第16話 隣国の王子からの求婚

 16.隣国の王子からの求婚


 夜も更けるころ、やっと100個の魔石が完成した。

「やっと終わったわ……」

 私が部屋を出ようとすると、私付きの侍女が飛んでくる。

 起きていてくれたんだ。


「大変お疲れ様です、後片付けはおまかせください」

 私はあわてて言う。

「もう全て箱に収めたわ。いいから休みなさい」

 彼女は困惑した表情で、

「……申し訳ございません」

 と言って下がる。ええっ、なんで謝るの。


 自分が出てくるのが遅かったせいで、

 責められたと思ったのかしら。

 全然怒ってないし、むしろ感謝しているのに。

 ……エリザベートはいつも、こうなのだ。


 舞台を見た時も、着飾った私を見て、

 侍女たちは人形のように

 ”大変お美しいです”しか言わないかった。


 目すらまともに合わせようとしない彼女たちに

 ”劇を見るだけなのに派手ではないか?”という確認の意味で

「……おかしくないかしら?」

 と尋ねたとたん、全員が数センチ飛び上がった後

「「「申し訳ございません! 選びなおしますっ!」」」

 と一斉に叫ばれたのだ。

 ”これ変じゃない?”という意味で受け取ったのだろう。


 このままで良いからと振り切って劇場に向かったけど

 落ち込む気持ちは隠せなかった。

 その分、レオナルドにさらっと”綺麗だ”と言われた時は

 叫びたい衝動にかられるほど嬉しかった。


 これでも私が転生してから、

 ”接しやすくになった”と噂されているようだから

 以前のエリザベートがどれだけ冷淡で、

 規範的な反応だったか分かるものだ。


 気持ちはわかる。

 エリザベートはありとあらゆる意味で、厳しく躾けられた。

 公爵令嬢としての完璧な知識とマナー。

 ローマンエヤール公爵家の一員としての高い戦闘力。

 そしてとびぬけた魔力を持つ者としての精神性メンタリティ


 そして両親から”貰い手がない暗黒の魔女”だから

 ”お前は真に愛されることはない”と何度も言われた。


 しかし皮肉なことに、成長すれば成長するほど

 両親が言っていたことが本当だと痛感する。


 人は皆、私の力をひどく恐れて敬遠するか、

 利用しようと近づくか、の二択だ。


 私の力を知りながら、利用しないのは彼だけだった。


 デスワームがゴミ聖騎士たちを捕らえた時、

 エリザベートが攻撃すると彼らにも被害が及ぶことを考え

「いいから、出るな。エリザベート」

 とすぐに判断してくれた。

 ”私に人を傷つけるようなことはさせない”

