第15話 勝ち気な従妹

 15.勝ち気な従妹


「ふう……いったん休みましょ」

 私は疲れたので、いったん作業を中断した。

 机の上には、闇の魔力が込められた魔石が積まれている。


 今週分の、魔石の納品がまだなのだ。

 フィオナの件で外出しすぎたのだろう。

 明日はペラドナ侯爵家に届けなくてはならないのに。

 今夜は深夜まで眠れないわね……独りつぶやく。


 魔石は公爵家うちの、大切な兵器であり、兵力である。

 それを王家へ大量に納品することで、

 王族の武力を高めると同時に、反逆の意思が無い事を示すのだ。

 だから”これだけあれば公爵家など敵ではない”と

 王家を安心させるだけの量の納品が必要だった。


 ……実際は、どんなに魔石を持とうとも、

 本気を出したローマンエヤール我が一族公爵家に敵うわけがないのだが。

 私はお茶を飲みながら、ひそかに微笑む。


「”ローマンエヤール公爵家は第二の王族”。

 陰でそう呼ばれているなら、

 国王にはすでに目を付けられてるだろうな」

 レオナルドが言っていた通りだ。


 だから我が一族は過剰なまでに、

 王家に対し服従を表明している。

 誰よりも率先して動き、王族の敵を滅していく。


「お前を俺と婚約させたのも、人質みたいなもんだな。

 将来は夫婦ともに、最も過酷な戦場に送られる運命だ」

 レオナルドの言葉に、私はうなずく。


 国王は私を消すか遠ざけることで、

 公爵家の戦力を削ぎたいのだろう。


 私自身は、彼が婚約破棄しようとした理由が

 それだと知って嬉しかった。

 レオナルドは、エリザベートを守ろうと思ったのだ。

 エリザベートオリジナルさん、良かったわね。


 そう言えば、私が彼女の体に転生……

 転移してからだいぶ経つけど、

 彼女の意識はどこにいったのだろう。


 ……そんなことを考えながら一休みを終え、作業を再開する。

 収める数はなんと200個。

 それを毎週、収めなくてはならないのだ。


 もちろん、私だけの仕事ではない。

 従妹いとこにあたるペラドナ侯爵家のジョアンナも

 半分の100個を負担してくれている。

 彼女も魔力が”私と同じくらい高い”、と評判なのだ。


 ただしそれは、私がおおやけにしている力と同等、ということだ。

 私の真の魔力は、両親ですら知らないのだから。


 私は淡いオレンジの髪、薄いグリーンの瞳をした従妹を思い出す。

 ジョアンナは私と違い、いつも可愛らしく甘え上手だ。

 常に多くの男性と親し気に関わっている。


 しかしあどけなさとは裏腹に、上昇志向が強い娘だ。

 本当は王族と婚姻を結びたかったようだが

 王太子は伯爵家の娘を妻に迎え、

 第二王子は大国の貴族の娘と婚約した。


 そして残ったレオナルドに対しては……。

 私は、エリザベートオリジナルの持つ、

 ジョアンナと王宮で対面した日の記憶を思い出す。


 ************


「エリザベート様、本当にお可哀そうだわぁ。

 私には絶対ぜえったい務まりませんもの。

 だって……ウフフ、あの噂の第三王子でしょ?」


 クルクルに巻かれたオレンジ色の髪を揺らし、

 ジョアンナが笑う。その目は私に対するあざけりが込められていた。


「母親は下級貴族の出で、もう亡くなっているんでしたっけ?

 王族なのにたいした魔力も持たず、

 帝王学すら受けていらっしゃらないのよね?

