第14話 教会の思惑

 14.教会の思惑


 緑版スマホで妖魔の出現場所を調べ、視察と称して向かう。

 妖魔が出現したら、緑版スマホのライトや剣の攻撃などで

 一連の動作にを付け、

 フィオナが聖なる力を行使する姿を誇示する。


 そして、あたかも妖魔を滅する代わりに、

 聖なる力が失われてしまったかのように振る舞う。


 これでもはや、誰にも力が無いことを疑われず

 ”前はあったんだけどねー”で済ますことができる

 フィオナは聖女を、正々堂々と引退できるはずだったのだ。


 しかしディランの登場で、雲行きが怪しいものになっていった。


 ディランはニコニコしながら、フィオナの手を取る。

「……正直、嬉しいよ。聖女の仕事は危険がいっぱいだ。

 これで大切な君を、常に僕の側に置いておける」

 フィオナが困惑しながら手を引くが、離してもらえない。

「いえ、私はもう、聖女ではなくなります。

 次の聖女がすぐに決定され、

 その方があなたの、次の婚約者になるでしょう」


「えええ! そんなっ!」

 それを聞いてショックを受けたのは、助けられた人々だった。

 公爵家の侍従が、悲しそうな声で言う。

「我々を助けた引き換えに、そのような残酷なことが……」

 ディランとフィオナが好きあっていると思っているのだろう。

 人々は困惑し、悲嘆に暮れ始めている。……マズイな。


 しかし、我らがフィオナ、いきなり笑顔で言い切った。

「えっ? 別に何も残酷ではありませんよ?

 もともと王命で仕方なく婚約したのですし。

 ね? ディラン様」

 彼女の空気を読まないマイペースさは、

 時々ものすごい破壊力を持っている。


 さすがに凍り付くディラン。

 それでも必死に笑顔を作って言う。

「そんな風に強がりを言って、身を引こうとしないでくれ。

 僕たちは毎日、あんなに睦まじく……」


 フィオナもものすごい笑顔で首を横に振った。

「”食べ歩き仲間”って感じでしたね、ここ数日は。

 まあ、大丈夫です、教会はさっさと次を決めますよ。

 今度はその方と食べ歩きをお続けください」


 その言葉に、ディランの顔がこわばった。

「……君は、その言葉の意味を分かっているのか?」

 いつになく深刻な表情に、俺は不安になった。

 何か、もっと深い理由があるのか?


 ディランは俺の視線に気が付いて言う。

「場所を変えよう」


 俺たちは手を振る人々に別れを告げ、

 ディランの用意した馬車へと乗り込んだ。


 ************


「なぜ護衛も一緒に乗る!」

 自分の横に座るジェラルドを見て、不機嫌そうにディランが言う。

「俺の護衛だからだよ。お前が変な動きをしないように、な」

 その向いあわせに、エリザベート、俺、フィオナが座っている。


「せめてフィオナがこちら側に来てくれ」

「席順でごねるな、子どもかよ。

 ……話を進めるぞ。なぜお前は急に、

 そんなにフィオナにこだわり始めたんだ?」


 ディランは俺の言葉を一笑して言う。

「こちらこそ驚きですよ。

 あなた方が”教会の思惑”に気付いていたってことに」

 フィオナはハッとし、俺は眉をしかめる。

 ジェラルドとエリザベートはポーカーフェイスを貫いている。


 フィオナを無理やり聖女に仕立てたのは

 第三地区の教会の聖職者たちだ。

 そうか。てっきり報奨金と活動費目当てだと思ったが

 それ以上の目的があったんだな。


 俺の横でエリザベートが、緑板スマホを扇で隠しつつ”検索”を始める。

 今までフィオナが聖女になった経緯など

 調べたことなかったからな。


「まさかあんな小芝居をして、聖女の力を失わせるとはね」

 ディランは笑いながら言う。

 あれが芝居だと見抜いているということは。

 コイツは最初から知っていたのだ、

 フィオナが聖女の力など持っていないことを。


 それでも俺はすっとぼけて言う。

「俺が失わせたみたいに言うなよ。

 多くの人々を救うためだ、致し方ないだろう。

 お前、聖女でない彼女に用はないはずだが?

