第10話 聖騎士団員の実力

 10.聖騎士団員の実力


 ”いやあ~今日は良いお天気に恵まれ……”

 このイベントを企画した主催者の挨拶が

 俺の緑板スマホからかすかに聞こえてくる。


 急に声が大きくなり、女性の声に変わった。

「えーここ、エルファラ高原では、

 例年通り、カイト競技会が開催されております。

 のどかに広がる草原には、出場チームだけでなく

 家族連れや恋人同士、仕事仲間といった

 たくさんの人々が集まっていまーす。

 ……現場からは以上です!」

 レポーターごっこをしているらしいフィオナの

 能天気な声が聞こえてくる。


 今日はエルファラ高原で、

 一般市民による”カイト競技会”、

 つまり凧揚たこあげ競争が開かれている。

 それなりに国内外でも話題になる大きなイベントだ。


 会場となるエルファラ高原は、比較的安全な場所だが、

 年に数回、魔獣の出現が確認されている。

 だから必ず警備がつくのだが、

 今回は聖騎士団より第七班が選ばれたのだ。

 そう、あの、ジェラルドを罠にはめ、

 手柄を全て横取りした貴族の子弟たち三人組の班だ。


 侍従からの報告によると、

 軍からの伝達を受けた彼らは、

 大喜びでこの指令を受けたそうだ。


「こういうのを待ってたんだよ!」

「何も出やしないんだから、

 形だけ警護すりゃいいんだろ? 楽勝だな」

「アイツを取り返すまでは、

 危ない仕事はお断りだぜ」

 そう言って三人で笑っていたそうだ。


 俺はそれを聞いて、

 彼らへの報復は徹底的にすることにした。


 凶悪な窃盗団の壊滅、ハイレベルな魔獣の討伐。

 そういった、ジェラルドが血と汗で成した業績を

 金と権力で根こそぎ奪い、聖騎士団になった彼ら。


 しかも入団後も、下働きの兵としてジェラルドを側に置き

 自分たちの代わりに戦わせるつもりだったのだ。


 そんな思惑をぶち壊すために、

 俺はジェラルドを自分の護衛兵に引き抜いた。

 そのせいで、彼らは未だに出撃できないままだったのだ。

 ……まあ、出たら死ぬもんな。実力ないから。


 未だに彼らはジェラルドにつきまとい、

 自分たちのところへ戻ってこいとしつこく絡んでくる。


 このへんで、きっちりカタをつけてやらないとな。


 今回、ここに彼らを警護として派遣したのは

 エリザベートが公爵家の権限を使って

 裏で手を回してくれたのだ。

 今日は密かに現場に出向き、陰で見守っている。


 俺とジェラルドは、

 緑板スマホで彼女たちに現場の様子を聞きながら、

 会場からほど近い荒地の斜面に来ていた。

 ……ひとつの目的を達成するために。


 俺は斜面のを指さし、ジェラルドに問いかける。

 俺たちの探している魔獣は、

 巣穴の直径で体の大きさが判るのだ。


「あれくらいじゃ、あいつらでも倒せるかな?」

「いや、絶対無理ですよ。あの半分の大きさでも無理です」

「……嘘だろ」

 その実力でまあ、聖騎士になんてなったもんだ。


 俺たちは適当と思われる巣穴を見つけ、

 中に煙筒を放り込んだのだ。


 そしてその場を逃げ去った後、

 緑板スマホの画面にあるハートとダイヤを押して言う。


「……成功だ。俺たちもそちらへ急いで向かう」


 ************


「……わかったわ。こっちは任せて」

 エリザベートが言い、フィオナが笑いを含んだ声で言う。

「では私、彼らに近づきまーす」


 彼女はすでに、三人の側にいたらしい。

 しばらく歩く音が聞こえた後。

「皆様、今日はよろしくお願いいたします。

 大変、心強く思っておりますわ」

「は、はい! 聖女様!」

「我々にお任せください!」

 彼らの沸き立った声が聞こえてくる。


 彼らはしばらく、今まで倒した魔獣についてなど

 のんびりと会話を楽しんでいる。

 絶世の美少女であるフィオナを前に、

 横取り三人組が舞い上がっているのが伝わってくる。


「あ、あれは何でしょうか?」

 フィオナがのんびりとした声を出す。


 さっき巣穴から飛び出していった個体が、

 会場上空に到着したのだろう。

 無数に上がるカイトを、エサの鳥と間違えて。


「きゃああああああああ!」

「魔獣だ! 魔獣が出たぞ!」


 現れたのは、魔獣ガルグイユだった。

 猿とトカゲを合わせたような姿に、コウモリのような羽。

 正直、魔獣のレベルとしては下のほうだろう。


 それでも突然現れた魔獣に、人々はパニックを起こしたようだ。

 緑板から悲鳴や怒号が聞こえてくる。


 しかし、皆が空をのんびり眺めている状況だ。

 魔獣はすぐに発見されたため、

 人々が避難を始めるのも早かった。


「なんで、なんで、こんなとこにいるんだ?!」

「魔獣が出る可能性が低い任務だったのに!」

「こっちに来るかな? 来ないよな?」

 フィオナの緑板から、横取り三人組の動揺する声が聞こえてくる。


 俺たちが巣穴から叩き出した魔獣ガルグイユは

 緑板で調べた習性のとおり、カイトをめがけて飛んでいった。

 そしてカイトが食えないと気付くと、

 今度は地上の人間に目を付けたのだ。


 主催者が音声拡張機で叫ぶ。

「皆さん! 落ち着いてください!

