第11話 ジェラルドの真価

 11.ジェラルドの真価


 突然地中から現れた”魔獣デスワーム”は、

 ガルグイユを少しずつ飲み込んでいく。


 デスワームは巨大なミミズのような姿をしているが

 あの益虫と決定的に違うのは、頭部先端にあるくちだ。

 丸く開いたその部分には、放射線状に鋭い牙が並び、

 食らえついた獲物を瞬時に串刺しにするのだ。


 そして首の周りから多くの触手を伸ばしており、

 それを鞭のようにくねらせ攻撃してくる。


 俺は前に立つジェラルドの背中に問いかける。

「……この地にデスワームが出る確率は?」

「だいたい5パーセントです」

「意外に高いな」


 新たな敵が来る、とわかった瞬間、

 ジェラルドは身を挺して俺を守ろうとした。

 護衛兵という立場を遵守してくれているのだろう。

 それはオリジナル・ジェラルドの面目を守る事だから。

 中の人の律義さは、誠実さの表れだ。


「ぎゃーーーーーっ!」

 その時、ものすごい悲鳴が聞こえた。


 ジェラルドに並んで前を見ると、

 デスワームの触手に絡め取られた聖騎士3人の姿が見えた。


「ぎゃああああ離せえ!」

「ひいいいい! 食べられるう〜」

「助けて助けてくれ誰かあ!」

 必死に抵抗し、ジタバタともがく奴ら。

 ……おいおい、腰に所持してる剣は何なんだよ。


「そのまま食っちゃえ! とも思うが、

 このイベントで人的被害を出すわけにはいかないな」

「あんなの食べたら魔獣さん、お腹壊しちゃいそうですしね」

 さらりと酷いことを言うフィオナ。


 騒ぎに紛れ、こちらと合流したエリザベートが眉をしかめる。

「まずいわ。あの状態だと魔法が使えない」

「どういうことです?」

 ジェラルドに問われ、言いづらそうな彼女の代わりに、

 幼馴染で彼女を良く知る俺が説明する。


「エリザベートの魔法の唯一の欠点は、ことだ。

 デスワームを焼き切るとしたら、あいつらも丸焼きになるだろう」

 エリザベートは苦し気に唇を噛み、思いつめた表情で言う。

「一般市民に被害は出せないわ。

 彼らも軍人、覚悟はあるでしょう」


 あるわけねーだろ! あいつらに、死ぬ覚悟なんて。

 他人を犠牲にしたって生き残ろうとするに決まっている。


「いいから、出るな。エリザベート」

「……でも!」

 あいつらの命とか、覚悟とかはどうでも良い。

 エリザベートと中の人彼女たちに、殺人を犯させるわけにはいかない。


「大丈夫です。僕が行きます。

 デスワームなら倒したことがありますから」

 ジェラルドがさっそうと腰の剣を抜いた。

 エリザベートの緊張が少し緩む。


 俺はそれにも複雑な心中だった。

 手柄や経歴を全て横取りされ、

 長年の願いだった聖騎士団になれないと知った直後、

 ジェラルドはきっと、彼らを殺したいほど憎かったはずだ。


 ”自業自得の死ざまあ”を迎えるには

 おあつらえ向きのシチュエーションなのだが、しかし。


 俺はジェラルドに笑顔で言う。

「全てを取り返してこい……利子付きでな」

 ジェラルドも笑顔でうなすく。


 歩き始めた彼の背中に俺は手を当てた。

 絶対に、彼にこの場で活躍させるのだ。


 俺は数年ぶりに補助魔法を使う。

 なけなしの力。小さな小さな数字。

 俺は補助魔法の最大値である”レベル9”の力で

 彼の素早さと攻撃力を上げた。


 ジェラルドの体が発光する。そして驚いた顔で振り返った。

 俺は照れ臭くなり、横を向いて言う。

「……ほんの微力だろうが、気持ちの問題だ」

「ありがとうございます」


 そういった後に、ジェラルドはちょっと首をかしげた。

「王子? ほんとにこれ、9……」

「悪かったなっ!」

「いえ、そうじゃなくて! この感覚だと……」

「見て! 捕食されるわ!」

 エリザベートが叫ぶ。


「やめてくれえええええ!」 

 触手に捕まった一人が、とうとう口元に運ばれていた。

 走り出すジェラルド。……早い! 早すぎる!


