第22話 パーティの始まり
22.パーティの始まり
「……俺の馬鹿野郎」
頭を抱える俺を、エリザベートが追い打ちをかける。
「ほんっとバカね!
フェラーリで公道を突っ走るから
返す言葉もなく、うなだれてしまう。
俺は以前、レオナルドの外見を”フェラーリ”に例えた。
どんなにハイレベルな超美形に転生しても、
調子に乗ったり、天狗にならない自信がある、と言い切るために。
しかし実際は、自分のルックスが周囲に与える影響に
無頓着でいるほうが大問題だったのだ。
この飛びぬけた美貌で、エリザベートやフィオナ以外の女性に
優しくフレンドリーに接すればどうなるか。
俺は
態度や口が悪かった理由をひしひしと痛感したのだ。
「えーと、”フィリップ王子は出現した魔獣ギドラスを見て、
護衛と共に、泣き叫んで逃亡。
そのまま魔獣に追われて渓谷に落下、行方不明になった”」
フィオナが、
「自国の人々の前で恥をかかされたレティシア嬢は激怒。
父親の侯爵に”第三王子は軍で腕を磨いた腕前”と聞いた故、
代わりに彼を寄こすように懇願、侯爵はこれを受諾した」
ジェラルドがその続きを読む。
レティシア嬢はおそらく、
これで俺が、フィリップの代わりに少しでも活躍すれば
自分の婚約者を俺に変更できる! と踏んだのだろう。
エリザベートとの婚約など簡単に覆されることは
前回のフリード王子の件で充分、身に染みている。
「……マズイな。行かないわけにはいかないし、
活躍するわけにも、しない訳にもいかないぞ」
すでに出陣命令は出ている。
国王はおそらく歓喜しているだろう。
アイツは前々から俺を、危険な魔獣の出現場所か
戦争の激戦区へ送り込むつもりだったのだから。
「楽しみにしておれ。最も過酷な場所に送ってやろう」
何度、面と向かって言われたことやら。
”……そんなに死んでほしいなら、
さっさと刺客でも向かわせれば良いものを”
そう思いながらも、俺はうすうす気が付いていた。
国王は、何か”神に対する誓約”を立てている。
それがどんなことなのか誰も知らないが、
死んだ母親が関連していることは間違いないだろう。
「誓いを破るおつもりですか?
ご自分のお命と引き換えに」
そう言って国王を
俺は覚えているからだ。
「……明日の朝には出立ですよね?」
フィオナの不安そうな声で、我に返った。
「ああ、そうだ。行くのはもう避けられない。
後はどうやって、活躍しつつ業績を残さないか、だが……」
俺はそう言って顔をあげると。
そこに見えたのは、剣をせっせと磨くジェラルドと
さっさと帰り支度をするフィオナとエリザベートだった。
ドアを抜けながら、エリザベートが言う。
「じゃあ早く支度なさい。私は現地に直行するわ」
彼女に続いて出て行くフィオナは不満そうに言う。
「私は朝、こちらに来ます。
あぜんとする俺に、ジェラルドが笑った。
「
************
「今回の兄の王族にあるまじき行動、誠に恥じ入るばかりです。
皆様にも深く陳謝し、行動をもって償うことを誓います」
俺はロンデルシア国の軍の前で、片膝を付き口上を述べた。
武将は揃いも揃って恰幅が良く、筋肉隆々だ。
無骨な鎧をまとい、腕を組んで仁王立ちしている。
全員が冷たい目で見下ろしているが、
一人、特に激怒している男がいた。
横にレティシアがいるところを見ると、おそらく彼女の父親だ。
その男はドシドシと歩いてくると、俺の首元に刀を突き付けた。
おおすごい、
父親はものすごい大声で怒鳴り散らす。
「俺が”娘の相手に”と決めたのは、
あの男が”卓越した戦闘能力”を持つと称したからだ。
シュニエンダールが公表しているあの男の戦歴は
全て偽りだったと言うのか!」
……はい、その通りです。
そうとは言えずに、俺は首をひねって答えた。
「まさか、そのようなことは。
