第9話 王族なのに補助魔法
9.王族なのに補助魔法
エリザベートに対する虚偽のプロポーズ問題が収まり
俺たちは極めて大人しく過ごしていたが、
それでも俺たちの悲惨な末路に変わりはなかった。
『シュニエンダール物語』のあらすじに書かれているのは
現在の状況と、4人が如何にして死んでいくかの記述のみだ。
どこをどうすれば良いのかのヒントが見つからない。
まずは現在の状況。
”レオナルド王子は、兵士ジェラルドを護衛兵とし
エリザベート公爵令嬢と聖女とともに
国防に関する研究チームを発足した”
↓ ↓ ↓
全員、残酷な懲罰を受けた後、死刑!
「って、なんでだよ!」
居室のソファーで、俺は頭を抱える。
何が何でも死んでほしい奴が書いたシナリオじゃないか。
横でエリザベートもため息をつく。
「私は相変わらず世界を狙っているし」
「私が聖女として傲慢に振る舞ったって……
そもそも会話すらしてないのに!」
「僕なんて、護衛兵から盗賊団の頭に大出世ですよ」
「俺はどうやっても王家の罪を背負うらしい」
フィオナの婚約者はまだ未定のままだった。
意外にも元・婚約者のディランが拒否しているそうだ。
何考えてんだ? あの冷血プレイボーイは。
俺は机に肘をつき、手を組みあわせてつぶやく。
「……こうなったら、都落ちするしかないな」
「都落ち?!」
驚く三人に、俺は詳しく説明することにした。
「こんな王都にいないで、目立ったことしなきゃいいんだろ?
のどかな牧草地で、静かにのんびり暮らそうぜ」
「大賛成ですっ! ヤギとか羊とか動物いっぱい飼いたいです!」
一秒の
逆にジェラルドは考えこんでしまったので、
俺は彼のために計画を補足する。
「たまに他の討伐を請け負えば、みんなの役に立てるぜ?
辺境はもともと、中央からの救済が遅れがちなんだし」
それを聞き、彼は満足そうに大きくうなずく。
「そうですね! それならば本当に困っている人々の役に立てます。
オリジナルもきっと喜んでくれるでしょう」
これを聞いて、ジェラルドの中の人も良い奴だなあ、と改めて思った。
自分の都合よりも、オリジナルの希望や
人の役に立つかどうかで判断しているようだ。
しかし、エリザベートが悲し気に首を横に振った。
「私は無理ね。辺境でのんびり暮らすなんて、
国と父が絶対に許さないわ」
強大な魔力を持つ彼女は、大切な”国家の戦力”だから。
毎日毎日、魔石作りに追われ、兵たちの魔力を引き出し、
大きな事案には必ずといって良いほど、
父や母、兄とともにかり出される。
ローマンエヤール公爵家で戦わない者はいないのだ。
沈黙する俺たちに、エリザベートはパタパタと手を振り、
笑顔を作り明るい調子で言ったのだ。
「ああ、でも大丈夫!
時々、三人が暮らす辺境に遊びに行くわ!
普段は中央権力からは出来るだけ離れて……
それで……修道院にでも入れば……」
俺はため息をつく。
エリザベートは”オリジナル”も”中の人”も、
何でも独りで解決しようと、背負いこむタイプらしい。
俺はあれこれ言う彼女を制し、苦笑いで却下する。
「あのなあ、お前を置いてくわけねーだろ。
……そうだな、どっかの辺境に、
”ずっと倒せない魔獣”とかいないか?
抑えるのがやっとで、”国にとっては頭痛のタネ”みたいな」
「……何か所かありますね」
俺の問いに、しばしジェラルドが思い当たるように言い
「”氷竜ユラン”が出没する北のジランタウみたいな所?
東の海域では”ザラタン”による被害が著しいわね」
人差し指をあごに当て、エリザベートもつぶやく。
「そこだよ。 そういう場所に移住するんだ。
エリザベート……と俺たちがそこに行くことで
そういった魔獣を抑えられるなら
国家予算とか人員配置とか、
かなりの削減になるだろう?」
エリザベートの顔がぱあっと明るくなる。
「……確かにそうだわ!
