第8話 ぽっと出て、ぱっと去り行く幼馴染
8.ぽっと出て、ぱっと去り行く幼馴染
「……なんだよそれ。情けねえ男だなあ」
俺はベッドに横たわったまま、
今は深夜だが、俺たちはさっそく、
4人でのグループ通話を楽しんでいた。
エリザベートの帰宅後に起こった、
”幼馴染からの告白話”を聞き、
俺たちは一瞬、おおいに盛り上がった。
幼馴染と結ばれるなんて、ベタというか、王道というか。
しかしどんどん話が進むにつれ、
がっかりし、
「”結婚を申し込むつもりだった”。
そう言ったのは、婚約は継続されると思ったからよね。
元々私に求婚する気なんてなかったのよ」
エリザベートは疲れた声を出す。
みんなが予想していた婚約破棄は宣言されず、
しかも礼拝堂の件を聞いたのだろう。
彼女が予定通り俺と結婚すると思い、
安心して”結婚したかったのになー”と言ったのだ。
彼女の立場と、甚大な魔力を、
彼の都合の良い形で利用するために。
「つまり、第一軍に配属されて怖くなったから
公爵家の力で安全な役職に変えろ、ということでしょう。
騎士にあるまじき振る舞いですね」
ジェラルドは憤慨した声を出す。
「もしくは、エリザベートの魔力をたくさん装備して
”自分の攻撃と防御”に使いたかったんだろ」
俺は苦々し気に言う。
エリザベートは高位魔法も使えるため、
自分の魔力を込めたエネルギー弾、
つまり魔石を生成することができる。
それを敵や魔獣に投じれば、
誰でも闇魔法の攻撃を放つことができるのだ。
それが公爵家の強さの理由でもあった。
彼らはその場にいなくても、
それを部下に行使させることで
同時に数多の敵を攻略することが出来るのだ。
「でも、どうでしょう?
もともと好意はあったように思えます。
だってあの方いっつも、
エリザベートさんを見てましたから」
フィオナの言う通りだ。俺の記憶の中でも、
パーティや外交の場で、あいつは常にエリザベートを見ていた。
ああ、気になるんだろうな、と思う位に。
でも結局、声をかける勇気すら出なかったようだ。
彼のまなざしにはいつも、遠慮や諦めが含まれていたのだ。
「意気地なしでセコイやつだよ。
中途半端に手に入れようとするなんて」
俺が言うと、エリザベートは笑いを含んだ声で言う。
「本当に私の婚約が解消になるって知ってからは
カインは明らかに困っていたわ。
あわてて喜んでいたけど、本当に白々しくて」
彼はその後、エリザベートの手を取って言ったそうだ。
「では、正式に婚約が解消されるのを待とう。
今日の話はなかったことにしてくれるかな?
君にはたくさんの花を持って、
きちんとした求婚をしたいんだ。
……分かってくれるよね?」
はいはい、わかります。必死の時間稼ぎが。
フィオナがため息交じりに言う。
「前から変だと思ってたんです。
”いきなり幼馴染がさらっていくケース”の意味不明さ。
婚約者に冷遇され続ける想い人を、
それまでどうして放置してたんだ、って思って」
「本当よね! 物語の設定的には
”ついこの間まで留学してた”とかだけど、
それなら久しぶりに会ったことになるわよね?
昔好きだった人がフリーになったからっていきなり求婚する?
それってかなり軽率な行動じゃない」
彼女たちはダメ出しを続ける。
婚約破棄された女性にとっては
救世主なんだからいいじゃん、とは言えなかった。
全然会ってなかった奴を嫁に決めるのは
俺からしても
エリザベートは苦笑いの声で、
「まあ求婚は聞かなかったことにしてあげるつもりよ。
……面倒だし。
ただ精鋭部隊を集めたはずの第一軍にあんなのがいるのは
ちょっと
”では、おやすみなさい”、といって通話を切った彼女の声は
なんだかとても疲れていたのだった。
************
数日後。
俺はカインを軍の司令部に呼び出した。
俺は一応、軍には所属しているのだ。
……だって国王は俺を、
いつかどこかで”捨て駒”にするつもりなんだからな。
カインが部屋に入ってきて一礼する。
座っていたのが総司令ではなく俺で、
俺の横には事務官が立っているのを見て、
彼は焦りまくりながら質問してきた。
「い、いきなりどうされましたか? レオナルド王子」
「いやあエリザベートから聞いたんだ。
そうかそうか、本当に良かった。私も安心したよ」
キラキラ笑顔を振りまきながら俺が答えると
彼の顔面は蒼白になってこちらを凝視した。
その顔はマズイ、
もう後には引けなくなる……という表情だ。
しかも俺の横には、各種手続きを行う文官が立っている。
このまま婚約についての書類の記入を促されたら
この話は確定になるだろう。
オドオドしていた彼は急に、
申し訳なさそうな顔をして告げる。
「あ、あの、その件ですが……
実はこれが困ったことに、
両親から、強い反対を受けていまして」
俺は大仰に眉をひそめる。
「なぜだ? 君のご両親は何が不服なんだ?」
彼はうっ! と言葉に詰まってしまう。
誰にも迷惑をかけなさそうな、
角が立たない理由を必死に考え出したようだ。
「……不服というより、おそらく、
僕では務まらないと思ったのでしょう。
そんな輝かしい立場は分不相応だと……」
俺は彼に言う。
「そんなことはないと思うが……
では私が、侯爵夫妻に話をしてみようか?