 ご安心ください! ここには聖騎士様がいらっしゃいます!

 さあ聖騎士様、討伐お願いします!

 聖騎士様の素晴らしい剣技をご披露いただきましょう!」


「会場は一気に恐怖から開放され、

 逆にお祭りムードを取り戻しました!

 訪れていた報道人が前に出てきましたねえ。

 ふふふ、子どもを肩車する親までいますよ」

 レポーターフィオナが小声で俺たちに実況してくれる。


 ”聖騎士団はこの国の史上最高の強さを誇る”

 と国内外に広められているのだ。

 期待しない方が無理というものだろう。


 主催者はふたたび、聖騎士団横取り三人組に問いかける。

「あれ? どうされましたか?

 事前にいただいた経歴書には

 あの程度は何百匹も倒していて、

 それどころか”魔獣グムンデルド”さえ倒したことがある、

 と書かれていましたが?」


 アナウンスされた言葉を聞き

 会場からどよめきと、拍手が沸き起こる。

 グムンデルド! 大きく出たな。俺は吹き出す。

 ハッタリにもほどがあるだろ。


 彼らの慌てる声が聞こえてくる。

「やめろっ! 拡張機を使うな!

 ガルグイユを刺激するだろ!」


 主催者は驚いた声で言う。拡張機を持ったままで。

「あの魔獣は音には反応しない特性を持つはずですが。

 ……え? まさかご存知ない?!

 そんな……聖騎士団なのに?」


 そう。この煽るような物言い。

 この主催者はエリザベートの忠実な従者が成り代わっている。

 とことん彼らの実力を、世間に知らしめるために。


「3人は目を合わせて、固まっています。

 剣を抜くことさえしていません。

 みんながザワザワしています。

 彼らの様子がおかしいことに気が付いたようです」

 フィオナがささやく。


 三人のうち、ひとりが叫んだ。

「きょ、今日は調子が悪いのだ! 

 ケガをしているのだ、病気なのだ!」

 もうひとりが叫ぶ。

「だ、誰か倒せっ! 倒してみろ!

 その者に名誉をゆずってやろう!」

 最後の1人は、声が震えていた。

 ガルグイユが近づいてきたのだろう。

「誰かっ! 早くっ! こっちに来るー!」


 フィオナがのんびりという。

「あー。三人だけメイン会場に残されていたので、

 すっかりガルグイユに狙いを付けられたようですね。

 ”突撃! 隣の昼ごはん!” という顔で下降してきます」


 もはや、彼らに虚勢を張る力も残っていないようだった。

 ようやく俺たちが会場に到着してみたのは、

 腰を抜かして座り込み、三人が固まって泣き叫ぶ姿だった。


「嫌だあ! 無理無理無理!」

「は、母上ーーー! 助けてえ!」

「怖いよ! 怖いよお〜 ひいいいい」


 あぜんと見守る市民や報道陣たち。

「……これが、最強といわれる聖騎士団なの?」

「ニセモノだったってこと?」

「いや、本物の制服だし、第一、

 聖騎士団の馬車でここに来たじゃないか!」


 ガルグイユは耳が聞こえないぶん、慎重な性格で、

 いきなり攻撃はしてこない。

 三人の側に着地し、彼らの様子をみている。


「”食っても不味そうだな”という顔で見ています」

 フィオナが俺の隣で、実況を続ける。

 もう良いって。


「このへんにしておくか」

 エリザベートに合図を送るため、

 彼らに背中を向けて数歩歩き、緑板を取り出した。


 エリザベートはそのために来ていたのだ。

 充分に彼らが”実力”を披露したのち、

 彼女が魔獣を一撃で倒し、市民への被害を抑えるために。


「……王子っ!?」

 とつぜん、ジェラルドが叫ぶ声がする。

 俺は緑板から目を離し、振り返った。

「どうした? ジェラル……」


 ジェラルドが俺を守るように前に立った。

 それと同時に、いきなり地鳴りのような重低音が響く。

 舞い上がる土煙。


 一斉に静まり返った。

 真の恐怖は、人から言葉を奪うのだ。


 砂塵が収まるにつれ、それが姿を現した。

 ガルグイユが食われている。

 その体には無数の牙が突き刺さっていた。


 突然地中より、大型で凶悪な魔獣”デスワーム”が現れたのだ。

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