私も、兄や自国を疑いたくありません。
それについては、兄が戻り次第、
ご本人に確認していただきたいと存じます」
なにか言いかけた侯爵に俺はハッキリと告げた。
「俺は次兄の代わりにはなりません。
公表されている通り、
俺はたいした属性を持たずに生まれました。
剣技は磨いて参りましたが……
まあ十人並みといったところでしょう」
「では、何をしに来た? どうやって魔獣と戦う」
目を剥き顔を真っ赤にした侯爵を手で制し、
その後ろから出てきた男が言った。
明らかに高位のものだが、国王ではない。
黒々とした長い髭に太い眉、背負った巨大な刀。
歴戦の武将、といった風体を持ち、
皆が彼に一目置いているのがわかる。
「ダルカン大将軍……」
父親の侯爵が、彼の名を呼ぶ。
俺の後ろで、ジェラルドとフィオナが息を飲んだ。
大将軍は落ち着いた眼差して、彼を見てうなずく。
すると侯爵に、落ち着きと冷静さが戻った。
……何という信頼の高さだ。
ロンデルシアのダルカン大将軍。
その名を知らぬ者はいないだろう。
エリザベートの父が
ロンデルシアでは彼がその地位に相当する。
その武勲は数多に登り、彼がいる限り
この国に攻め込む命知らずはいないだろう。
……空気を読めない魔獣たち以外は。
俺は彼に見下ろされながら答えた。
「戦い方は、魔獣によって変わります。
兄が倒すべき魔獣は確かギドラス……」
ダルカン大将軍は震えるような大声で言った。
「ギドラスはすでに
そのため他の隊に手が回らず負傷者が出たのだ。
この責任、どうやってつける?」
俺は沈黙し、頭を下げる。そして顔を上げ。
「負傷した方々には本当に申し訳なく思います。
もちろん、償うつもりで参りました。
……今回の襲撃で、最も凶悪な魔獣は何でしょうか」
ダルカン大将軍は目を見開いた。
そして俺の顔をじっと見ながら答える。
「東の森に現れた”大蛇グローツラング”だ」
……ああ、知ってるよ。
俺は片膝を付き、大将軍に宣言する。
「承知しました。
それでは”大蛇グローツラング”、倒して参ります」
そう言って、その場を後にする。
「ま、待て! 軍は!? どこに待機している?!」
大将軍が慌てた声を出す。
俺は両手を広げて左右を指し示す。
「これが、俺の軍です」
左には軍服を着たジェラルド、右には神官服のフィオナが立っている。
静まり返るロンデルシア国の軍隊。
誰かがつぶやいた。
「軍というより……パーティじゃないか」
そこに、飛竜の影が横切った。
バサバサと翼をはためかし、近くに着陸する。
「遅くなって申し訳ございません」
そう言って戦闘服である黒衣をまとったエリザベートが降りてくる。
「あれは! ”ローマンエヤールの切り札”」
「”暗黒の魔女”だ!」
「なるほど、彼女がいるなら……」
俺は彼らを振り返って言う。
「大蛇グローツラングに闇の魔力は効きません。
俺も、彼女に無理をさせるつもりはない」
そうなのだ。事前に
”最も手強い奴を倒す”ことにしたのは良いが
運悪く相手は、闇の魔獣である大蛇グローツラングだったのだ。
「確かにそうだ。では、どうやって倒すつもりか?」
不思議そうな顔をする大将軍に、俺は笑顔で答える。
「それは現場で考えます」
************
結局、俺たちには見張りが付けられた。
馬で移動する俺たちの後方には、
ダルカン大将軍とその部下たちがぞろぞろとついて来る。
最初それを見つけた時、俺はつぶやいた。
「別の場所の討伐に行った方がいいんじゃねえの?」
隣の馬でエリザベートが肩をすくめる。
「空から見たわ。ほとんどの場所は、彼が討伐済みだったの。
どのみち彼は、このあとグローツラングを
倒しに行くつもりだったのよ」
俺たちが失敗、もしくは逃げ出したら、
代わりに仕留めるつもりなのだろう。
