第4話 現実を書き換えろ
4.現実を書き換えろ
俺たちはとりあえず、俺の
パレスといえば聞こえは良いが、
兄たちに比べると十分の一くらいの規模で、
使用人や侍女の数も格段に少なかった。
母親である第三王妃が生きていた頃は
もうちょっとマシな扱いを受けていたが。
俺は死に目に会うどころか、
見送りもできなかった母親を思い出す。
彼女が事故で亡くなった、という知らせが届いたのは
それも死後1週間経ってからで、
呆れたことに、葬式もすでに済ませたというのだ。
学校から帰る許可すら出なかった
部屋で独り、声を殺して号泣した記憶が蘇ってくる。
俺は思わず顔をしかめた。
「どうかされました? 頭痛ですか?」
フィオナが手をかざしつつ近づいてくる。
治癒という不思議な力が使えるのが嬉しいのだろう。
そのあどけない仕草に癒される。
「いや、大丈夫だ。祈らなくていい」
俺の答えに、ニコニコしながら彼女はうなずく。
「ジェラルドの荷物は?」
エリザベートに問われ、俺は答える。
「俺の侍従に取りに行かせたよ。
無能三人組に捕まると面倒だからな」
ジェラルドの手柄を横取りして聖騎士団になったは良いが
これからもこき使おうと思っていた彼を失ったのだ。
どんな汚い手を使って、
取り戻そうとするかわかったものではない。
「彼の所属を変える手続きは済ませた。
今後はここに常駐してもらうよ」
当の本人は宮殿に着いてすぐ、風呂へと向かわせた。
自暴自棄になっていたとはいえ、あんまりな姿だったからな。
そんなわけで、俺たちは先に夕食を済ませていたのだ。
異世界のメシの微妙さに、
三人そろってヘコんでいたころ。
部屋にノックする音が聞こえ、入室の許可を与えると、
ひとりのイケメンが入ってきたのだ。
「えっ?! 誰?」
伸び放題だったヒゲが剃られ、
整った顔立ちがあらわになり
温かいグリーンの目と大きめの口が笑っている。
さっぱりと整えられた茶髪を見て、
ようやく彼がジェラルドだとわかった。
「おお! 見違えたな! まあ座れよ」
俺は席を進めるが、彼はそれを固辞した。
「郷に入りては、ですよ。
王子と一介の兵が同席するわけにはいきません」
確かに、誰かに見られたらいろいろ面倒だ。
仕方なく、ちょっと離れた場所にテーブルを作り、
そこにイスを持ってきて座らせる。
テーブルの上には俺たちと同じ料理が並ぶのだから、
あんま意味無いのだが、仕方ないだろう。
そうしてやっと、4人そろった。
食事を終え、それぞれが好き勝手に寛いでいる。
彼らをみながら、俺はつぶやいた。
「なんで俺たち転生したんだろうな」
それを聞き、エリザベートが苦笑して答える。
「私は有給使って休んだ日で、家にいたの。
パソコンの調子が悪くて焦ってたけど
それどころじゃなくなったわね」
フィオナは若干嬉しそうに言う。
「私は仕事帰りだったんだけど、
先輩から連絡が来て、職場にすぐ戻るよう言われたとこ。
ふふふ、行けなくなってスミマセン」
ジェラルドは額に手を当てて、考えながら答える。
「僕は仕事の真っ最中だ。
トラブル対応で徹夜を覚悟したところだったよ」
三人が俺を見る。エリザベートが笑いながら言う。
「王子は学生さんでしょ」
「……まあ、そうだけど。なんで判った?」
「わかるわよ、なんとなくだけど」
俺は頭を掻きながら言う。
「学生といっても院生だけどな。
