第7話 突然出てくる幼馴染

 7.突然出てくる幼馴染


 エリザベートたちは礼拝堂を出て、

 ふたたび王子の宮殿へと戻った。


 レオナルドが緑板を眺めながら、

 眉をしかめてつぶやく。

「……何回見ても変わってねえな。

 むしろエリザベートの死に方、壮絶さが増してないか?」

 エリザベートはうなずく。彼の言う通りだ。


 ”公爵令嬢は世界征服を企み、

 その魔力を使って王族と司祭の殺害を目論んだとされ、

 激しい拷問とはりつけの刑を受けた後、

 火あぶりに処されて死す”


 ジェラルドが私を安心させるように言う。

「世界征服など荒唐無稽ですからね。

 大丈夫ですよ」

 私はうなずくが、何も言えなかった。


 私は”エリザベート”に転生して、

 二つの秘密を抱えていた。


 ひとつは、私の力についてだ。

 私の魔力は公表されているより、

 それどころか実の両親が思っているレベルよりも

 はるかに大きなものなのだ。


 それこそ世界征服が荒唐無稽な望みではないくらいに。

 エリザベートはこれを今まで、

 絶対に誰にも知られないよう

 常に実力を押さえて生きてきたのだ。


 私が転生を抜け、オリジナルに戻った時のことを考えたら、

 レオナルドたちにも秘密にしておくべきだろう。


 そしてもう一つの秘密は。

「あ、次のフィオナの婚約者はやっぱ俺かな」

 緑板スマホを見ながら、のんきな声でレオナルドが言う。

「そうですねー。聖女は歴代、

 王族か、あのシュバイツ公爵家に嫁ぐことになってますし」

 フィオナが彼に劣らずのんびりとした口調で言う。


「そうなったら、当面は安心ですね。

 たとえ聖なる力が弱くても、

 王子がバレないように任務を制限すれば良いし。

 逆に王子のほうも、”聖女の夫”としての立場は、

 王族にも手が出しにくいですから」

 ジェラルドがいう。

 そうなのだ、どちらにとっても良い事なのだ。

 二人にとっては……だけど。


 私は、緑板スマホを熱心に見ているフリをして落ち込みを誤魔化す。

 ……可哀そうなエリザベートさん。


 彼女は、レオナルドを愛していた。

 幼い頃から、彼が大好きだったのだ。

 まったく表情には出てないし、

 口調も相変わらずだけど

 彼との結婚を心から願い、

 楽しみにしていたのだ。


 だから、彼が聖女と親しくなり、

 自分に冷たくなったことにショックを受けていた。

 そしてあの日、婚約破棄されると思い、

 今までで一番の絶望を感じていたみたいだ。


 転生者の私としては、そうだと知っても、

 フィオナの婚約を無くす協力を惜しむことはできなかった。

 きっとオリジナルもそうしたろう。

 冷酷非情といわれる彼女の内面を知り、

 ひたむきで、真面目で、優しいだと感じたのだ。


「おい、見て見ろ! イザベルたち離婚しないみたいだぞ!」

 そう言って検索結果を見せるため、

 レオナルドが緑板スマホを差し出すのと、

 私が上半身を起こすのが同時だった。


 その瞬間、私と彼の緑板がゴン、とぶつかった。

「悪りい!」

「……大丈夫、これ、固そうだし」

 私がそう言うと、レオナルドは緑板をさすった。そして。


「あれ? なんか検索マークの横に何か出て来たぞ?」

「……本当だわ! スペードのマーク」

「いや、これハートだろ」

 私たちは緑板を並べてみると、

 確かに彼の緑板にはハートが、

 私のにはスペードのマークが出ていた。


 レオナルドは躊躇することなく、ハートのマークに触れる。

 すると、私の緑板が震え始め、

 スペードのマークがやや大きくなっていた。

「これって、もしかすると!」


 私はその、大きくなったスペードに触れる。

 画面いっぱいに”レオナルドと通話中”と出た。

「「もしもし」」

 隣でレオナルドが緑板に向かって言い、

 同時に私の緑板から声が出る。


「通話機能、あったんだ」


 ************


「もしもしー、これすげえ便利だな」

「そうですね、現代人としては今さらですが」

 レオナルドとジェラルドが会話をしている。


「もふもふ」

「?! どうしてモシモシじゃないの?」

「異世界なのでアレンジしてみました」

 フィオナが電話の向こうで楽しそうに言うので

 私はつい、笑ってしまった。


 昨日、彼女は公爵家に泊まってもらった。

 そして二人でたくさん話したのだが、

 転生した子はとても素直な良い子だった。

 彼女をこの世界で、危険な立場にさせるわけにはいかない。


 私はあらためて画面を見る。

 レオナルドはスペード、ジェラルドはクローバー。

 私がハートで、フィオナがダイヤ。

 それを押せば通話できるが、通話中に他のマークを押せば

 その人も会話に加わることが出来る。

 つまり全員でグループ通話することもできるのだ。


 私たちはこの、離れていても繋がっていられる状況に安心した。

「やっぱり電話って文明の利器だな!」

 嬉しそうに緑板を眺めるレオナルドを見ながら、私は考えた。

 エリザベートも幸せになる道を探さないとな、と。


 ************


 私が公爵家に戻ると、夕刻だと言うのに客が来ていた。