東の森までの道中は、いたって平穏そのものだった。
たまに魔物や魔獣が現れたが、
ジェラルドやエリザベートの敵ではなかった。
しかし、ジェラルドの様子が何やらおかしい。
「どうした? ジェラルド」
彼は不思議そうに、今、倒したばかりの妖魔グールを見ている。
「前回、デスワームを倒したのが
戦ってみて、本当にすごい! と自分で思ったんです。
なるほど
俺たちはうなずく。しかしジェラルドは首をかしげる。
「でも、あの後、何度か剣をふるいましたが、
あの時ほどの動きは出来ないでいるのです」
俺は申し訳なくなり詫びた。
「悪いな。俺の護衛じゃ腕が鈍るかもしれないな」
ジェラルドは慌てて首を横に振った。
「いいえ! とんでもない! 鍛錬のメニューは変えてません。
みんなとの会合の時間以外は全て、
軍の練習場をお借りして訓練してますから」
「それじゃ、一体……」
フィオナが言いかけた時、それをジェラルドが制する。
俺たちは制止し、瞳だけを動かした。
大地が揺れている。……何かが接近しているのだ。
俺たちは馬を降り、離れたところに繋ぐ。
そして身構えようとした時、ジェラルドが俺に早口で叫んだ。
「王子! 私にまた補助魔法をお願いします!
「お? おう!」
聞きたいことはたくさんあったが、
俺はすぐに彼の背に手を当てた。
デスワームを倒した時と同じ、
補助魔法の最大値である”レベル9”の力で
彼の素早さと攻撃力を上げる!
彼の体が発光するのと同時に、
木々の間から、ゴリラを大きくしたような魔猿ヨーワが
鋭い爪を振り上げながら飛び出してきたのだ!
ジェラルドはその真横に跳躍し、光の速さで剣を振る。
地面にバサリと、魔猿の両腕と、毒針の付いた尾が落ちる。
ギャーーー!
そしてとどめに首を落とし、すばやく頭部を蹴り上げた。
魔猿ヨーワは首を落とされても数分は生きているため、
噛みついてくることがあるからだ。
あまりにも素晴らしい剣技だった。
先ほどまでも充分にすごかったが、今のはレベルが違う。
俺たちは見ているだった。それも数秒。
ジェラルドは剣を振って血を落とし、鞘にしまった。
そして俺たちの元に戻ってきて言ったのだ。
「今回の件でハッキリしました。
あなたの能力は卓越したものです」
「は? 俺の補助魔法のことか?
あんな小さな数字だぜ?」
ジェラルドはじっと俺を見ている。俺はつぶやく。
「……小さな、数字?」
俺とジェラルドは同時に言う。
「
エリザベートとフィオナがぽかん、としている。
俺は彼女たちに言った。
「俺の数字はたぶん、累乗根の指数だったんだよ。
ほら、”2乗する”とか”3乗する”っていうだろ?
あの、数字の右上にある、小さな数字のことだ」
フィオナが思い切り顔をゆがめて言う。
「それ、高校で文系選択でも習います?」
「落ち着け……中1で習うぞ」
俺は地面に”2”と描き、その右肩にちょこんと小さく”3”を描いた。
「これが2の3乗」
「ああ、なんだ! 2×2×2かあ! なあんだ~」
フィオナが安心した声を出す。安心したのは俺のほうだ!
エリザベートはビックリしていた。
「……じゃあ私の魔力に”9”なんて設定したら!」
その時、ジェラルドが手を挙げた。
何か、聞こえてくる。
シュルシュル……シュルシュルシュル……
バキバキバキ……
地を這う音。樹木が倒される音。……この音は。
大蛇グローツラングの移動音だ。
木々をなぎ倒しながらこちらに向かってきている。
魔猿ヨーワはこれから逃げてきたのだ。
やがて微動だに出来ない俺たちの前の大木が
メキメキメキ……と倒された。
その横から。
頭の横幅が2mはある、超・巨大な蛇が顔を出したのだ。
真っ赤な舌をのぞかせながら。
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