 という強く優しい意志が、本当に嬉しかったのだ。


 私はそれを思い出しながら、

 幸せな気持ちで眠りについた。


 ************


「納品したら、みんなと合流しましょう。

 ”結末”を変える手段を考えなくては」

 前回の集まりは、私は魔石の生成があったので、

 これを各自の宿題にしてもらって解散したのだ。


 馬車がペラドナ侯爵家に着いた。

 そこには叔父と叔母がいて、私を出迎えてくれた。

 箱に詰められた魔石を眺め、嬉しそうにうなずいて言う。

「いつも通り、ジョアンナのぶんとあわせて納品しますわ」


「……お願いいたします。では、失礼いたします」

 とにかくここに居たくない私は、すぐに帰ろうとする。

 しかし叔父であるペラドナ侯爵が引き留めて言ったのだ。

「いや、今日はこのまま、一緒に宮殿に行って欲しいのだ。

 国王から、今回の納品には、

 エリザベートとジョアンナも一緒に来るように仰せつかったのだ」


「そんなこと、当日になってお話されても……

 なぜ事前に、ご連絡いただけなかったのですか?」

 私は驚きと呆れを隠さずに尋ねる。

 叔父と叔母は顔を見合わせて、口ごもる。

「いや、その……うっかり忘れてしまって」


「なぜ、私たちが呼ばれたのです?」

「隣国フリュンベルグの王子が、

 私たちにお会いしたいんですって、フフフ」

 私の問いに、奥からジョアンナが出てきて答えた。


 彼女はフワフワとフリルのついたミントグリーンのドレスを着て

 オレンジの髪に羽飾りのついた飾りをつけ、

 首回りや腕にはキラキラと宝石のついたアクセサリーを付けている。


 ……そういうことか。

 私の恰好は、シンプルな茶色のドレスだ。

 納品に来ただけだから、アクセサリーなどひとつも付けていない。

 彼女と並べば、私は彼女の侍女のようだろう。

 これが狙いだったのか。


 まあ、隣国の王子などどうでも良い。

 私はしぶしぶ承知する。

 早くレオナルドたちのところに行きたい気持ちを抑えて。


 ************


「フリュンベルグの王子、フリード様です」

 彼は侍従からの紹介でうやうやしく片膝をついた。

 私たちもカーテシーでそれに応える。


「お会いできて光栄に存じます」

 そういって顔を上げた彼を見て、

 私の横でジョアンナが”素敵……”と小さく声をあげた。

 彼は王子というだけでなく、かなりの美男子だったのだ。

 黒い髪はきちんと整えられ、

 涼しげな切れ長の目を緩ませてこちらを見ている。


 そして私に向かって一歩進み、笑顔で言ったのだ。

「あなたが世に名高い”ローマンエヤールの切り札”。

 それが絵画以上に美しいとは。

 世の中の者は、あなたの魔力ではなく

 その美貌に息の根を止められるのかもしれませんね」


 私は腰をかがめて恐縮する。

「私など、とんでもないことでございます。

 フリュンベルグ国の合理的かつ効率的な采配、

 わが公爵家はいつも感服し、敬畏の念を抱いております」


 その言葉にフリード様は一瞬驚き、破顔した。

「それは嬉しいな。我々の手法をローマンエヤール公爵家が、

 そのように評価していてくれるとは」


 そう言って彼は、私の直前まで歩みを進める。

 横で、丸無視されているジョアンナが、

 鬼の形相でこちらを見ているのが視界に入る。


 そんなことは無視して、フリード様は朗々と語る。

「我がフリュンベルグ国の信念は”合理的であること”だ。

 形だけの儀礼や、意味のない装飾は時間と金の無駄ですから」


 やっと気が付いたように、ジョアンナが縮こまり、

 首元の宝飾品を扇で隠した。

 フリュンベルグ国は過剰に華美なものや豪奢なものを嫌う。

 ”シンプル・イズ・ベスト”のお国柄なのだ。


 身動きできないジョアンナを放置し、

 彼は私に手を差し出して言う。

「突然で申し訳ないが、前々からずっと、

 あなたを私の妃にできれば、と願っておりました」


 あまりの申し出に、私だけでなく周囲の人々も硬直する。

 フリード様は動じることもなく言葉を続けた。

「今日、実際にお会いして確信しました。

 無駄に着飾ることもなく、それでいて圧倒的に美しい。

 慎ましやかでいながら、交渉力はある。

 あなたの魅力は、その魔力だけではなかった」


 私はすっかり困惑してしまう。

「大変恐れ入りますが、私には……」

「ああ、第三王子のことですね? 噂はこちらまで届いております。

 婚約解消される可能性が低くはないようですね。

 彼に関してはデータが少ないから何とも言えませんが、

 これだけは言えます。

 私の方が彼よりも、あなたにふさわしい、と」


 強気の彼は、とどめを刺すように私に言った。

「ぜひ、我が国にいらっしゃいませんか?」

 私はフリード様の顔を見つめ、即座に答えた。

「私の婚姻は王家と公爵家によって決められたものです」

「では、その両方を説得できれば受けていただける、

 ということですね? ああ、良かった」


 そういって、彼は私に礼をし、退出していった。

 困惑する私と、一言もかけてもらえずに

 怒りに震えるジョアンナを残して。

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