第6話 聖女の婚約解消計画

 6.聖女の婚約解消計画


 ”貴族の妻は、夫が愛人を抱え子どもを作ろうとも

 家の存続と血統の保守を優先するため、

 それを黙認し、彼らを支えてゆかねばならない”


 そのくだらねえ”理想論”を、

 弟ディランの婚約者フィオナに強要してきたイザベル。


 エリザベートに煽られ、自分もそうだと言い張り

 ここが礼拝堂だと言うことを忘れて

 それを”神に対する誓約”としてしまった。

 ……まあ、そうなるように仕組んだんだが。


 そこに夫が、愛人とその子どもを連れて登場したわけだ。

 今までバレないよう厳重に隠していたようだから

 イザベルはその存在をついぞ疑うこともなかったのだろう。

 夫は公爵家から降嫁してきたイザベルに頭が上がらず、

 いっつもオドオド、ヘコヘコしていたそうだから。


「あ、あなた……! ここで何を!?」

 イザベルは息も絶え絶えに尋ねる。


 その夫である伯爵はわざとらしい笑顔を浮かべ、

 嬉しそうにうなずいた。

「ずっと聞いていたよ! 君の決意を!

 まさかそんな風に思っていてくれたとは……」

 そう言って横に立つ女性の肩を抱いた。

 イザベルとは正反対の、可憐で慎ましげな可愛らしい女で、

 5,6歳の男の子を連れている。

「君に紹介しよう。

 私の愛するアイリーンと、私の息子デイビットだ」


 ************


 俺たちは昨夜、見つけた検索機能で

 イザベルやシュバイツ公爵家についての情報を集めまくった。


「時代は情報戦だぜ!」


 そうすると、集まるわ集まるわ。

 俺たちはその中から、有効なカードをいくつか選んだのだ。


 その最たるものが、この”イザベルの夫には内縁の妻子がいる”だった。

 結婚と同時に囲い始め、子どももすぐに産まれたようだ。

 伯爵は慎重に慎重を重ねて、彼らの存在を秘密にしたのだ。

 まあ、イザベルが伯爵を舐め切っていた、というのもあるが。


 そして俺は彼のところに行き、

 イザベルが貴族の妻として”愛人とその子を認める事”を

 フィオナに教え込んでいることを伝えたのだ。


 もちろん彼は、イザベルの性格を知っている。

 彼女自身は愛人を認めるわけがないし、

 激昂し、愛人たちを攻撃するのはわかっていた。


 だが隠すのもそろそろ限界だし、

 息子を正々堂々と学校に通わせたい。

 そう思っていたところだったらしく、

 俺たちの計画に乗ってくれたのだ。


 ************


 伯爵はイザベルに言った。

「君を誤解していたよ。

 実家をカサにきて高慢に振る舞うだけの女だと思っていた。

 王命により仕方なく結婚し、後悔ばかりしていたが

 ここまで我が伯爵家と私の血筋について考えていてくれたとは」


 そういってふたたびアイリーンさんに向きなおり、

 人目もはばからず抱きしめる。

「これで安心だ。君を正々堂々と食事や旅行に連れていける。

 デイビットも我が子として学校に通わせてあげられる!」


 それを見つめながらイザベルは

 何も言えないまま真っ青な顔でわなわなと震える。


 他の取り巻きも同様だ。

 自分の夫が女性を連れているのを見て全てを察し、

 悔しさと怒りで顔を真っ赤にしている。


「なんと睦まじいことでしょう。

 愛し合う者同士がやっと認められたのですね」

 ジェラルドがそう言い、周囲の人々に向けて言う。

 中途半端にしか状況をわかっていない、

 ちょうど礼拝堂に来ていただけの人々が

 ”はー、そうなんだ!”くらいの調子で拍手している。


「愛されない者が、愛される者を思いやることが出来て

 本当に良かったですわね、イザベル様」

 そう言うエリザベートを

 イザベルは視線で殺す勢いで睨んでいたが、

 食いしばった歯を開いてつぶやいた。

「……覚えてらっしゃい。

 こんなことをして許されると思わないで頂戴ちょうだい


「忘れないでいただきたいのは貴女のほうだが?