毎年それで、軍も
それは俺も知っている。
無駄遣いしたくない、とぼやいているからだ。
エリザベートはウキウキと続ける。
「それに、私をいろんな場所に派遣して戦わせるのって、
いろいろ手続きや準備が面倒なの。
それなら一か所、負荷の重たい場所に
”置きっぱなし”にしたほうが効率的だわ。
……それなら賛成してもらえそう!」
「しかし、毎日が危険と隣り合わせになりますね。
僕は兵士なので望むところですが」
ジェラルドが女性陣を見て心配そうに言う。
それを聞き、ニコニコと話を聞いていたフィオナは
視線を斜めに落とし、つぶやいた。
「……人と精神的に争うよりも、魔獣のほうがマシですよ」
こいつ、呑気そうに見えて本当に苦労してんな。
「そう心配するな。俺たちには
そういって俺は緑板をかざす。
「これで魔獣の生態や弱点を探れるからな。
かなり余裕のある戦いができるだろう」
おおー! と三人が喜ぶ、
倒せそうで倒せないが、被害は出さない。
その状態を数年キープすれば、
正体不明のシナリオライター
”俺たちを絶対殺すマン”も諦めてくれるだろう。
強力な魔力と、本来聖騎士団に入れるレベルの剣術。
そして弱いといっても治癒と浄化の力。
嬉しそうな彼らを見渡し、俺は現実を思い出す。
「まあ、俺は何にも出来ないがな」
「そんなことないわ。大事なブレインよ」
エリザベートが言ってくれる。フォローありがとう。
「私だって元々、たいしたことはできません。
でも、動物の世話はちゃんとします!」
フィオナも何故か胸を張って言う。
しかしジェラルドがストレートに聞いてくる。
「そうですか? 王族には、何かしらの魔力があると聞きますが」
「……あるっちゃ、ある。だけど俺は王族でも最低だ」
エリザベートは知っているので、悲し気に黙り込む。
俺は他の二人のために説明する。
「国王は知ってのとおり光属性だ。
王妃は元・聖女だから治癒と浄化。
王太子は水属性で、第二王子は風。そして俺は……」
俺は”鑑定の儀”を思い出す。
王族だけでなく貴族一同が見守る中、
宝玉に触れて現れた、俺の魔力の系統は……。
「補助魔法だったんだよ。
国王の顔は大きく歪み、兄たちは大爆笑。
貴族も眉をしかめるか、冷笑していたよ。
俺の母は真っ青になり震えていた。
……ローマンエヤール公爵だけだ。
これも大切な魔法だと言ってくれたのは」
エリザベートは唇をとがらせて言う。
「……父は、全ての魔力を平等に扱う主義なだけよ。
属性に限らず、魔力を侮ることを嫌う、それだけ」
急に反抗期の娘のような顔をするエリザベート。
俺は苦笑いで続ける。
「しかも、だ。そのパワーを測定するため
試しに次兄の攻撃魔法を2倍にしてみせろと言われたんだ。
でも、俺の出力を測定した魔道具に出た数字は、
普通よりもかなり小さな”2”の文字だったんだよ」
俺は人差し指と親指で5㎜くらいのスキマを作る。
魔道具に浮かび上がった、小さな小さな文字。
通常の文字の大きさの、半分以下だったろう。
「当然、兄の攻撃は
兄たちは自分の侍従と一緒に、涙が出るほど笑い転げていた。
「使えねえ~ ゴミ能力過ぎだろ!」
「コイツ、ほんっとに役に立たねえなあ!」
王妃や第二夫人も、俺ではなく母親に嫌味をぶつけてきた。
「情けない王子ですこと。才能の欠片もありませんわ」
「さすがは母親の出自が悪いと子どももダメですわねえ」
貴族たちも兵士も、俺が何の役にも立ちそうもないことを
呆れたり落胆したり……せせら笑ったりしていたのだ。
恥ずかしさと情けなさ、母に対する申し訳なさで
死にたくなる気持ちでいっぱいだった。
「あれ以来、俺は魔力を使ってない。
まあ、使う必要もなかったけどな」
俺が魔力を使うことを母が極端に嫌がったのは、
あの日以来、俺への国王の態度が
とんでもなく冷徹になったからだろう。
実の父親とは思えないほど、
粗雑な扱いをするようになったから。