大学卒業の年、全然就職できそうになくて、
慌てて院試を受けたんだよ」
「ああ、感染症の余波か」
ジェラルドがそう言い、俺はうなずきかけるが。
「いや、俺の実力だろ。落ちまくりだったからな。
……だからもう、
きょとんとするフィオナに、エリザベートが苦笑いで言う。
「お
「そ! ”これからのご活躍をお祈り申し上げます”ってやつ。
あれを何十通もらったか判らないくらい頂いたんだよ。
……ったく、あのメールをたくさん集めると、
異世界転生されるっていう特典でもあるのか?」
他の三人は首を振る。まあ、そうだよな。
ここでの活躍を期待されているのは俺だけらしい。
なんにせよ、俺たちの境遇は違いすぎる。
次に転生先の人物だ。
「彼らに共通するのは、不遇な境遇で」
「未来が最悪ってことね」
冷遇される第三王子と、先が無い聖女。
婚約破棄される公爵令嬢と、希望を絶たれた兵士。
全員が今でも十分に不幸なのに、この先さらに壮絶な死を迎えるのだ。
「共通していたのは、
ひどく絶望していた、ということかもな」
「待ってよ。私とジェラルドは分かるけど、
あなた達は幸せでしょうが」
エリザベートの言葉に、俺とフィオナは顔を見合わせる。
「いや、そうじゃない。
俺達にも、もう後がなかったんだよ」
じきにフィオナは聖女として
望まぬ結婚を強いられる。
もしそこで力がないとバレたら、
あの”あらすじ”のとおりに処刑されるだろう。
俺だってそうだ。
俺に対する国王や兄たちからの迫害は、
すでに弾圧に近いものになっている。
公爵令嬢へ婿入りした後は夫婦ともに
他国との戦争や魔物の討伐などで
捨て駒にされるのは間違いないだろう。
だから王子と聖女は抵抗したかったのだ。
せめてもの、小さな反抗を。
俺たちの告白を聞き、エリザベートが納得したように言う。
「だから私と婚約破棄して、聖女と結婚を
聖女の配偶者なら、王族でも簡単には手が出せないから」
「ああ。……でも婚約破棄宣言したとて無駄だったろうな。
この婚約は王命だから、俺には破棄する権限がない。
……結局、公爵令嬢も巻き込むことになったろうな」
エリザベートは頬を緩めて言う。
「いいのよ。どうせ”貰い手がない暗黒の魔女”だもの」
公爵夫妻がことあるごとに、エリザベートに言っていた言葉だ。
強すぎる魔力と、使えるのは凶悪な闇魔法のみ。
「”だからお前は愛されることはない”と、
親が言い聞かせて育てたのよ。とんだ毒親だわ」
エリザベートの境遇を哀れみ、彼女はつぶやく。
俺はみんなに向かって言う。
「そんなわけで、俺たちは現状を改善し、
なんとかあの運命を回避しなくてはならないんだ」
「そうですね。一人一人の問題を解決していきましょう」
ジェラルドがうなずく。
「絶対に変えないと。こんな未来、ゾッとするわ」
エリザベートが緑板を見つめながらぼやく。
それをフィオナが横から覗き込みながら、
「あら? このアイコン、なんでしょう?」
「え? あら、ほんとだわ」
俺たちはあわてて自分の緑板を見る。
”初期画面”には相変わらず
『シュニエンダール物語』と出ているが
その上端に、小さなマークが出ているのだ。
それは虫メガネのような形をしている。
「これって、もしかして……検索?」
俺がそれを押すと、何かの入力画面に変わった。
下方にキーボードエリアまで出ているではないか!