 次の婚約者はどんな子か楽しみにしてろよ」

 俺はカマをかける。


 案の定ディランは顔をゆがませた。

「……フィオナもお前も、

 言っている意味が判っているのか?」

「フィオナが使となれば、

 ターゲットを次の聖女に変えるだけってことだろ」

 俺のつぶやきに、ディランは軽蔑した目で俺を睨む。


 単なる当てずっぽうだが、図星だったらしい。

 教会に何か思惑があることを明かしたのはディオンだ。

 その言葉から想像するに、

 教会は聖女がどうしても必要だった、ということになる。


「そこまで判っていて……

 自分の女さえ助かれば良いというお考えとは、呆れますね」

「自分の婚約者を見殺しにするお前の方がゲスだろう」

 俺が言い返すと、ディランはフィオナを見て言った。

「違う! 俺ならば助けられるからだ。

 奴らの思い通りにはさせない!」


 検索で何かを見つけたらしいエリザベートがつぶやく。

「そう思っているのはご自分だけですわ。

 ……グエル大司教は、あなたの味方じゃなくてよ」

 その言葉に、俺たち全員が驚いた顔になる。


 俺とジェラルド、フィオナは”……誰それ?”という顔だが

 ディランは知っている人物の名前で、

 それが裏切者らしいと知った時の顔だ。


「嘘だ! いや、なぜそのことを……」

 エリザベートは彼を見据えて言う。

「嘘だと思ったら、シュバイツ公爵家あなたの家の権限で、

 第三支部の請求書や指示書を閲覧してごらんなさい?

 彼はすでに、全ての書類の名義を

 フィオナに書き換えさせているわ」


「何だと!? 話が違うじゃないかっ!」

 ディランは馬車で立ち上がり、よろめいて座りなおす。


 フィオナは顔面蒼白になっている。

 普段の第三支部の様子から、心当たりがあるのだろう。

「あの散財や、高慢で威圧的な振る舞いでのトラブルを、

 全部、”私のせい”ってことにするのね!」

「第三支部だけじゃないわ。

 計画では今後、国内全ての教会の闇を背負うことになるわよ」


 フィオナが絶望と怒りで言葉を失う。

 どおりで、ディランがフィオナの溺愛を始めても、

 緑版スマホに表示されるフィオナの結末が変わらないわけだ。


「まさに生贄ですね」

 ジェラルドの言葉に、ディランは頭を抱えてうつむく。


 俺はディランに言った。

「正直に言うよ。俺たちは確信があったわけじゃない。

 ただフィオナは聖女として振舞うことに抵抗を感じていた。

 もっとふさわしい人がいるだろう、と。

 お前らが思う以上に、謙虚な人間なんだよ」

 するとディランは俺を睨みつけて言い返す。

「知っていますよ! 財も地位も望んでいなかったことを!」


 フィオナがぽつんと漏らす。

「ええ。アナタとの婚約が決まって嬉しかったのは、

 居場所と……家族ができることでした。

 フィオ……私はずっと、孤独でしたから」


 ディランは愛おしそうにフィオナに手を伸ばしかけるが、

 俺はハッキリと断言してやる。

「彼女の実力を知りながら、

 聖女として婚約したお前も同罪だろう。

 少なくともアイツらの仲間だ」


 俺の言葉に、言葉に詰まって手をひくディラン。

 それでも苦し気に反論する。

「拒否も妨害もできるわけがないだろう。

 シュバイツ公爵家は最も教会に近い貴族の家系だ」


「それなのに、どうやって彼女を助けるつもりだったの?

 グエル大司教は結婚に反対してるじゃない」

 エリザベートが彼に尋ねる。

 検索すれば素直に事実を教えてくれる緑板スマホのおかげなのだが

 ディランは飛び上がるほど驚いた後、苦笑いする。


「それにしても詳しいな。

 ローマンエヤール公爵家の”影”でも使ったのか?