このままでは俺も少々気にかかるし」
彼はとんでもない! というように手を振り
「いや! 両親の言うことはもっともです!
改めて考えれば、僕ではとてもとても……
この話は無かったことにさせていただきます!」
ヘラヘラと笑ってごまかす彼を見ながら、
俺はエリザベートの背負う辛さを思った。
極めて高い地位、卓越した魔力と技術
素晴らしい美貌と完璧な教育。
全てを持っているからこそ、
彼女は他人から愛されることが難しくなる。
「……つまんねえ男だな」
「は?」
思わず本音を吐き出した俺に、カインは聞き返した。
エリザベートの相手には、
自分より優秀な女を愛せる、器の大きな男が必要だ。
器の大きさで言えば
「……そうか。わかった。
本人がそう言うなら仕方ないな。私も諦めよう」
俺は控えていた文官に告げる。
「そういうわけだ……後は頼む」
彼はうなずき、部屋を出て行った。
カインは明らかにホッとしている。
その姿に、俺は猛烈に腹が立った。
だからかなり、皮肉交じりな調子で吐き捨てる。
「残念だよ。君を第一軍に入れたのは、
実力があると認められた証だったのだが」
「え? 第一軍? 何の話です?」
「それを今さら実力不足とは。
戦場に出る前にそんなことを言われては
とてもじゃないが着任してもらうわけにはいかないな」
「ちょっと待ってください! 結婚の話では……」
おれはとぼけて首をかしげる。
「結婚? 何の話だ? 決まった相手でもいるのか?
結婚などまだまだ先の話だろう?」
「エ、エリザベートから聞いたって!」
「ああ、幼馴染の君が、第一軍に着任したことをね。
活躍してくれることを期待し、彼女も喜んでいたのだが」
カインは動揺しながらも、上目遣いで俺を見て尋ねる。
「あ、あのその件でしたら……」
「何の件だと思ったのだ? それ以外にあるか?
エリザベートからは聞いていないぞ?」
とっさに代わりのものが思いつかないカインは
汗を額に浮かばせながら黙り込む。
俺は安心させるように言う。
「まあ心配するな。第一軍での着任が無理というのだ。
もっと適任の配置に変えてあげよう」
カインは急に顔を輝かせる。
なんだ、結果オーライじゃないか、というように。
カインが元々、希望していたのは軍の事務局員だった。
持病などの理由があるわけではない。
”安全な場所で、楽をしたい”
そう思っているのがミエミエの選択だった。
「では、帰って良いよ」
俺は立ち上がって言う。
「はい! よろしくお願いいたします!」
カインもニコニコしながら立ち上がる。
俺は彼に笑顔で、キラキラを振りまきながら笑う。
「大丈夫だよ。さっき出て行った文官が、
すでに君の配属を変えてくれただろう。
君を第一軍から……第三軍へと」
「えっ第三軍?! 第三軍だって!?」
彼は両手で頭を抱えて叫んだ。
三軍は歩兵の集まりで、相手は弱めの魔獣がほとんどだ。
たいして実力は必要ない代わりに、
出撃する場所は湿地帯やジャングルなど、
未開の地がほとんどだ。
泥まみれも、汗まみれも嫌だったのに。
そうなる確率が最も高い第三軍になるなんて。
「お待ちください! そうじゃなくって!
俺は、その、そんなところじゃなくて!」
必死に叫ぶカインに、俺は厳しく答える。
「何のために剣の腕を磨いたのだ?
そもそも配属は軍が決定することだ」
それでも涙目ですがる彼に、俺は冷たい声で告げる。
「……エリザベートは”手段”でも”道具”でもない。
第四軍に入れられたくなかったら、
二度とアイツにかかわるな」
彼は口を開けたまま、目を見開く。
全て俺が知っていること、
それを激しく怒っていることに気付いたのだ。
長い沈黙の後。
あぜんとした顔で固まっていたカインがつぶやいた。
「……側近たちの密かな噂は本当だったんだ。
王子は、本当に……エリザベートを愛しているって」
俺は必死に言葉を飲み込んだ。
あやうく、フィオナと同じ反応をするところだったのだ。
”俺が?! そうか……知らなかった”、と。
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