3人とも息をのんで見守っている。
俺は試しに入力してみる。
”異世界転生”と。そしてエンター。
すると画面に”違う世界へ転生すること”と出たのだ。
俺はすかさず”異世界転生 元の世界に戻る”を検索する。
しかし画面に出たのはnot found。未検出だった。
全員ガッカリしたが、それぞれが検索を試し始める。
「この国の特産はトウモロコシなどの穀物らしいぞ。
今年は冷夏で生産が下がる見通しらしい」
「あの、ジェラルドの手柄を横取りした奴ら、
初任務がなんなのかは出るけど、
それがどうなるかは出てこないわ」
「隣国の将軍は密かに変わったようですよ。
出てくる名前が既存の情報と違います」
「この世界にも、猫はいるみたいです」
初めてパソコンを使い出した小学生のごとく
俺たちは検索に夢中になっていく。
そうしてだんだん規則性があることに気が付く。
明確な答えがあるものは、必ず出る。
例えば”国王の最も大切にしている馬の名は?”とか。
事実ではあるが、変化する可能性があるものも、
現在の状況をふまえて出てくる。
例えば今年のトウモロコシの生産量のように。
しかし抽象的だったりあいまいな質問は未検出になる。
第三王子が幸せになるには?
聖女が本物の聖女になるには?
ジェラルドが実力を認められるには?
これらの質問は、”幸せ”や”本物の聖女”、”認められる”の
基準や定義があいまいであるため、回答はでない。
”元の世界”というのも、それに該当するのだろう。
エリザベートがため息をつきながら言う。
「とりあえず事実関係の確認には使えそうね」
俺たちはうなずき、引き続き検索にのめりこむ。
高位聖職者たちの給与が
公示されたもの以上に多かったり、
北の果てに住む魔獣の数が予想数より少なかったり。
憤慨したり、感心しながら夢中になっていたら。
トントン。ドアがノックされる。
「構わない、入れ」
不安そうな顔をした侍女が顔をのぞかせて言う。
「聖女様のお迎えがいらっしゃいました。
……かなりお怒りのご様子です」
「迎えだと? 誰だ?」
「イザベル伯爵夫人のご命令だと……」
その名を聞き、フィオナが条件反射で震えあがる。
ジェラルドが驚いて尋ねる。
「どなたです?」
うつむくフィオナの代わりに俺が答える。
「聖女はシュバイツ公爵家の嫡男ディランと婚約している。
イザベルはその姉だ。
あの家は聖職者を多く輩出していて、
歴代聖女は王家か、シュバイツ公爵家のどちらかに
嫁ぐことになっているんだ」
俺の長兄には妻が、次兄には大国から来た婚約者がいる。
当然、俺の存在は無視され、
聖女はシュバイツ公爵家にあてがわれることになった。
「なんで、もう伯爵家に嫁いだ姉がしゃしゃり出てくるの?」
フィオナは青い顔で言う。
「花嫁教育だそうです。
シュバイツ公爵家にふさわしい者になれるよう
自分が厳しく
俺は苦々しい気持ちで吐き捨てる。
「だから毎日、フィオナは聖女の仕事をこなした後、
アイツに呼び出されて下らねえ詩文や歴史書を暗記させられたり
指先が血まみれになるほど刺繍させられたり、
お辞儀の仕方を何百回もさせられたりするんだよ」
相手は公爵筋だ。その命令を覆すのは王家しかできない。
だからこそ、フィオナは
そこにどのくらい愛情があったのか正直わからない。
フィオナは悲し気に言う。
「いっそ婚約破棄してくれれば良いのに。
ディラン様の周りにはいつも多くの女性がいますし、
私でなくても全然良いはずです」
エリザベートも同意する。
「あの男は宮廷でも有名だもの。
とっかえひっかえ美女を侍らせてるって」
「でも、イザベル様は私に言うのです。
貴族たるもの、妾や愛人のひとりやふたり、居て当然だと。
それを寛容に受け入れ、むしろ彼女たちを大切にするのが
本妻の役目などだと」
俺はドアで困っている侍女に告げる。
「いま行く、と伝えてくれ」
慌ただしく走っていく侍女を見送った後、
俺はみんな言った。
「次に変えるのは、聖女の状況だな。
手始めに、あの高慢小姑をなんとかしようぜ」
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