 将来、この国の要職に付くとは思えませんわね? フフフ」


 何が面白いのか、ジョアンナは楽しそうに

 私の婚約者レオナルドをディスっていった。

 でもエリザベートの心中は意外にも穏やかだった。

 ジョアンナはこれだけ否定しているのだ。

 いつものようにほうが困る。


 国王より、退魔の褒美として贈られた別荘地。

 隣国の王より、魔獣を撃退したお礼に贈られた宝石。

 その他、父や兄からもらった一点もののドレスや家具まで、

 エリザベートが手にする全てのものを

 ジョアンナは欲しがったのだ。


 いろいろな人に甘え倒し、イジケてひきこもり、

 最後には泣き叫んでヒステリーを起こすのが定番だった。


 そうなると、両親であるペラドナ侯爵夫妻が

 エリザベートのところに来て懇願するのだ。

「ジョアンナが可哀そうで見ていられないのよ」

「このままでは親戚間で大きなトラブルになる。

 譲ってはもらえないだろうか、と」


 ローマンエヤール公爵夫妻が、

 任務により不在の時を必ず狙ってくるのだから

 エリザベート自身が対応することになる。

 面倒くさくなり、譲ることが多かった


 ドレスや宝石くらいなんてどうでも良いし、

 とにかくこの夫婦と会話するのが、

 エリザベートオリジナルは嫌でたまらなかったのだ。


 でも今回は、ジョアンナは欲しがったりしなかった。

 その代わり、”出来損ない王子”と噂される男と

 婚約したエリザベートを、歓喜の目で見つめている。


 しかしその時、彼女の側にいた見知らぬ子息がぼやいた。

「本当に……なんというか、もったいない。

 この国一番の美貌と魔力を持つあなたが……」


 それを聞いて、ジョアンナは急に鬼の形相になり

 彼をキッと睨んだ。その子息は大慌てで言う。

「あ、君も同じくらいの魔力があるんだよね?

 いやあ、すごいなあ、君たち一族は」


 彼はフォローしたつもりだろうが、

 ジョアンナは仏頂面のままだ。

 勝気な彼女は、実力だけでなく美貌も

 エリザベートより自分が上だと言いたいのだろう。


 ジョアンナからは、そこまで魔力を感じないのだが、

 それをうまく隠せるというのが、

 人から愛される秘訣だろう。


「この後任務が控えているので、先に失礼しますわ」

 ……本当に面倒な子だわ。

 エリザベートはその場を後にした。


 通常、レオナルドもエリザベートも

 このようなパーティには出席しない。

 しかし今日のパーティは、王太子の婚約披露だ。

 欠席は反逆とみなされる恐れすらあるだろう。


 レオナルドに会うのは久しぶりだった。

 幼い頃はしょっちゅう会ったが、

 彼が寄宿学校に入学してからは数えるほどだった。


 しかも悪いウワサや批判の声ばかりが耳に届いてくる。

 あの優しくほがらかな彼に、何があったのだろう。

 エリザベートは密かに心を痛めていたのだ。


 姿が見えない……もしかして、来ないつもり?

 会場でそんなことを考えていたら。


「あらあ? もしかして、お一人で参加されるおつもり?

 ウソでしょお、そんな恥ずかしいことありますぅ?」

 ジョアンナが、さっきの子息を引き連れて絡んでくる。


「……どうぞ、おかまいなく」

 私がそういっても、彼女は離れて行かない。

「だってえ、エリザベート様がお可哀そうでぇ、ウフフ」

 エリザベートはため息をつく。


 その姿を恥じていると勘違いしたジョアンナは、

 周囲の貴族に聞こえるようにまくし立てる。

「これだけ着飾っても独りぼっちなんて

 私だったら惨めで耐えられませんわあ。

 エリザベート様はもっと、女性としての魅力を

 磨いた方が良いのではありませんか?」


 ああ、なんて面倒な親戚だろう。

 さっさと王太子たちに挨拶をして帰ろう、そう思った時。


 会場にさざ波のようにざわめきが広がる。

 みんな、テラスに面した掃き出し窓を見ていた。

 大きく開かれたそこから入って来たのは。


 艶のある黄金の髪、深いブルーの瞳。

 中肉中背だが、それなりに鍛えているようで華奢ではない。

 陽光にきらめく端正な顔は

 この世の者とは思えぬほど美しかった。


 仕立ての良いロイヤルブルーの服には金の刺繍が施され、

 とても上品で威厳があり、彼に似合っていた。

 しかしそれを着崩し、ネクタイを軽く緩め、

 襟を乱雑に開いているところも

 だらしないと言うよりも色気があった。


 彼は感情のない顔で前に進むと、会場を見渡す。

 視線があった女性の何人かは顔を赤らめた。


 私の横でジョアンナもポーっと彼を見つめていた。

 夢見るような顔でうっとりと、

「なんて素敵な方でしょう!