だから俺の婚約者には、高い魔力を持ち、
闇だけでなく炎の属性も併せ持つエリザベートが選ばれたのだ。
……俺の能力を補うために。
「そんなわけでその後は、兄たちと教育環境に差を付けられたよ。
俺は帝王学も治世学も学ばせてもらうことはなかった。
普通に貴族の学校に入れられたんだ。
……まあ、好き放題できて楽しかったけどな。
荒れ狂い好き勝手する、出来損ないが出来上がりだ」
「いえ。帝王学を学んだ結果、
あのような独善的で高慢な人間が出来上がったのですから。
レオナルド王子が”普通”を学べる環境で良かったと思います」
ジェラルドが言ってくれる。
国王や兄たちが民衆を見下しているのは有名な話だ。
王族や貴族の知らないところで、
すでに王族離れは進んでいるのかもしれない。
「ま、あいつ等に巻き込まれて殺されないように、
俺も一緒に辺境に逃げておかないとな。
ごはんくらいは作ってやるからさ」
エリザベートがうんざりした顔で言う。
「本当にお願いしたいわ。
なんというか、この世界の食事が残念で。
今までの海外旅行でも気にならなかったのは、
”帰国したら食べられる”ってわかってたからよね。
もうあの味を食べられないかと思うと……」
「つくづく醤油の存在の偉大さを思い知りますね」
ジェラルドもうなずき、フィオナも悲し気に言う。
「味噌もです……味噌汁飲みたいです」
俺は笑い、彼らに宣言する。
「んじゃ、
そうして俺たちはそれぞれ、良い移住先を探すことにしたのだ。
************
「……あんまり敵が弱すぎるのもダメだし
かといって寒すぎや、不毛の地は嫌だな。
どっか風光明媚なリゾート地だけど
弱点たくさんある凶悪な魔獣が住むとこ無いかな、無いか」
地図と
ジェラルドから着信があった。
耳を当て、声を出そうとしたら。
「ジェラルド、話があるって言ってるだろ!」
「まあ、待てって。お前にとっても良い話だよ」
「護衛なんて、せっかくの修行を無駄にする気かよ」
「……今は任務中のため、お断りいたします」
これは! ジェラルドの成果を全て横取りし
聖騎士団に入った、あの貴族子弟三人組の声だ。
ジェラルドが
俺たちに聞かせているのだろう。
「戻ってこいよ。俺たちの任務を手伝うんだ。
たくさん活躍したら、俺たちが聖騎士団に推薦してやるからさ」
「お前、聖騎士になるため、頑張ってきたんだろ?」
「……お断りします」
確か、彼らはあれから、自分の体調不良や
身内の不幸を理由に、出撃を断り続けているんだっけ。
クソどもが。ジェラルドに絡みやがって。
俺は彼がいるであろう場所を目指そうとするが。
「何をなさっておいでですの?」
緑板の向こうで、氷のような声が三人組を貫くのが聞こえた。
「この護衛兵は、王子からの伝書を
私に届けに行く途中でしたのよ?
それを遮るなんて、一体どういうおつもりかしら?」
そっと目を閉じる……俺には見えるぞ。
ものすごい美貌に凶悪な笑みを浮かべ、
彼らを見下しているエリザベートの姿が。
「あなた方、聖騎士団の……確か第七班ね?
ずいぶんとお暇なようね。父に伝えておきますわ」
「いえいえいえいえ、大忙しですので!」
「失礼します!」
沈黙の後、穏やかなジェラルドの声がする。
「聞こえていましたか」
「おう。丸聞こえだ。
あいつらめんどくさいな、潰しておくか?」
そう言って俺は、先ほどまで見ていた地図を広げて言う。
そして通話ボタンのうち、ハートマークを押した。
秒の速さでエリザベートの声が聞こえる。
「……どうしたの?」
「ジェラルドは俺の護衛兵だからな。
礼が言いたかったのと、もうひとつ……頼みがある」
俺の計画を聞き、氷の女王様は吹き出していた。
それは先ほどクソ兵士に向けた声とは違い、
年齢に見合った、あどけない笑い声だった。
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