。
ディランに心が動かなかったのは、
別にレオナルドが好きだから、というわけではなさそうだった。
今、彼女の心を占めているのは、間違いなく醤油と味噌だろう。
転生・レオナルドのほうも、だ。
ディランに対する嫉妬は見られなかった。
もしフィオナがディランに惹かれているなら、
”聖女引退計画”はいつでも中止するつもりだったようし。
でも、オリジナル同士はきっと違うのだ。
理由はともかく、私と婚約破棄するつもりだったのだから。
レオナルドは自分の運命を共にする相手として、
私ではなくフィオナを選んだに違いない。
転生者たちも、馬が合うというか、割と仲良しだ。
二人とも、オリジナルのためじゃなくても喜んで結ばれるだろう。
レオナルドは見た目最高の王子だし、
フィオナも流れるような銀の髪と、
宝石のような紫の瞳をした美少女だ。
仕草も可憐で、マイペースな性格も可愛らしい。
あの二人はお似合いだ。
そう思った瞬間、胸に痛みを感じる。
私はもう、認めざるを得なかった。
レオナルドのオリジナルと転生者が似ているように、
私とエリザベートも似たところがあるのだ。
特に、
現実世界の彼は間違いなく年下だ。
たとえ今、エリザベートの外見をしていても、
恋愛には常に弱気だった私は、愛される気が全くしなかった。
私はやはり、隣国に行くのが良いのかもしれない。
「ごめんなさい、エリザベート。
泣くのは私も一緒だから」
そうつぶやいた私は、フリュンベルグの名産品を1つ手に取った。
見たことも無い野菜だったが、私は思った。
”これが私のスタンダードになるのかしら……”、と。
************
次の日も、王宮より使者が来て、
国賓であるフリード様のお相手をするように王命が下された。
……と、いうことは。
王家は私がフリュンベルグ国に行くことに反対ではないのか?
”ローマンエヤールの切り札”と呼ばれる私が、
他国のものになることを。
気にはかかるが、とにかく王宮に向かった。
侍従に案内された広い庭園では、
フリード様が誰かと話していた。
茶色のシンプルなドレスに、まとめたオレンジの髪。
……ジョアンナも呼ばれたのか。
私を見つけ、立ち上がったフリード様が笑顔を見せて挨拶する。
挨拶を返す私を、ジョアンナがニコニコと見ている。
「いやあ、あの後、ジョアンナ殿がもう一度、
私に会いにいらしたんだ」
フリード様が彼女に笑いかけながら言う。
えっあの後? また王宮に訪れたというの?
実質剛健、合理主義のフリュンベルグ国相手に、
ごちゃごちゃアクセサリーを付けた
フリフリのドレス姿で対面し、
完全に無視されたというのに?
フリード様はにこやかに続ける。
「君に”パーティがある”と聞かされ、
そうではなくて困惑したそうだ。
だから
私は呆れ果てて一瞬言葉を失う。
しかしジョアンナも、焦りながらフリード様を見ている。
ここまで明け透けに、
全てを報告するとは思ってなかったのだろう。
私は淡々と答える。
「それは誤った情報ですわ。
昨日、殿下に拝謁する王命を賜ったのは
ペラドナ侯爵家のみです。
私が彼女より先に、それを知る手段はありません」
ジョアンナが大慌てで言う。
「そ、それを伝えたら貴女が言ったんじゃない!
”じゃあパーティね、盛装しなさい”って」
私は冷たく鼻で笑う。
「ではどうして、私自身は盛装していなかったの?
私が盛装していないことに、
貴女はなぜ疑問を持たなかったの?
……矛盾だらけですわ。時間の無駄です」
フリード様もうなずく。
「え、だって……」
ジョアンナは涙ぐんで黙り込む。
……それ、合理主義に効くかしら?
フリード様は彼女の様子を気にも留めずに言う。
「まあ、親戚と言えど仲が悪いのはどの国も一緒だろう。
こちらとしては些末なことだ。
我が国が求めるのは、そんなことではない。
王妃としての教養や気品だけでなく、それ以上に”戦力”だ。
まあ……美貌もあるに越したことはないね」
本当に赤裸々にズケズケとものを言う人だ。
とはいえ、レオナルドとはタイプが違う。
ジョアンナは燃える目で彼を見つめた後、
私をキッと睨んでくる。
ずっと王族に嫁ぎたいと思っていたが叶わず
王族と婚約した私を、目の敵にしていた彼女。
隣国の王子フリード様から選ばれることで、
彼女の願いは叶うのだ。
私は声を大にして言いたかった。
”……では、ジョアンナ様で決まりですわね”、と。
でも”結末”を変えるためには、
新たな選択肢をみすみす逃すわけにはいかないのだ。
私は想いを振り切るように、彼女の挑戦を受けて立った。
私は笑みを浮かべ、彼らに向かって尋ねる。
「この国に、”暗黒の魔女”を超える戦力がありますかしら?」
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