 天使が舞い降りたみたいだわ。

 どこのご子息かしら……?」

 と、つぶやいている。


 優雅な足取りでこちらに向かってくる彼を

 ジョアンナは小さい悲鳴をあげて喜び、

 自分の連れである子息の腕を振り払って離れた。

「ジョ、ジョアンナ?! どうしたの?」

「いいから離れて! もう帰っても良いわよっ?」

 小さな声で早口にまくし立てるジョアンナ。


 彼女は昔からそうだ。

 欲しいものがあると抑えが効かない。

 そして手に入ると信じて疑わないのだ。


 私の心は不安でいっぱいになる。

 きっと、また欲しがるのだろう。

 そして譲れと言われるのだ。


 レオナルドは無表情のまま近づいてくる。

 そして数メートル前まで来た時、

 ジョアンナが前へとしゃしゃり出て言った。

「あの、私、良かったらご案内させて……」

「結構だ」

 短く答えるレオナルド。


 それでもジョアンナは諦めない。

「私、ペラドナ侯爵家のジョアンナと……」

「聞いてない。そもそも話しかける許可を出していない」

 その言葉にジョアンナは鼻白んだあと、

 すぐに気が付いて顔全体を青くする。


 話しかける許可が必要ということは、王族だと。


「遅くなったな、エリザベート。

 さっさと行こうぜ」

 すっと腕を出すレオナルド。

 私はうなずき、その腕を取った。


 青かった顔を今度は真っ赤にしてジョアンナがつぶやく。

「うっ嘘でしょ? この人……この方があの」

「そうよ。私の婚約者、レオナルド王子よ」

 レオナルドは、黙っていれば最高の王子様なの。


 唇を震わせて私たちを見ていたジョアンナは叫んだ。

「ちょ、ちょっと待ちなさい、エリザベート」

 学習したのか、王子に話しかけなかっただけでも偉いわね。

「あなたは任務があるんでしょ?

 私が代わってあげるから、早く行ってちょうだい」


 私は眉をひそめて答える。

「さすがにこれは代わることができないわ。

 ご挨拶をすませたら直行するのでご心配なく」


 ジョアンナは自分の望みが達成されるまで、

 絶対に折れたりしない。

「いいから私に譲りなさい!

 ね、王子様もそのほうが良いでしょ?

 彼女、なんて呼ばれてるかご存じ? 暗黒の」


「黙れよブス」

 レオナルドが振り向いてつぶやく。

 貴族にあるまじき暴言に、周囲の人々が息をのんだ。


「俺は人のものを欲しがる奴が、死ぬほど嫌いなんだよ。

 自分の力で得たものでもないのに、横取りして嬉しいか?

 乞食以下だろ、そんなの。みっともない」


 チヤホヤされるばかりで、いまだかつて、

 このような扱いを受けたことがなかったジョアンナは

 彼の言葉に、口を縦に長く開いたまま硬直していた。


 レオナルドは無表情のまま、言い放つ。

「俺の婚約者はエリザベートと決まっている。

 いいか? お前じゃない。お前は選ばれなかった。

 言葉がわかるなら黙ってろサル」


 ふう、と息をついて、彼は歩き出す。

 そして私たちは王太子たちに、そつ無く挨拶を済ませ、

 レオナルドは学校、私は任務を理由に退席したのだ。


 帰り際、ジョアンナが立ち尽くしているのが見えた。

 横には、あの子息もいなかった。

 ”帰ってよい”と言われたあげく、

 目の前で他の男に媚を売られたのだ。

 どんな人間でも呆れて去っていくだろう。


 結局、”着飾ったのに独りで参加する”ことになったのは

 ジョアンナのほうだったのだ。


 退出後、私たちはすぐに解散した。

 レオナルドは横を向いたまま、私に言った。

「この間、学校を抜け出てルブレまで行ってきた」

「あんな離れた港町に?! またそんな、規律違反して」

 呆れて笑う私に、彼も少しだけ笑ってくれた。


 そして別れ際、彼は私に小さな袋をくれた。

「……やるよ」

 そう言って後ろ手で手を振り、去っていったのだ。


 袋の中身は、この国ではめずらしい薄荷ハッカのキャンディだった。

 それも、たった一つだけ。


「あの時はちょっと胸がスカッとしたわね」

 彼は私が、”暗黒の魔女”と呼ばれることを嫌うのを知っている。

 だからあんなにジョアンナに攻撃的だったのだろう。


 まあそのおかげで、ジョアンナからのクレクレはピタリと収まった。

 乞食とまで言われたら、さすがにプライドが傷ついたのだろう。


 母親譲りの、国一番の美形で、

 見た目は”ザ・王子”なのに

 出てくる言葉はいつも、率直で開放的だった。


「俺は、フェラーリに乗ったからといって

 自分も高級になったと勘違いする男じゃねえ」

 レオナルドに転生した彼はそう言っていたけど、

 オリジナルも外見をひけらかすようなことはしなかったのだ。


「なんとなく、オリジナルと転生者、

 似てるところあると思わない?」

 私はオリジナルのエリザベートに語り掛け、笑った。

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