 ”神に対する誓約”は絶対だ。

 破棄することは許されないだろう。

 これからは彼らを大切にお守りしていただこう」

 そう言った俺を悔し気に見つめ、

 イザベルは口を一文字にして耐えている。


 取り巻きの夫人たちは泣き出したり、

 座り込んでしまった者もいた。

 軽々しく、他人に自分の都合を強要するからだ。


 俺はゆっくりと彼女たちのところに向かい、

 エリザベートの手を取った。

 彼女はきょとんとした表情で俺を見ている。


 身分や立場を考えても、俺が優先すべきは彼女なのだ。

「いつも俺を理解し、支えていてくれてありがとう。

 真の献身とはこういうものだろう」


 エリザベートは目を見開き、頬を赤らめフルフルしている。

 当惑しているらしい。なんだ、すごい可愛いな。


「今後、俺やエリザベートの関わり方については

 国にとって最善の判断が取られるだろう。

 それがどのようなものになろうとも、

 俺が彼女を信頼し、尊重することに変わりはない」


 婚約を解消するとしたら国益のためであり、

 そうなったとしても円満な関係性だ、とアピールする。


 ゆっくりと笑顔でうなずくエリザベート。

 それを見て、イザベルはフィオナへ向き直った。

「……あなたもよ」

「え?」


 ビックリして首をかしげるフィオナに、

 イザベルは狂気に満ちた笑顔で告げる。

「……だってディランはモテるもの。

 だからたくさんの愛人を抱えて、

 貴方になんて見向きもしないわ。

 でも、あなたはそれを耐えるのよ!」


「え? 嫌です」

 フィオナはあっけなく答える。

 それを聞いてイザベルは発狂したように叫ぶ。

「どうしてよっ! 拒否する権利なんて」

「あるに決まっているだろう、愚かなことを」

 急に背後からかけられた老人の声に、イザベルは振り向く。

 そこに立っていたのは、隣国から来た聖職者だった。

 ……それも、かなり上位の。


 俺たちがなんで舞台を、この聖マリオ礼拝堂にしたと思う?


 数ある礼拝堂の中からここを選んだのは、

 今日の午後、隣国から視察に来た司教たちが

 ここに来ると”情報”を得ていたからだ。


 そして彼らは礼拝堂の奥で、最初からやり取りを見ていた。

 「あれは聖女ではないか? 何を揉めている?」

 という言葉を、あらかじめ側に待機していたジェラルドが

「実は、聖女は好色で不実な者との婚約が決定しており

 その者の姉から醜穢しゅうわいな結婚生活を強要されているのです」

 と、すかさず答えたのだ。


 自国の教会ならもみ消せるが、

 他国の聖職者たちの前で、

 堂々と不倫や婚前交渉を勧める発言をしてしまうとは。


 イザベルは高慢すぎて、顔色を見られてばかりだったため

 周囲を見れなくなっていたのだ。


「聖女の配偶者は当然、清廉かつ誠実であるべきであろう。

 この国では、そうではないと申すのか?」

 年老いた司教は、眉をひそめてつぶやく。

 隣に立つ、この国の聖職者たちは必死にうなずく。

「それは当然でございますっ!」

 それを聞き、イザベルの顔に絶望の色が浮かぶ。


 エリザベートが優雅にカーテシーをした後、彼らに言う。

「この国だけでなく、聖女の力は世界の宝。

 このままでは彼女は穢され、力が衰えるばかりです。

 彼女を不実な者からお守りください」


 司教はうなずき、錫杖を軽く持ち上げて宣言した。

「教会本部に、この聖女の婚約を見直すよう達しを出そう」

「……深く御礼申し上げます、司祭様」

 フィオナがうやうやしく礼をする。


 教会は国内外でつながっている。

 聖女は国というより、世界のものなのだ。

 その采配や配偶者などは国に任せられるが、

 それが聖女にふさわしくないものと知られれば、

 当然、教会よりクレームが来る。


 イザベルはげっそりとした顔で、俺を見た。

 そうだよ、ここまで計算してのことだ。


 お前をフィオナから引きはがすことではなく、

 その身勝手で傲慢な言動を利用して、

 フィオナの婚約自体をなくすのが本当の目的だったんだよ。


 ************


 司祭たちは視察を続けるために立ち去った。

 抱き合って喜ぶ夫と愛人親子を傍目に

 俺たちも側を去ろうとした時。


 イザベルが声をかけてきた。

「……本当に、良いの?」

 ふりむくと、イザベルは嗤っていた。


「ディランを失うことになって。

 あなた、あんなに好きだったくせに」


 俺とジェラルド、エリザベートはとっさにフィオナを見る。

 マジかよ。本物オリジナルは、ディランが好きだったのか!


 フィオナはボーっとイザベルを見ていたが。

 俺たち三人の視線に気が付き、”え?”という顔をする。

「私が、ですか? はぁーそうですか……知らなかった」

 その言葉に俺たちは盛大にズッコケ、

 イザベルは目玉が落ちそうなくらいに驚いていたのだ。


 ************


「確かにすごくハンサムですよね。ディラン様って。

 でもからすると、性格がダメ過ぎです」

 これはフィオナがどう思っていたか、ではなく、

 転生した彼女が、ディランとの思い出を振り返った感想なのだが。


「めちゃくちゃ高慢ちきで意地悪な奴なんです、ディランって。

 あの姉にしてこの弟あり、ですよ。

 人をバカにしたことを言うし、無理な要求ばっか突き付けて」


 最初は素敵な人との婚約を嬉しく思ったけど、

 フィオナ当人も次第に関係を苦痛に感じていたようだ。

 まあ、俺との関係に逃げるくらいだもんな。


 それでも行き場のないフィオナは、

 どんなに冷たくされても

 一生懸命に彼の言うことを聞き、尽くしていたそうだ。

 それを見てイザベルは、

 フィオナがディランに惚れ込んでいると思ったのだろう。


「だいだい、あの姉と親戚になるのは無理ですよ。

 婚約が解消されるのは問題ないと思います」

 俺たちは彼女の言葉にほっと胸をなでおろす。


 万が一、フィオナがディランとの結婚を望んでいたら、

 俺たちは転生から帰還したあかつきには、

 彼女に悲しい思いをさせてしまうからだ。

 まあ元の世界に戻れれば、だが。


「嘘だろ……そんな」

 緑版、すなわち”疑似スマホ”を見ていたジェラルドがつぶやいた。

 どうした? と彼に視線が集まる。


 彼は顔を上げて言った。

「”あらすじ”の結末が、まるで変っていません!

 全員、無惨な死を迎えてしまいます!」

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