第12話 完璧な美形公爵子息からの溺愛

12.完璧な美形公爵子息からの溺愛


 シュバイツ公爵家の嫡男ディランは、

 毎日、美女をとっかえひっかえしていたから

 ”聖女の結婚相手にはふさわしくない”と、

 俺たちは教会からのクレームを簡単に引き出せたのだ。


 それなのに。


「先ほど、本人がここに来て告げました。

 来月には式をあげるそうです。これは決定だ、と」

 使者ではなく、わざわざ本人が来たのか。


「……さきほど、やっと帰りました。参りましたよ~」

 緑板スマホの向こうで、フィオナは疲れ果てた声を出す。

「どうした? すぐに迎えに……」

「それは大丈夫です。危害を加えられたわけではありません。

 ただ、精神的ダメージが……」

 彼女の背後が少し騒がしい。

 教会の召使いたちが何か叫んでいるようだ。


「ディラン様、ものすごい数の花束を置いていったんです。

 いろんな色のバラの花束を。

 花瓶も足りず置く場所もないって、みんなが騒いでて」


 俺は呆れて頭を掻いた。

「……バケツにでも突っ込んでおけ」

「バケツも全部、使いました!」


「どんだけあんだよ! ……じゃあ酒樽だな。

 祝祭で使った葡萄酒のタルが、

 庭にゴロゴロ転がってるだろ?」

「ナイスアイディア!」

 そう言ってフィオナは後ろの誰かに伝える。

 騒がしい声が遠ざかっていく。


「式は来月か。まだ手を打つ時間はあるな。

 念のため聞いておくが、アイツと結婚するのは嫌か?」

「……嫌ですね。オリジナル・フィオナも同意見だと思います」

 フィオナの中の人は、記憶を探りながら答える。


「そうか。じゃあ遠慮なく潰させてもらうぞ」

「えっ! 結婚式に王子が乗り込んでくるとかですか!?」

「そんな”事を荒立てるやり方”なんぞ古い映画だけだろ。それに……」

 オリジナルのフィオナとレオナルド王子の関係は、

 恋人とか愛妾とか、そんな単純なものではなかったようだが。

 少なくともレオナルドこいつの本心は、そんなものではなかった。


「まあ明日、みんなで集まって話そうぜ」

「ダメです……。明日は、ディラン様に観劇に誘われています。

 それに着て行くためのドレスや靴、

 アクセサリーまでいただきました!」


 バラの花束だけではなかった。

 ディランは大量のプレゼントをフィオナに捧げ、

 入手困難な舞台のチケットまで取って、デートに誘ってきたのだ。


 ************


「いきなり溺愛モード? 目的は何かしらね」

 エリザベートが首を傾げる。

 彼女は普段と違い、黒い髪を結い上げ、

 赤地に花の刺繍が入った豪華なドレスを着ている。

「いつもの黒ベースのドレスも気品があっていいけど

 こういうゴシック調のも似合うな、綺麗だ」

 どんなに華やかで重厚なドレスも、

 エリザベートは服に着られることがないだろう。


 動揺したのかちょっと目が泳いだ後、

 エリザベートは小さな声でつぶやく。

「人気の舞台を観劇するんですもの。

 このくらいでないと、かえって目立つわ」


 そのとおりだ。俺たちはなんとか、

 ディランたちが観劇する予定の舞台のチケットを入手し、

 彼らの様子を見ることにしたのだ。

 もちろん護衛として、ジェラルドも一緒に。


 俺は腐っても王族だから、問答無用でボックス席に案内される。

 向こうの壁側にあるボックス席に、

 ディランとフィオナが座っているのが見える。


「あら! フィオナ、とても可愛いドレスね。

 髪も流行りの巻き方だし、素敵だわ」

 エリザベートがオペラグラスをのぞいて言う。


 フィオナは淡いピンク色のドレスを着て、

 銀色の髪をゆるやかに巻き上げている。

 真珠でできた耳飾りとネックレスはお揃いのものだ。


「あれがディラン公爵子息ですか。

 噂以上に完璧な美しさですね」

 銀髪に藍色の目をしており、背が高くスタイルも抜群だ。


 ジェラルドの言葉に、俺はうなずく。

「まったくだよ。何なんだ、あの美形は。

 この異世界の外見指数、インフレ起こしてるよな。

 まあ、やっぱり俺が最高値だが」


 横でエリザベートが吹き出す。

「自画自賛はほどほどになさい」

 俺は椅子にそっくり返って反論する。

「良いんだよ、俺は。

 そもそも俺は、フェラーリに乗ったからといって

 自分も高級になったと勘違いする男じゃねえ。

 レオナルドが”顔だけ王子”と呼ばれているのは

 単なる”要素ファクター”なんだよ」


 エリザベートは呆れて言う。

「もし元の世界に戻れなかったら、

 フェラーリの運転手からフェラーリへと変わるのよ?