 エリザベートが彼の動きを読み、策を練る。

「彼はまず、触手を斬るつもりね……

 どうにかデスワームを興奮させられないかしら。

 デスワームは口を開いている間、触手の動きを停止するから」

 さすがは戦いの女神。

 全ての魔獣を熟知してらっしゃる。


「わかった。俺に任せろ」

 俺は緑板スマホを取り出し、検索を始める。

 そして


 ギャオオオン! ギャオーン!

 ギャオオオオオオオオン!


 俺の緑板から、奇怪な音声が響き渡る。

「な、なんですか?! この声」

 フィオナが驚き、エリザベートが感嘆の声をあげる。

「デスワームの天敵、妖犬ベルフレムの声だわ!

 それも獲物を見つけた時の吠え方ね!」


 案の定、デスワームは危険を感じたらしく、

 威嚇のために大きく口を開いた。


 その瞬間、ジェラルドが動いた。


「速ええ! 見えない!」

 まさに”神速”だった。


 横取り三人組に絡まった触手を、

 ほとんど同時に切り落としたように見えた。


 そしてそのまま跳躍し、触手を足で蹴り除け、

 弱点である首の環帯に剣を振り下ろし、

 ざっくりと切り落としたのだ。


 スピードだけではない。

 剣さばき、切断の威力、無駄のない動き。

 どれをとっても超一流の戦いざまだった。


 ゴロンと転がるデスワームの頭部。

 力なく横たわる胴体と触手。

 解放され、へなへなと地面に座り込む三人組。


 ……ウワアアアアアアアアアアア!