「カイン侯爵子息がお待ちです」


 急いで客間に向かうと、そこには久しぶりの幼馴染が立っていた。

「突然お邪魔してすまない、エリザベート。

 どうしても君に会いたかったんだ」

 安心したように彼は笑った。

 艶やかな栗毛に薄い茶色の瞳の、優し気なハンサムだ。


 そして私に真剣なまなざしを向けて言ったのだ。

「少し話せるかい? 大切な話があるんだ」


 ************


 中庭にあるガゼボのイスに、私たちは座った。

 夕暮れ時、お母様が大切にしているバラ園が夕日に染まっている。

 とても綺麗で穏やかな光景だった。


「大丈夫かい? エリザベート」

「何故?」

 突然心配そうに言われて、私はとまどった。


「だって君は……あの聖騎士団の結成祝いの場で……」

 ああ、彼も知っているのだ。

 私が近々、”婚約破棄されるだろう”という噂を。


「ええ、あの”研究チーム”発足の発表ね」

 私が彼に気を遣わせないように言うと、

 カインはあからさまに、残念そうな顔をしたのだ。


「ああ、そうだ。僕はてっきり、

 君が解放されるものだと思っていたのに」

 え?! なんですって? 私は驚いた。


 カインはさもガッカリしたように、肩を落として続ける。

「本当に残念だよ。噂では間違いないってことだったのに。

 もし王子が婚約破棄の宣言をしていたら、

 僕はその場ですぐに、

 君に結婚を申し込むつもりだったんだ……それなのに」


 私は絶句してしまう。

 これってよくあるパターンだったのか。

 婚約破棄された令嬢だけど、なぜかその場にいきなり

 長年彼女を思い続けたハイスぺな幼馴染が出てきて

 彼女に結婚を申し込む、ってやつよね。


 どうしようどうしよう! 

 エリザベートはこの人のこと、どう思っていたんだろう?


 突然舞い込んだロマンスに動揺していたら、

 カインは弱々し気に微笑んだ。

「……でも、王子は君を離す気はないようだ。

 聞いたよ、今日の礼拝堂の件。

 王子が君を、婚約者として丁寧に扱ったと噂になっている」

 早い! 貴族の噂話、ニュース速報並なのね!


 違うの、あれは事情があって……

 否定しようとした私を制し、彼は言った。

「もともと、覆すのは無理だと思ったんだ。

 王命だったし、以前は王子も乗り気だったし。

 きっと聖女とのことは気まぐれだったんだろう」


 以前の王子のことを言われ、私は胸が痛んだ。

 幼い頃からずっと、彼とは仲良しだったのに。


 彼が変わったのは、寄宿学校に入学してからだ。

 あの儚げで優しかった彼の母親が亡くなってから。


 ぼんやりと考える私に、カインは続ける。

「本当に残念だけど、君を諦めなくてはならないようだ。

 でも、これからも僕は君を想い続けるよ。

 できれば君も僕のこと、忘れないで欲しい」

 私の前で片膝をつくカインは、切ないまなざして見上げてくる。

「ちょっと待って、カイン!」


 彼は辛そうに視線をずらして言った。

「僕は先日、第一軍に配属されたんだ。

 きっと戦場に向かう機会が増えるだろう。

 それは君を守るために剣をふるっているのだと思って欲しい」

「いや、でも」


 何も言わせまいとしているのか、畳みかけるカイン。

 ガバッと顔をあげて、私に懇願する。

「だからせめて、いつでも君を感じていられるよう

 君の魔石を僕にくれないか?!」

 私はそこで”ん?” と思う。

 ……魔石、ですか?


 魔石は魔力が込められた石だ。

 それを投げて相手にぶつければ爆発し、

 相手に攻撃することが出来る。

 私の魔石なら、100人くらい吹っ飛ばせるだろう。


「少しでも俺を想ってくれるのであれば

 君の力は、僕の生きる力になるだろう」

 いや、私の最強な魔石があれば、

 生きる力というよりも、になるでしょう。


 それはつまり、君の力で僕を守ってくれ、ってこと?


 かなり雲行きが怪しいけど、

 私は彼を手で制して叫んだ。

「私とレオナルド第三王子との結婚は無くなるわ!

 彼は国益のために、聖女を妻に迎えると思う」

「えっ!? なんだって?」

 カインは大仰に驚いた。


 私は彼に、簡単に事情を説明する。

「聖女の現・婚約者は、あまりにも不貞が過ぎると、

 教会から婚約の見直しが求められたのよ。

 今日の司祭たちの様子では、間違いなく解消されるわ」

 目を丸くするカイン。口を開けて固まっている。


「聖女は王族か、あの公爵家に嫁ぐ習わしだから、

 相手はレオナルド王子になるでしょうね。他にいないし」

 私はつとめて淡々と言う。


 カインは焦ったように反論する。

「で、でもあの時はそんな話、出なかったじゃないか!」

「そもそも人前で宣言するもんじゃないでしょ?

 私たちの婚約解消は、きわめて冷静に、穏やかに、

 平和的に進められる予定よ」


 カインは両手をだらりと下げて立っていた。

 そのまま黙り込んで、怯えたように視線を私から逸らす。


 私はもう、気が付いていた。

 この人は最初から、

 エリザベートに求婚する気なんてなかったということを。

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