 その時のために、謙虚に振舞っておく方がいいわよ」


 俺はエリザベートに答える。

「フェラーリが”謙虚な走り”なんかするかよ。

 ……始まるぞ、アイツらから絶対に目を離すな」


 ************


 結果は、惨敗だった。


「申し訳ありません。あまり見てませんでした」

「すまん、俺もだ。全然見てなかった」

「いいの、私もだから」


 異世界の大人気舞台を舐めていましたよ。

 単なるラブストーリーかと思いきや、

 ハラハラするアクションや謎解き、涙あり、笑いありで

 俺たちはバルコニー席から前のめりになって観てしまった。


 ああ、面白かった! ……じゃねえな。


 気が付くとディランたちが席を立っている。

 フィオナの手を引き、

 向かいのバルコニー席から出て行くところだ。


 慌てて向かったせいで、俺たちはとりつくろう間もなく

 ロビーで彼らと鉢合わせしてしまったのだ。


 ディランはフィオナが、俺たちに笑顔で手を振る姿を見て

 美しい顔に不快を浮かべた後、それをかき消した。

「これは、レオナルド王子。

 今日はエリザベート公爵令嬢と御観覧ですか?」

「ああ、俺が見たかったからな。

 彼女に付き合ってもらったんだ」

 エリザベートが俺の横で、

 普通は女性の希望で来るものよ……とつぶやく。


 一瞬驚いた後、ディランは笑う。

「噂通りの人のようだ。フィオナが惹かれるのもわかるな」

 いきなりジャブを打ってくるディランに、

 俺はストレートを繰り出す。

「わかっているなら諦めたらどうだ?」


 ディランは余裕しゃくしゃくといった笑みを浮かべ

 首を横に振って言う。

「諦めるのはフィオナと、君だ。

 彼女がシュバイツ公爵家に嫁ぐのは決定事項だ。

 そもそも君の隣には絶世の美女がいるだろう?」


 俺は笑い返して言う。

「ああ、もちろんいるが?

 だが聖女の隣には誰もいないようだ。

 誠実で清廉潔白な男は、な」


 俺の言葉に、ディランは目を細めて言い返す。

「ここにいるだろう。は過ぎたことだ。

 まで、聖女は咎めたりしない」


 そう言った後、フィオナに向きなおって言う。

「さあ行こう。レストランの予約に遅れてしまう。

 ル・バリストルは鴨が有名なんだ、君の口に合うと良いな」

 そう言ってフィオナの背に手を回し、出口へとうながす。


 困惑顔のフィオナは俺たちを見る。

 俺は彼女に言った。

「せっかく旨いもの食うんだ。

 何も気にせず堪能してこい。

 グルチャで食レポ頼むよ」


 フィオナはこくんとうなずく。

 ディランは”グルチャ”と言う言葉も、

 ”食レポ”も知らないから分からないだろう。

 夜、グループ通話で報告してくれ、と俺は言ったのだ。


 不審な表情を浮かべつつ、ディランは去っていく。

 最後に俺を横目で睨んでから。


 ************


「遅くなってごめんなさいー」

 ジェラルドとエリザベートの三人で話していたら、

 やっとフィオナが会話に加わってきた。

「いいのよ、お疲れ様。大変だったわね」

 エリザベートがねぎらう。


 俺はすかさず尋ねる。

「どうだった?」

 フィオナも即答する。

「美味しかったですー!

 異世界に来て、初めて美味しいと思えました!

 特に鴨のコンフィがソース一滴まで」

「はい予想通りの回答ありがとう!

 本当に食レポしてんじゃねえよ。

 ディランがどうだった、って話だよ」


 フィオナはうーん、と考えた後。

「なんか、笑った後に泣けてくる感じでした」

「今度は舞台の感想かよ」


 フィオナはムッとしたように言う。

「違いますよ。必死で私のご機嫌を取ったり、

 たくさんのプレゼントくれたり。

 その様子が、最初は笑えるくらいコミカルなんだけど

 そのうち物悲しい気持ちになってくるんです」


 ジェラルドは不思議そうに言う。

「完璧なイケメンからの溺愛ですよ?

 女性としては幸せに感じそうですが」

「何言ってるの、ジェラルド。

 嫌いな奴からのダイヤより、好きな人からのアメ玉1個よ」

 エリザベートが反論する。それは言い過ぎだろ。


 フィオナは怒った調子で続ける。

「そもそも、つい最近まで私を嘲笑し罵ってた人ですよ?

 出来損ないの聖女だの、平民出のつまらない女だの。

 そんな人がいきなり手の平を返して

 ”本当は好きだった”とか言われても。

 今どき小学生だって、好きな子に意地悪しませんよっ」


「本当よね! ”最初は冷たかった人が溺愛してくる””って話、

 前からちょっと違和感感じてたのよ。

 だって、そんな”人として失礼な話”ってある?」


「そうなんです! 初対面でいきなり関係を踏みにじっておいて

 ”好みのタイプ”だとわかったらアプローチとか、アホかと」


「美形ならそれも許されるって思っているところも嫌。

 ”ただしイケメンに限る”っていうのが、すでに勘違いよ」


「しかも”溺愛”って、お金持ちと権力者しかできないと思いません?

 たくさんのプレゼント、珍しい食べ物、特別な扱い。

 ”野花を摘んで来てくれた”とか、”食後の皿を洗ってくれた”

 って感じの溺愛って無いですよね」


 俺とジェラルドは緑版を耳に当てたまま、

 狐に追われたウサギのように震えるしかなかった。


 え、最初の対応ってそこまで大事?

 改めるんじゃ、ダメなの?

 ”溺愛”ってみんな、良かれと思ってやってるんじゃないのか?


 ダメ出しが止まらない彼女たちを遮り、

「と、とにかく! アイツとの結婚は阻止する、で良いな?」

「もちろんです」

 プンプンしたまま、フィオナが言う。


 俺は彼女に問いかける。

「で、フィオナ、もう一つ確認したいことがある。

 お前、聖女じゃなくなっても構わないか?」


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