 さすがは”第二の王族”と呼ばれるだけはある」


 ほとんどのことをがバレてると考えた彼は

 おそらく正直に語り出した。

「問題はほとんどが金で解決できることだ。

 請求書の不正はシュバイツ公爵家俺の家が補填し

 国民から出る教会への不満も、

 国外からの聖職者を増やすことで対応してもらえる」


 つまり教会の悪事がバレないよう、

 金と人材でフォローして、

 罪を被せる”生贄”の必要性をなくすということか。


 エリザベートが感嘆の声をもらす。

「どうして、そこまでフィオナを?」


 ディランはゆっくりを顔を上げ、フィオナを見て笑った。

「最初は、俺の外見や地位に引かれてきた害虫だと思った。

 たいした力もないくせに、

 聖女のふりをして近づく欲の強い人間だって。

 今までそんな奴ばっかだったからな」

 まあ、その見た目で公爵家子息だ。

 こびを売られるのもウンザリだったろう。


 エリザベートはうなずく。

「個人として見てもらえない悲しみはわかるわ」

 例の幼馴染を思い出す。彼女もきっと同じだ。

 美貌、家柄、才能。惚れてもらう要素がありすぎる者は

 本当に想われることが逆に難しいのかもしれない。


「でも君は違った。聖女だってことを必死に否定し

 特別扱いや贅沢を拒否していた。

 今まですり寄って来た女とは全然違ったんだ」

 俺の記憶の中の、オリジナル・フィオナは確かにそうだった。

 むしろ毎日、特別扱いされることに怯えていたのだ。


 ディランは眉をひそめて言う。

「でも、そっちから婚約を”解消を願い出た”と聞いた時は驚いたよ。

 最初はあんなに嬉しそうにしていたのに、って。

 王子に狙いを変えたのかと思ったが、どうやら違うようだし」


 公爵令嬢とうまくやっているようですしね、

 と小声で言って、エリザベートを見る。

 エリザベートも小声でどうかしら? と返し、肩をすくめる。


 ディランはフィオナに向きなおし、手を取って言う。

「真相を調べるためにもう一度近づいて確信しました。

 君はこれまであった女とは違う。全然違う。

 ただ謙虚で温厚なだけじゃない。

 ここまで俺に関心なく、フラットに接する人は初めてだ」


 フィアナはため息をつき、優しい声で告げた。

「ディラン様。珍しいものに心惹かれるのは誰しも一緒です。

 貴重に思え、欲しくなるのも。

 でもね、人はいつか、自分の”定番”オーソドックスに帰っていくのです」

 ……醤油のことだな。醤油と、味噌。

 俺とエリザベート、ジェラルドは目を合わせる。


「新鮮さとか、斬新さとか、最初は感動するんです。

 でもそのうち飽きるか、落ち着かないものになるでしょう。

 でも自分にとってオーソドックスなものは永遠なのです」

 ……西洋料理のことだな。ファルシとかコンフィとかブレゼとか。

 白米に味噌汁が一番と、昨夜も嘆いていたから。


 フィオナはディランの手を強く握り返して言う。

「ここ数日の食べ歩き、とっても美味しかったし楽しかったです

 でもこれは定番にはなり得ません。

 ……私の理不尽な運命から、

 少しでも助けようとしてくれたことは感謝します。

 ありがとうございます」


 ディランは黙り込んだ。

 自分のフィオナに対する執着が、

 真の愛情なのか、ただの目新しいものへの興味なのか

 判断しかねているのだろう。


 やがで苦し気に、恥ずかしそうにつぶやいた。

「……今の俺には、断言することはできない。

 すまない、フィオナ。

 でも側にいて欲しかったのも、助けるつもりだったのも本当だ」


 俺は初めて、こいつに好感を持った。

 意外と真面目で、正直なやつじゃないか。


 そして視線を俺に向けて言う。

「あなたの敵は、思っている以上に強大だ」

「うすうす気づいてたよ。今回ので確信したけどな」


 馬車がちょうど、俺の宮殿の前に着いた。


 俺たちが降り、彼は馬車の窓から言う。

「手切れ金代わりに、第三支部の書類は処理しておくよ。

 どうせあいつら、新しい聖女の名に書き換えるだけだろうが」

「その前になんとかするさ」

 俺の返事に、ディランは少し驚き、安心したようにうなずく。

 たぶんこいつは、だいぶこじらせてはいたが、

 そんなに腐った奴ではないのかもしれない。


 ディランは最後にフィオナに笑いかける。

「フィオナ。君のスタンダードになりたかったよ」

 そう言って彼は去っていった。


 ************


 俺たちは部屋ですぐ、フィオナの”結末”を確認した。

 フィオナが悲鳴をあげる。


 ”聖女は力を失い、その地位を追われたことを恨み

 新しい聖女の殺害を試みて捕まる。

 そして地下牢に投獄され、

 一生をそこで過ごすことになる”


「死罪ではなくなったけど、ひどい結末に変わりないわね」

 怒った表情でエリザベートが言う。

「どうして、こんな……」

 ジェラルドは困惑し、震えるフィオナを支えている。


「……やっぱりな」

 三人が俺を見た。

 俺は彼らに向かって緑板スマホを向ける。

「おかしいと思ったんだ。

 何をやっても変わらないだろ?」

 三人は神妙な顔でうなずく。

 あれから状況は変わったし、これからも変えるつもりだ。

 その実行力は充分にあるだろう。

 しかし、それでも、俺たちが悲惨な末路を迎えることに変わりは無いのだ。


「そもそも最初から気付くべきだったんだよ。

 クズ王子と言われた俺はともかく、

 誠実なジェラルド、温厚なフィオナ、

 責任感の強いエリザベートが、

 世の中を揺るがすような犯罪をおかすわけないって」


 不安な表情の彼らに、俺は苦笑いで続ける。

「そりゃそうだ。どこにいようと、何をしようと関係ねえ。

 俺たちが”生贄”になることは、すでに決定しているんだよ。

 ”罪を背負わせて死なせる"って決めた奴らがいるんだ」


 フィオナはもちろん教会の。

 ジェラルドはおそらく聖騎士団の。

 俺は王家の、だが、エリザベートは何だ?


 俺たちから視線をそらし、エリザベートは静かに言う。

「私は公爵家の、よ。公爵家は強くわ」

 先ほどディランが言っていたではないか。

 ローマンエヤール公爵は”第二の王族”と呼ばれている、と。


 そんな存在、放っておくわけないだろう。

 国民ではなく、この国の王族俺のクソ家族が。

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