 しばし、あっけにとられていた観衆から

 爆発的な歓声が起こった。

「凄い! なんて強さだ!」

「ああ、すごいものが見れたな!」

「素晴らしい剣技だ! あれは誰だ?」

 きゃああ~


 ピンチを救った剣士が、

 優し気な男前ハンサムだということに

 目ざとく気付いた女の子たちが黄色い声を出す。

 照れながらこっちに歩いてくるジェラルド。


 俺はと気が付いて、ジェラルドに尋ねる。

「もしかして、あいつらが詐称していた

 ”魔獣グムンデルドを倒した”ってやつ、

 ジェラルドの経歴か?!」

 彼は素直にうなずく。

「あれは結構大変でしたね。一人で倒すのは」


 フィオナが両手で口を覆い、エリザベートが目を見張る。

 俺はため息をついた。


 彼の実力は、俺が独占して良いものでも、

 辺境に仕舞しまんで良いレベルでもないようだ。


 彼は本物の、聖騎士となるべき人物だったのだ。


 ************


 大興奮の観衆に紛れ、

 手柄横取り三人組はコソコソとその場から去ろうとする。

「怖かった……ほんとに怖かった」

「もう嫌だ……騎士なんて辞めてやる!」

 エグエグと泣きながら歩き出す彼らに

 フィオナが優しく声をかける。


「お怪我はありませんか?」

 彼らは一瞬立ち止まり、何か言おうとしたが

 エリザベートがそこに割り込んて言う。

「怪我は無いようで良かったですわね。

 これも全て、彼の活躍のおかげだわ。

 どうぞ、こちらに。

 彼らがあなたに、お礼をお伝えしたいみたいですわ」


 うちの女性陣が情け容赦なく追い打ちをかけるため、

 ジェラルドを彼らの前に引き寄せた。

 困った顔でジェラルドが近づいてくると、

 三人はとたんに虚栄を張り、彼に怒鳴り散らし始める。


「お、お前っ! なんでこんなとこにいるんだよ!」

「王子がこのイベントを御観覧されるため、

 その護衛として来ました」

 しれっとジェラルドが答える。


 真っ赤な顔をして一人が叫ぶ。

「助けるのが遅かったぞ! このグズが!」

「だから護衛なんて辞めて、

 俺たちのとこに戻れって言っただろ!」

「そうだ! お前のせいでこんなことに……」


「つまりあなた方は、彼がいないと戦うどころか、

 生き残ることもできない、というわけですね?」

 気が付くと主催者、つまりエリザベートの従者がツッコミを入れる。

 音声は全て、拡張機が拾っている。


「うわあ、お礼すら言わないで、最低ね!」

「情けなくて弱っちい奴が、

 あんなに強くて素敵な方に、何言ってるのかしら」

「恥ずかしい~ ”代わりに戦ってくれ”なんて。

 聖騎士じゃなくて、ただの兵士でもあり得ないでしょ」


 大多数からの非難を浴び、ハッと周囲を見渡す三人。

 冷たい目で見下され、自分たちの立場を思い知ったようだ。


「信じられない……あれが聖騎士だなんて」

「金を積んだらなれる、という噂は本当だったんだな」

 聖騎士団が結成されてから、少しずつ広まった噂だ。

 やはり、人のくちに戸はたてられないな。


「命の恩人に、その態度はおかしいだろ!」

「子どもが見てるのよ?! お礼くらい言いなさいよ!」

「役立たずのくせに、なんで偉そうなんだ、お前ら」


「すぐに謝辞を述べよ! これは命令だっ!」

 一般市民を押し分けながら、聖騎士団の上官がやって来て叫ぶ。

 イベント会場に魔獣ガルグイユ出現の報を受け、

 急遽、ここに派遣されてきたのだろう。


「……お前たち、なんということを……なぜ、戦わなかった!

 それどころか、あのように情けない姿をさらすとはっ!」

 この様子だと、一部始終を知っているのだろう。

 彼らが聖騎士団の名を泥まみれにしたことを

 激しく怒り、ショックを受けているのだ。


 こいつらのせいで、聖騎士団の真実が明らかになった。

 治世をアピールするための、単なるこけおどしの集団だと。

 王家の面目は丸つぶれだろう……ざまあみろ。


「……あ……ありがとう……ござい、ました」

 上官の鬼の形相を見て、三人はそっぽを向きつつお礼を言う。

「どこを見ているっ! 頭を下げよ!」

「は、はいっ! ありがとう…ございごにょごにょ」

「聞こえない! もっと頭を下げよ!」


 困惑するジェラルドを前に、そんなやり取りを何度も繰り返し、

 最後はやけになったように、三人組は叫んだ。

「助けていただいて、ありがとうございましたあ!」


 ************


 ジェラルドは報道人に囲まれ、

 照れたような笑顔を浮かべている。

 たくさんの人が彼にお礼を言い、

 その剣技を褒めたたえていた。


 エリザベートが横に来て、俺に言った。

「ほんとにすごい護衛を手に入れたわね。

 公爵家に欲しいくらいだわ」


 笑顔で言ったその言葉を聞き、

 俺は真顔で彼女に向き直っていう。

「……すまない、頼み事ばかりで申し訳ないが……」

 俺の依頼を、彼女は驚いた後、

 顔を曇らせながらも承知してくれた。


 ************


 その夜。

 いろいろあったが、うまくいったな。

 ジェラルド、少しは気持ちが晴れたかな?

 そんなことを思いながら、眠ろうとした瞬間。


 枕元に置いた緑板スマホが振動したのでつかみ、

 画面を見てみる。フィオナ? 


「……どうした?」

「どうしましょう……ディランが……」

 焦ったような小声でフィオナがささやく。


 聖女は歴代、王族かシュバイツ公爵家に嫁ぐことになっている。

 しかし俺たちが、婚約者であるディランの不貞を訴えたため

 彼らの婚約は教会からのが付き、

 まもなく婚約話は流れるはずだったのだ。


 浮気三昧だったディラン自身が

 なぜか”婚約破棄はしない!” と

 断固拒否していると聞いていたが。


 フィオナは涙声で言ったのだ。

「ディランが婚約を続行するどころか、

 結婚式を近々強行すると宣言してきました!」

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